第2話 誘い

No1

         誘い



 今より少しだけあらゆる技術が進歩し発展した現代で生きる男。


##


 ある会社の営業担当をして会社員である三十代の男性は、同じ会社に勤める他部署の二十代女性に興味を抱いていた。

 社内の仕事の関係上、その女性がいる部署へと訪れる機会がそれなりにあり、気が付くと互いに挨拶を交わす関係となっていた。

 さらに、さりげない気配りが出来る女性であり見た目も悪くなく好感が高い。


 男性は興味を持っている女性に話しかけた。

 ちなみに、表だって彼女が仕事をしているデスクで堂々と食事の誘いをしているわけではない。あまり人目のつかない場所、といってもドリンクコーナーの一画なので数人の視線は感じるが。


「サナエさん。今夜は仕事を早く切り上げて食事でもどうですか?」


 三十代男性は見た目も爽やかで清潔感があり社内でも成績は常に上位に位置し、来年には昇格がほぼ決まっていた。

 容姿、性格、収入は申し分なく結婚し家庭を築けば幸せが待っている。


 そんな現実を頭の中で思い描くのは当然と言えなくもない。


「あ、はっ、はい。では、仕事が終わりましたら連絡します」


 そう答えた葛城サナエは、見た目はおっとりとした顔立ちで性格も穏やかな女性だ。スタイルもさほど悪くなく規則正しい生活で女性としてのスタイルは十分だ。


「ちょ、ちょっと、サナエ。いきなりの二つ返事で大丈夫なの?」


「そんな心配そうな顔しないで? ただ、食事に誘われただけじゃない。こう見えても男性と二人っきりでの食事は経験してるよ?」


 葛城サナエに声をかけてきたのは杉崎カヨコだ。彼女から『ある事情』を聞いてから葛城サナエは杉崎カヨコと一緒にこの会社の面接を受け、中途入社した同僚で仲の良い友達であり親友だ。


 杉崎カヨコも社内では男性社員からそれなりに人気がある。仕事に対する姿勢は真面目で言われた事はそつなくこなし、順応性が高く中途入社の社員として即戦力になるほどだ。


「その年齢で男性との食事経験が無い方が逆に心配?」


「それは言い過ぎじゃないかな.....でも、数える程しかないのは事実なのがね...」


「とりあえず、それはそれとして。本当に大丈夫? 不安ならわたしも一緒に--」


「カヨコは心配し過ぎだよ? 大丈夫、初めてでそんな事してこないから。それに、ちゃんと考えてるから。ねっ?」


 男性が女性を食事に誘うのは普通な行為である。このような場面なら嫉妬や妬みなどの感情を少なからず抱きそうなものだが、杉崎カヨコは友人である葛城サナエの心配をする優しい心を持った女性のようだ。


##


 葛城サナエは自分の今日の仕事が終わると、社内の内線を使い食事の誘いを受けた男性がいる部署に連絡をした。

 ちなみに、杉崎カヨコは葛城サナエの説得もあり一緒に同居しているアパートへと先に戻っていた。


 プルルップルルッ---ガチャッ


「はい、営業課です」


「もしもし、環境課の葛城ですが、林田さんはまだいらっしゃいますか?」


「林田です。サナエさんですね、お疲れ様です」


「あっ! お疲れ様です、林田さん。今、仕事が終わったのですが林田さんはどうでしょうか?」


「僕の方は終わっています。来週の資料を作っていましたが大丈夫ですよ」


「そうなんですね....えっと....」


「では、一階ロビーで落ち合いませんか?」


「あっ、はいっ! では、お待ちしてます」


「はい、すぐに準備をしていきます」


 ガチャッ


 営業課の林田。それが、昼間に葛城サナエに食事を誘った男性のなまえだ。林田は手早く準備をすると荷物を持ちエレベーターへと向かい乗り込んでから一階のボタンを押して降りていく。




##


 葛城サナエが先に一階ロビーにつき、その後すぐに林田が黒の鞄を片手に待ち合わせた葛城サナエに声をかける。


「お待たせしました」


「いっ、いえっ! お疲れ様です」


「ハハ、ここからはプライベートなんですから肩の力を抜きましょうか」


 林田はそう言って葛城サナエに軽い笑みを浮かべながら話しかけた。

 葛城サナエ以外の女性が林田のその笑顔を見たら少なからず多少の好意を抱いても可笑しくない、そんな笑顔だ。


 林田からの笑顔を向けられた葛城サナエは、少しだけ微笑みを返した。


 そんな二人を遠目から見たら、甘い雰囲気を周囲に撒いてる恋人同士に見えるだろう。それを見た独身男性や独身女性は少なくない嫉妬や妬みを心に抱くのは想像に難くない。


 葛城サナエは林田の案内で駅に向かい電車に乗った。


 帰宅する会社員や塾の帰りや部活帰りの学生、これからどこかに遊びに行く若いカップルなどで電車内は混み合っている。


 電車内は満員に近く空いてる席もない。葛城サナエと林田は身を寄せ合いながら乗る。

 葛城サナエは電車の揺れで態勢を崩すがすぐに林田が腕で受け止めてくれる。


 ガタンッガタンッ--


「大丈夫? やっぱりこの時間帯は混むよな......ごめんよ」


「いっ、いえっ! これは仕方ありませんよ。帰宅時間と夕食時の時間が重なるんですから」


 葛城サナエの体は林田の腕に包まれている。林田の体型は着ているスーツでパッと見た感じはスリムな体型をしているが、こうして互いの体を密着しているとよく分かる。

 細身な見た目からは分からないガッチリとした腕の筋肉と目の前にある胸板は、異性としての魅力を感じてしまうだろう。

 細身でいながらにしっかりとした筋肉を身に纏っている男性はそれなりに女性からは人気が高いのは世の中の常識....なのだろう。


 葛城サナエにとってここまで男性と密着した経験は過去に数える程しかない。まぁ、小学生のフォークダンスや中学や高校で体育行事を抜かしてだが。


 短い電車での移動時間も終わり、林田の案内で本日の夕食の場所であるレストランへとたどり着いた。

 

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