新幹線

永山良喜

第1話

   新幹線




[六号車]

〈武井 卓也〉




東京駅と品川駅は近い。新幹線が止まるほどの距離でもない気がするのだ。山手線に乗れば、いや、歩いてもすぐの距離なのに、わざわざ止まる。止まるためのガソリン代、電気代が料金に入っていると思うと、ますます止まらないでほしい。乗車、下車人数が多く、東京駅に集めると混雑するからっていうのが理由らしいが、だったら東京駅のホームを広くしたらいいと思うのだ。

広島からの出張で、東京の本社に来た。一週間という長い出張だったが、何とか終わりだ。明日は有給を取ろう。たまには自由も必要だ。

上野駅を出発する。大阪駅で山陽新幹線に乗り換えだ。それまで寝ていよう。ちょうど窓側だ。窓に頭をもたれさせる。

横で服が擦れる。横の人が立ったのだ。バッグの中から何かを取り出している。

ナイフだ。急に目が冴える。刃渡りが15cmぐらいある。ナイフ男がギロリと目を動かすと、こちらを向いた。何をする気だ?

何かが体に突き刺さった。心臓が熱い。見ると、目の前が真っ暗だ。明るくなる。ナイフ男の手だと分かる。カランカランと金属製品が床に落ちる音がする。床に、血のついたナイフが落ちている。自分のTシャツが赤に染まっている。腹の辺りがヌメヌメとする。血の感触だ。

意識が遠くなる。一体、何が起きたんだよ。俺は、ただ、ただ、有給を取ろうとしただけじゃねえか。

悲鳴が聞こえるが、遠くで聞こえる。目の前が、本当に暗くなってきた。何で、何で。




[六号車]

〈有平 最菜〉




後ろで悲鳴が聞こえる。見ると、男性が血のついた大きなナイフを持っている。男が反対側の席に向かい、座っていた女性を刺した。大きな悲鳴がする。車内が、パニック状態になった。逃げる。だが、五号車に行ったらいいのか七号車に行ったらいいのか分からない。前の人は五号車に逃げる。後ろの人は七号車に逃げる。後ろの方が広いため、七号車に逃げる。

出入り口が大混乱になる。一体どうすればいいのだろうか。このまま逃げても、一方通行なのだ。そうだ、次の駅は?上野の次は新横浜駅だ。そんなに遠くない。一体、いつ着くんだ。出発してからここまで来たから・・・。

十分間。

あと十分で新横浜に着く。十分間、逃げ切れば勝ちだ。十分ならいける。

だが、本当に逃げられるだろうか。あの死神から、十分間逃げ切る。世界最難関のミッションかもしれない。


 {残り 10分}




[七号車]

〈三澤 穂乃花〉




ドアが開く。誰かが移動してきたのだ。だが、少し様子が違う。とても慌てた様子で、さらに何人かが同時に争うように出てくる。不自然だ。しかも、全員が戦いた顔をしており、恐怖で顔がひきつっている。他にも違和感を感じた人がいたらしく、不安な顔をしている。

「助けてーー!」

女性が二人が叫びながら逃げてくる。それを皮切りに、多くの人が七号車へ雪崩れ込んでくる。甲高い声を出しながら、八号車の方へ走って行く。一体何があったんだ?すると、七号車の入り口が開く。

男が立っている。右手に、血のついた巨大なナイフがある。血が滴っている。床に、赤の斑点ができる。

「きゃああああああああああ!!!」

七号車ので入り口が埋まる。近くの乗客が急いで出ようとしたのだ。通路もすぐに埋まるが、七号車ので入り口は比較的広いため、意外とスムーズに出た。私もすぐに出る。

七号車と八号車の間には、トイレがある。隠れ場所としてはいいかもしれないが、もし見つかったときは一貫の終わりだ。リスクが高い。それよりも、十六号車まである後ろに逃げた方が時間も稼げる。とりあえず、八号車に入ろう。

八号車の入り口のドアが開いた。


{残り 9分30秒}




[七号車と八号車の連結部]

〈富川 侑真〉




何で新幹線の中に殺人犯がいるんだ。恐怖で思わずトイレに隠れてしまったが、よく考えると危険だ。見つかったら逃げ場がない。こうなったら、必死に見つからないように願うしかない。

鍵をかけようと思ったが、鍵が壊れている。それに、鍵をかけてしまうと男に見つかるかもしれない。

八号車のドアが開いた。男が近づいてくる。トイレの方を見た。背筋が凍る。だが、男はトイレの中を見ずに八号車へと向かった。富川は、八号車のドアが閉まるのを確認すると、全力で七号車へと走った。


{残り 9分}




[八号車]

