第5話
なるほど、この人はどうやら優しさの裏側に何か闇を抱えているようだ。
「差し支えなければもう少し詳しくお話していただいてもいいですか?」
「はい勿論です。実は昔戦いで恋人を亡くしてしまったんです。僕が守るべきだったのですが、僕が未熟なせいで大型のドラゴンに引き裂かれてしまって」
そうか、さっき戦士の話で苦笑いをしたのはそういうことだったのか。
「お互いに狩りに行っていたんですか?」
「はい、僕達は戦いが大好きでどんなときも必ず二人で狩りに向かっていました。僕達はとても良いコンビで、二人ならどんな敵でも戦うことが出来ました。あの人が先陣を切り僕が援護する、いつもそんな戦術でした。でもきっとどこか僕の中であの人を頼りすぎてる所があったんでしょう。やはり僕が未熟だったから、、、」
そう言って男は涙を流し始めた。
自分の恋人が目の前で殺されてしまってしまったら卑屈になるのも仕方がない。
「お気持ちはお察しします。これで涙を拭いてください」
俺はそっとハンカチを差し出した。
「ありがとうございます。すみません、あの事を思い出して悲観的になってしまいました」
「それで、消したい記憶というのはあの時のトラウマということですか?」
「いや、そうではないんです。戦いで亡くなるのは戦士の本望ですし、あの人の死を見たことはトラウマではありません。消してほしい記憶は、僕とあの人の思い出です」
恋人との思い出を消したい、か。事態はだいぶ複雑なようだ。
「思い出をですか?」
「はい。私自身だいぶ長く戦に身を投じてきたもので、私の生きる道は戦士しかありません。ですが、あの事件があったためにもう一度戦いに戻れる自信がないんです。剣を握る度に、また自分のせいで誰かを失ってしまうのではないかと思ってしまって」
それで狩りに長く出ていなかったのか。話を聞く限りだいぶナイーブな方のようだ。
「ですが、思い出を消してしまったら、一緒に過ごした時間もなくなってしまいますし、私生活にも影響が出るんじゃ、、、」
「勿論それは考えました。あの人は僕にとってとても大事な人だったし、今でもあの人への愛は変わりませんから思い出を忘れるのは本当に心苦しいです。でも、私の心の中で、戦いに向かう気持ちとあの人を思う気持ちがせめぎあっているんです。戦士としてもう一度戦場に立ちたい、でも僕が剣を握るのはあの人に申し訳ない。それだったらもういっそ記憶を消して、遠くに移り住んでそこで戦いに打ち込めばいいと考えたんです。そうすればまた一から戦士としての生活を始められますから。難しいお願いではありますが、どうか叶えて頂けますでしょうか」
男は熱心なまなざしで俺に冀った。きっとこの人なりに何度も考えた結果、記憶を消す決断を下したのだろう。
俺は男の押しの強さに負け、素直に引き受けることにした。
「わかりました、一応ジョージさんの願いはこちらのカルテに記載しましたので、薬草士の者に相談してみます」
「ありがとうございます。よかった、わざわざ遠くから来た甲斐がありました」
男は安堵した表情で俺の手を握り、謝意を態度で表した。
「いえいえ、これも仕事ですから。ただ、まだ薬草士のほうに聞いてみないと可能かはわからないので本当にそれ次第です。一週間後、またこちらにお越しください」
「はい、わかりました。どうかよろしくお願いいたします」
そう言って男は店を出ていった。
記憶を消したい、か。何だか心苦しい仕事だが、仕事の性質上引き受けるしかあるまい。
俺は冷めた薬草茶を飲みながら、カルテをじっと見つめた。
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