ステージ07 こんなに苦しいお泊りはない

 私は朝起きたとき、奇跡を目撃した。


 直ぐ横に、坂本くんがいた。


 かっこいい。そしてかわいい。かっこかわいいだ。


 坂本くんはベッドの中の私を見守ってくれているみたい。

 ただし、眠っている。




 お泊り、してくれたんだ。

 うれしい。私の願いが、また叶った。


 もう今日からは、ここが坂本くんのお家だからね。

 ここにあるものも、私も。全部、坂本くんの私物だからね。


 でも、どこかおかしい。

 そもそも、どうしてこうなったんだっけ。

 

 昨夜はたしか、私が出演する番組を2人で観ることになっていた。

 そのときに私は、睡魔に襲われた。




ーーーー


 番組の名前は『ライブでんがなアイドルだがや』


 私たちひじり84が総出演。当然、私も出演する。


 私は、3分間の映像と3秒間のおやすみコメントを担当。

 この仕事にはこれまでの半年で300秒を費している。


 視聴者は私に会うことができるとよろこんでくれる。


 でもそれ、録画だからね。

 あまり肩入れしないほうがいい。




 現実に今、私の横にいるのは、世界でただ1人、坂本くんだけ。


 それが、坂本くんにとって幸せなことかは分からない。

 けど、多分幸せだと思う。ちょっとだけ自信ある。


 少なくとも、坂本くんの横にいる私は、幸せ!




 私は、坂本くんと一緒にテレビの前に座った。


 ソファはふかふか。ファンからの頂き物なんだけどね。

 坂本くんの体重で大きく沈み込んだ。

 私はというと、大して沈まなかった。


 姿勢が違ったのもあるけど、私と坂本くんの目は全く同じ高さになった。


 坂本くんに寄りかかってみた。

 坂本くんが近くに感じられる。坂本くんの体温が伝わってくる。


 なごむ。癒される。

 眠い。つい、うとうとしてしまう。


 今日の出演は、たしかちょうど真ん中から。

 それまで、もつかしら……。




 もう、眠気が止まらない。だんだんと判断力も落ちていく。


「やっ、やばい。もうはじまってる!」

「そんなに慌てないで。出演は……たしか……15分過ぎ……だから……。」


 山吹るのって、結構体力使う。そのせいか、もう眠くて仕方がない。


 折角、出演時間を教えたのに、よろこんでくれたのかしら。


「そそそ、そ、そう、なんだ……まだ10分もあるね……。」

「あっ……ごめん……なさい……言わない……方が……よかっ……た……?」


 どうしよう。まだ、一緒に寝ようって、言えてないのに。


 早いところ山吹って、言いたい。そして、寝たい。


「いやいや、そんなことないから……。」

「……本……当……に……ごめん……なさい……すぴー……。」




 私はそのまま夢の中だった。

 どうしよう。まだおやすみなさいって言えてない。


ーーーー


 それで、この状況。

 そうか。私、先に寝ちゃったんだった。


 私はソファからベッドまで、どうやって移動したんだっけ。

 全く思い出せない。覚えていない。


 まさか、眠りながら移動した?

 そんなの、ありえない。

 ありえないけど、もしそうだとしたら……。


 坂本くんに見られたとしたら、恥ずかしい。よし、忘れてもらおう。




 今、私の目の前にいるのは、坂本くん。

 眠っている。気持ちよさそうに。

 幸せって思ってくれてたらうれしい。

 だって、坂本くんの幸せが私の幸せだもの。


 そういえば坂本くん、何でベッドの中に入らなかったんだろう。

 遠慮しちゃったのかな。

 坂本くんのそういうところ、好き!


 坂本くんは、胡座と体育座りの中間みたいな座り方。

 猫背。これはいけない。




 私は、坂本くんをベッドに寝かせてあげようって思った。




「重いっ!」


 ムリ。私にはムリ。私にとって、坂本くんは重過ぎて……。


 だったら、山吹ってしまえばいい。

 そうすれば、坂本くんくらいなら片手で持ち上げられるかも。


 でも、そのためにはキスしてもらわなくっちゃ。




 私は、坂本くんとキスしようって思った。




 その瞬間、私の身体に異変がおきた。心臓のドキドキが、とまらない。

 どうして? どうしてこんなに意識してしまうの?


 坂本くんなんか、大した特徴のない、ありふれた高校生じゃない。

 それなのに、どうして、どうして……。


 昨日なんか、何度もキスした。何度もキスしてくれた。うれしかった。

 坂本くんと繋がるのが、うれしかった。


 私は一体、どうすればいい?




 こうなったら、自力で山吹るしか、方法がないわ。


 けど、今日も朝から仕事。きっちり3分間。

 それも、ひじりのメンバーを集めての仕事。


 今、自力で山吹ってしまえば、みんなに迷惑がかかる。




 いや、それはどうでもいいことかもしれない。


 迷惑をかけたところで、文句は言わないだろうし。


 言うんなら、消せばいい。


 私には、私の力を自由に使う権利がある!




 けど、それってどうなのかしら。


 坂本くんは、どう思うのかしら。


 仕事しないでわがままばかりの私を、好きって言ってくれるのかしら。


 多分、違う。坂本くんは、山吹さくらの大ファンだもの。




 切ない。もどかしい。




 もう、ベッドに連れ込むのは諦めよう。


 もしかしたら私って、坂本くんがいないと何もできない女なの?


 山吹ってしまえば、炊事も、掃除も、洗濯も、何でもできる。

 歌うのも、踊るのも、笑うのも、何でも簡単!

 走るのも、泳ぐのも、投げるのも、ものを持つのも、何もかもが楽勝!


 けど、山吹るには、坂本くんの協力が必要。

 だから結局、坂本くんがいないと、何もできない。




 例外は、1日3分限定。




 そんなのイヤ。それだけじゃイヤ。


 私は、もっと自由に山吹りたい。


 もっと頻繁に山吹りたい。




 もっとたくさん、坂本くんの役に立ちたい。


 坂本くんに認めて欲しい。


 坂本くんに褒められたい。




 でも、今の私には限界がある。

 山吹らなきゃ何もできないのは問題。


 佐倉菜花のまま、坂本くんの役に立つようにならないといけない。

 そんなこと、今の私にはムリ。


 だったら、私が成長しないといけない。

 強くならないといけない。山吹さくらのように。


 何もできない女のままじゃ、だめなんだ。


======== キ リ ト リ ========


佐倉が決意しました。


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よろしくお願いいたします。

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