スタジオ07 眠り姫③

 ーー以上、『よういっしょ⭐︎ピースにね』でした!ーー




 はぁ? どゆこと?


 まだ0時15分だというのに、終わりって。


 いつもなら、6分間CMなしで曲を披露してくれるのに。

 意味がわからない。


 俺はしばらくの間、見逃したという事実を受け入れられなかった。

 呆然としたのち、俺の頭を過ったのは、佐倉の寝言だった。




(新曲を確かめられない今、佐倉の寝言を直接聞くしかない!)




 聞いてから「はい、そういたします」と返事をしてベッドに潜り込めばいい。


 俺は白。ただの勘違いですませることができるはずだ。


 俺は、慌てて佐倉の元に戻った。




「……。」




 ところが、佐倉の睡眠が安定したせいか、寝息も寝言も何もなくなっていた。


 佐倉は音もなくすやすやと眠っているではないか。


 何という眠り姫だ。


 これでは、最終確認ができない。


 最終確認せずにベッドにインしたら、それは最早夜這い同然だ。

 エロい。ていうか、犯罪!


 そんなことは俺にはできない。

 仕方ない。しばらくここで待とう。


 佐倉の寝言を待とう!


 こうなったら何だっていい。

 寝言を聞いて勘違いしちゃいましたで、イナフだ!




「……。」




 佐倉はそれ以来ひとつの寝言もなく、すやすやと眠っていた。


 あっそういえば、山吹さくらの「おやすみ」聞き逃した。


 今日は踏んだり蹴ったりだったな……。


 そんなことないか。




「……。」




 今日は、初キスをしたんだ。


 その相手は何と、超絶人気アイドル山吹さくら。

 活動時間1日3分限定という、おかしな存在。


 でもそれは、山吹さくらの正体が、地味な佐倉菜花だから。


 おれは、そんな秘密を知ってしまった。




「……。」




 そして俺がキスをすれば、佐倉菜花は山吹って、アイドルになる。

 我儘で、傲慢で、強引で、秘密が多い。

 でも根はいいやつ。

 贈り物をしてくれるファンがたくさんいる。

 そんなファンのためにお礼用の写真や動画を一生懸命撮影してたな。




「……。」




 俺なんかのために水着の写真を撮ってくれた。

 そして、現像までしてプレゼントをしてくれた。

 あれは超絶レアだろう。

 大事にしないと。




「……。」




 それから何故かいっしょに温泉に入って下着を洗ったり、浴衣を探したりした。

 そのときに思ったのは、佐倉は普通の女の子だってこと。

 佐倉でも、さくらでも。


 地味にだらしなくて、片付けは下手、着物の着付けも下手というか分かっちゃいない。


 下着の洗濯ができないってのが意外といえば意外。


 男の家族に囲まれていたんならそんなものなのかもしれない。




「……。」




 でも、秘密が多い。全部、気になる。


 山吹ってるときの方が好きなのってどうして?

 ほっぺとはいえ俺なんかにキスするほどうれしかったことって何だろう?

 さくらすうぃむすぅーつの写真を俺なんかにプレゼントしてくれた理由は?


 聞きたい。本当は、ぜーんぶ聞きたい。


 でも、さくらスマイルで秘密って言われたら、それ以上聞けない俺がいる。




「……。」




 俺にも1つだけ秘密がある。

 それは、俺にとっては大きいこと。


 中学2年の頃、俺は陰湿ないじめにあった。

 そのせいで、俺は1年も学校を休んだ。


 自分で言うのもなんだけど、小学生の頃までの俺は人気者だった。


 兎に角前向きで、自分にできないことなんかないという自信に満ち溢れていた。

 それが当たって、周囲を勇気付けていた。




「……。」




 でも同時に、無神経で周囲を傷つけることもしばしば。


 中学生になって直ぐ、俺のまわりから友達がどんどん減っていった。

 無神経だった俺の自業自得。


 そして、中2になった頃にはすっかりボッチ。

 そんな俺を3人組の女子が言葉巧みに誘い込んだ。


 俺はまだ何も思い知っていなかったから、ころっと騙されて、のこのこついていった。




 プール横の女子更衣室。


 俺はそこで、女子3人にズボンとパンツを脱がされた。

 そして、身体の至る所を触られた。


 彼女たちの目的は1つ。


 俺をイかせること。




 俺は、はじめて2秒でイッた。




 気持ちいいとは思わなかった。


 けど身体はそういう風にできている。


 仕方ないのに。




「……。」




 その翌日から、俺へのいじめはさらにエスカレート。


 そしてついに、俺は学校へ行けなくなった。


 怖くて、逃げていた。




 そして、あっという間に1年が過ぎた。

 このまま中卒で働こうとも思った。


 そんなときだった。


 俺が山吹さくらをはじめて見たのは。


 偶然観たテレビに映る君は、誰しもが何だって出来るんだと語りかけているようだった。

 俺はすっかり騙されて、努力した。




「……。」




 そして中学校に行けるようになり、ついには高校に入学することができた。


 今の俺はこう思っている。


 誰もが何だって出来るというのは嘘。


 けど、誰にでも何かできることがあるっていうのは本当。




 俺にできること。

 それは、佐倉を山吹らせること。


 今日は、そんな素敵なことに気付くことができた。

 全部君のおかげだよ。

 ありがとう……。


 ちょっと眠くなったな。


 調子に乗っていろいろと考え過ぎたかもしれない。




「……。」




 佐倉はまだすやすやと眠っていた。

 俺ももう眠いから、そろそろ帰ろうか……。


 そう思って時計を見たら、もう4時23分。

 ほとんど朝じゃないか!


 そう思った途端、俺は目を開けていられなくなった。


 そして、佐倉の眠るベッドの前で座ったまま寝てしまった。


======== キ リ ト リ ========


坂本くん、今日はいろいろありました。疲れて眠ってしまったんでしょうね。


いつもありがとうございます。

今後ともよろしくお願いいたします。

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