〈三澤 穂乃花〉




八号車には、元々の乗客プラス1・5車両分の人が入ったため、ぎゅうぎゅう詰めとなっていた。また、出入り口が七号車ほど広くないため、出入り口前は大混雑となっていた。このままでは、全員が出る前に男が来てしまう。どうするべきか。

三澤は、席の間に入ると、席の向きを180度回転させた。席と席の間が少し広くなる。そして、席の下に潜った。足をうまく収納し、手を折り曲げる。すると、それを見た他の女性が、三澤の真似をしようと下に潜った。

八号車から人がほぼ出る。それと同時に、ナイフ男が入ってきた。ナイフ男は車両の中を見渡し、九号車へのドアに近づいた。だが、下に潜っていた女性に近づき、女性の襟を掴んだ。女性は悲鳴をあげて抵抗するが、ナイフを首に刺され、「あ、あ・・・。」と息の音だけがする。三澤は、タイミングを見計らい、席の下から出ると、猛スピードで七号車の方へ向かった。

ナイフ男は三澤を追いかけようとしたが、女性を抱えているため身動きがとれない。それは三澤にとって有利だった。

ドアが開く。速く。速く。できるだけ遠くに逃げよう。


{残り 8分30秒}




[九号車]

〈萩原 典之〉




一体何が起きているんだ。六号車で突然人が刺され、男から必死に逃げてきた。何で、新幹線の中で必死に逃げなければいけないんだ。捕まったら死ぬ。そんな小説があったな。事実は小説より奇なり。まさか、その小説家も現実でこんなことが起きるとは思うまい。

萩原は、逃げている集団の中では比較的前の方にいた。九号車に入ったが、それだけでは不安だ。十号車へ。十一号車へ。もっと、もっと先へ。

九号車の出口が開いたと同時に、入り口が開き、殺人鬼が入ってきた。

奥へ奥へ逃げたところで、生き残れるのだろうか。新幹線は一直線の構造だ。十六号車に着いてしまえば、逃げ場がない。全員アウトだ。次の駅までの時間稼ぎをしなければならないが、そんなことできるのか?

殺人鬼がもうすぐ九号車から出てくる。とにかく、今は逃げなければ。速く。速く。


{残り 8分10秒}




[十号車]

〈高波 康太郎〉




何で東京から福岡に行くのに新幹線を使わなければいけないんだ。普通飛行機だろう。だからうちの会社はケチなんだ。取引先の人に笑われた。「会社は飛行機代出してくれないんですか?」と不思議そうに言われた。確かに、出すは出す。だが、その金は到底足りないのだ。関空からなら足りるが、だったら新幹線に乗った方が早い。会社は端から金を出す気はないのだ。

だが、かといって自分で金を出す気にもならない。だから、金が足りる新幹線で帰るのだ。東海道新幹線と山陽新幹線を乗り継がなければいけないが、金のためならしょうがない。少し眠るか。

ドアが開いた。ドタドタと足音がする。ガキが走り回っているのだろうか。頼むから静かにしてくれ。こっちは仕事で疲れているんだ。

足音が収まらない。だが、何度も行き来を繰り返しているような音ではなかった。目を開けて、横を見る。走っているのは子供ではなかった。大の大人たちが険しい顔をして走っている。だんだん頭が冴えてきた。

「きゃああああああああああ!!!」

悲鳴を出しながら逃げる人もいる。ただならぬ様子ではない。何か起きたのか?

人がほとんど十一号車に逃げ、静かになった。座っている客たちは困惑している。すると、九号車側のドアが開いた。男がいる。男は右を見て、スーツ姿のサラリーマンが座っているのを見ると、迷わず刺した。

男性の首から血が飛び散る。噴水のように上がる赤い水は、辺りのシートを染めた。

「うわあああああああああ!!」

乗客たちが逃げ惑う。殺人男は逃げている集団を見ると、近くにいる男性ではなく、車両の真ん中辺りにいた女性を刺した。高波はさっきの逃げているやつらが何で逃げているか分かった。そして、自分もその中に加わることを確信した。


 {残り 7分}




[四号車]

〈富川 侑真〉




今、後部車両の方はどうなっているのだろう。あの悪魔から間一髪隠れ、全速力でここまでやって来た。五号車はすでに空となっており、四号車には元々四号車だった人たちと六号車の人が一部いた。皆、早く新横浜に着くのを待っている。

そういえば、誰か警察に連絡はしたのだろうか?慌てすぎて完全に忘れていた。

110を押し、電話を掛ける。だが、コール音の時に誰かが叫んだ。

「ナイフ男がドアの向こうにいる!!」

一機に車内が冷えきる。だが、実際にドアの向こうにいたのは逃げてきた男性だった。

そうだ。もし電話しているときにあの殺人鬼が戻ってきたら、逃げるのが遅れる。どうせもうすぐ駅に着くのだ。警察に電話する必要はない。




[十一号車]

 〈高波 康太郎〉




十一号車に着いても、安心は全く無い。なるべく後ろに逃げなければいけない。十一号車のドアが開く。だが、十二号車のドアが開かない。速く、速くとモタモタしていると、誰かが言った。

「あ、この新幹線って、北陸新幹線と連結されてるから、十二号車から向こうは行けないんじゃなかったっけ?」

え?ためしにドアの持ち手を引っ張るが、固まったように動かない。いや、固まっているのだ。どうしよう。

「すみません。ひとつ、考えがあるのですが。」

二十代ぐらいの女性が言う。

「皆さんのスマホのライトを男の目に向けて当てたら、きっと一瞬怯むと思うんです。その時を狙うっていうのはどうですか?」

沈黙がおとずれる。可能性は低いし、失敗する確率も高い。だが、このまま何もしないよりはましではないか。どんな陳腐な作戦でも、無いよりは立ててある方が良いのではないか。

「やってみましょう。。」

そう答えたのは50代ぐらいの年配の女性。

「そうだ。こんな逃げっぱなしっていうのも何かムカつく。一矢報いてえ。」

皮ジャン姿の若者。チャラそうな服装をしており、耳にはピアスがついている。普段いかにも遊んでそうな顔は、今、怒りで真っ赤になっている。

気づくと、この車両の中の人たちの心は、一つになっていた。

誰からともなく、スマホを持っている人たちがドアの近くの席に座り、ドアの方を向く。硬い物を持っている人たちは、ドアがある壁に背中をつける。




[五号車]

〈三澤 穂乃花〉




八号車から全速力で走り、五号車まで来た。四号車に入ろうとして、ふと、考えた。

―――もし、ナイフ男がこっちに戻ってきたらどうするんだ?あえて油断している四号車側に来れば、多くの人を殺せるかもしれない。ナイフ男が四号車に来たら、また命が危なくなる。このまま四号車に逃げるのは、良い手とは言えない。

そうだ。この五号車の席の下に隠れよう。そうすれば、一番安全だ。

席の下に潜り込む。さっきと比べて少し余裕があるからか、少し広く感じた。

ドアが開く。目線を右上に動かすと、ナイフ男が入ってきた。危機一髪。危なかった。

ナイフ男はまっすぐ四号車に向かっていく。私の作戦は正しかった。息を潜めておけば・・・。

そこで、急にナイフ男が下を見始めたのだ。慌てて体を奥に隠すが、服の裾が席から少しだけはみ出している。引っ張るが、座席の下に挟まっているのか、動かない。

ナイフ男が近づいてくる。ナイフ男が、この席の下を見た瞬間・・・。

逃げた。服が破ける音がする。ナイフ男が、追ってくる。作戦はない。まだ次の駅には着かないの?上野と新横浜は、どれだけ離れているの?

頭上を流れているニュースには、「ホテルで殺人発生。」と書かれている。ホテルだけでなく、新幹線もだ。誰か、気づいてくれ。


{残り 5分}




[十一号車]

〈高波 康太郎〉




高波もスマホをドアに向け、スタンバイ完了。練習はしていない。一発勝負。

十号車の方で、足音がする。

来る。

雰囲気で、誰もがそう感じた。設定画面の「ライト」に指を翳す。

ドアが開いた。今だ。目に一斉に光を当てる。放たれた何十発もの光は、見事にほとんどが目に当たった。思わず男が腕を顔に当てる。そこを、近くにいた男性がノートパソコンで思いっきり叩いた。倒れる。やった!と歓喜の雰囲気が流れる。

だが、よく見ると倒れたのは女性だった。後ろに、殺人男がいる。ライトを当てようとするが、腕が震え、うまく当たらない。殺人男は倒れた女性の背中を、思いっきりナイフで切りつけた。




[五号車]

〈三澤 穂乃花〉




全力疾走したのは何年ぶりだろう。さっきの疲れもあり、あまり速くない。足がもつれそうになるのを必死にバランスを取りながら、車両を乗り継いで疾走する。

六、七、八とどんどん新幹線の後ろの方へ行き、十号車に着く。このまま、乗客たちが集まっている十六号車に着いたらどうなるだろう。結論を出す余裕はなかった。とにかく逃げる。

十号車と十一号車の連結部分を渡り、十一号車のドアが開いた。

目の前が真っ白になった。目が痛い。大量の光が、目に入っているのだ。思わず、腕で目を隠す。チカチカする目を瞬きで直そうとした瞬間、頭に衝撃が走った。頭に今まで感じなかった大気圧がのし掛かり、地面に顔が叩きつけられたみたいだった。体が追い付く。頭が、ジンジンする。何が起きたのか分からない。起き上がろうと顔を上げた。

背中が、急に熱しられた。右肩から左腰にかけて鋭く線が入り、皮が熱で破ける感覚だ。

「痛ぁぁぁぁぁぁい!!!!!!」

叫ぶ。だが、声が出なくなった。死ぬのか。私は。どうして。

そして、背中の熱がなくなり、ほぼ同時に意識もなくなった。


{残り 3分30秒}




[十一号車]

〈高波 康太郎〉




失敗した。

他の車両から逃げてくる人の可能性を考えなかったのだ。自分達が、自分達が、人を一人、殺してしまった。

殺人男は女性が死亡したのを確認すると、ゆらりと前を向いた。

みんなが後ろに逃げる。高波も逃げるが、人の壁ができていて後ろに進めない。

万事休す。一貫の終わりだ。

目をグッと瞑る。

「・・・?」

いつまでたっても男が来ない。目を開けると、男が目を瞑って黙って立っているのだ。

車両の中は困惑する。だが、下手な動きはとれない。静かな時間が、流れていく。

そして、いつの間にか、新横浜駅のホームに入っていた。


{残り 8秒}




[十一号車]

〈高波 康太郎〉




ホームから見れば、この新幹線は奇妙だろう。一号車から五号車ぐらいまでは人がぎゅうぎゅう詰めで、さぞ満員なのかと思ったら六号車から十号車までは死体を除く人がいないがら空き状態。そして、十一号車は再び満員状態で十二号車からは普通。どんな新幹線なんだよ。

新幹線が止まる。乗車率500%超えの十二号車に、ビジネスマンが乗り込んでくる。

死体に気づいた誰かが、大声をあげた。

辺りは騒然となり、駅員や野次馬が多く集まる。前の方でも悲鳴が聞こえた。多分、残された死体に気づいた人が叫んだんだろう。

殺人男は相変わらず突っ立っている。心ここにあらずといった感じだ。駅員が話しかけようとしたそのとき、パシュッという音が後ろでした。後ろを見ようとした瞬間、殺人男が倒れた。殺人男の腹部から、血が流れている。血を見すぎたからだろうか。まったく、恐怖感がわかなかったことに恐怖を感じた。

新たな死体の登場に、新しい悲鳴が起きる。何が起きたのか分からない。ただ、この新幹線での大量殺害事件が、収束したことは、誰にでも分かった。


 {残り 0秒}




[新横浜駅ホーム]

〈有平 最菜〉




まさか、こんなにうまくいくとは思わなかった。男をたぶらかすのは昔から得意だったが、こんなことに活かせるとは思わなかった。




事態は三ヶ月前に起きた。

大学を出てから、定職につかず、男の家に泊まる生活を繰り返していた。親からはヒモだと言われ続けたが、気にしていなかった。

だが、大学以来の友人に誘われたホストクラブに行ったとき、そこにいたホストの卓也に惚れてしまったのだ。そこから卓也に貢ぎ、居候していた男の金を使い込んだ。そして家を追い出された。

お金がなくなると、卓也は急に冷たくなり、ツケにしていたワイン代を請求された。その額700万円。働いていない最菜に返せるわけがなく、利子だけがどんどん増えていく。

迷った挙げ句、少しメンヘラ気味な男を釣った。

その男に、卓也もろとも関係者を殺させようとしたのだ。卓也の店は全国チェーンで、卓也は全店の中でも売り上げが良いため、本店がある大阪で表彰式があると聞いていた。その時を狙った、殺害計画を思い付いたのだ。

勿論、釣った男をそのまま生かしていれば、警察にばれてしまう。なら、この男も殺せば良いのだ。

 当然、一人しか殺さないと怨恨の可能性も疑われてしまう。だが、無差別殺人なら怨恨の線は薄れるだろう。新横浜に着くまで、適当に殺すように指示したのだ。そして、自分が電話をすれば、その男のポケットにあるスマホがバイブし、男が行動を止めるように指示しているのだ。

ネットで銃を手に入れ、この計画を企てた。自分の借金をチャラにするために。

あとは、山手線に乗って逃げる。もしかしたら、事情聴取になるかもしれないが、そのときはそのときだ。希代の連続殺人犯は、謎の銃弾に倒れて死亡。私は、単なる乗客だ。

あとは、またSNSで適当な男を引っ掻けて貢がせれば良い。

有平は、新横浜駅のホームを出て、山手線のホームに移動した。




〈完〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新幹線 永山良喜 @kammpanera

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る