ステージ13 エール

 社長の視線が一瞬、私から外れた。


 見ていたのは、坂本くん。


「再検討する。それより今は、邪魔者に消えてもらうことだな」

「やっぱり坂本くんに撮影してもらうわけにはいかないんですね……。」


 坂本くんは邪魔者じゃない。そばにいてほしい。


 けど、坂本くんには自覚があるのだろうか。


 私にとってはかけがえのない存在であるという。




 ない。




 少なくとも現時点ではない。




 つまり、私の想いは一方通行。


 坂本くんが自ら自分の有用性を社長に語ることなんて、ありえない。


 それどころか、私たちの前から離れてどこかへ行ってしまった。




 このままでは、坂本くんは単なるキスマシーンとして社長に使われる。


 または、AV男優にされる。


 坂本くんのカメラマンとしての腕前を立証しなくっちゃ。


 けど、これは坂本くん自身がしなければ意味がない。


 私にできることといえば、何か助言してあげることくらい。


 私は、1度は見失った坂本くんの姿を探した。




 坂本くんを見つけた。いじけていた。


 この先、向かう現場がどんなところか。


 それを知ってしまったら、さらにいじけるだろう。


 そんな坂本くん、見たくない。




 不意に、坂本くんと目が合った。


 けど、直ぐに下を向いてしまった。


 間違いない。今の坂本くんは私を必要としている。


 だから私は、坂本くんにエールを贈った。


「AVは、大丈夫だよっ!」


 そう言ってあげるのが、精一杯ではあるんだけど。




 社長が割って入ってきた。これ以上、私に喋らせまいという牽制。


「お前の現場は、ここから5分のところにある」

「私がご案内いたしますわっ!」


 社長に続いたのは、あゆまりさん。うちの事務所の経理担当。


「ピコピコ! 坂本くんっ!」

「もっ、もしかして、あゆまりお姉さん?」


 そして、元うたうお姉さん。


「あっうれしい! 覚えていてくれたんだっ! ピコピコ!」


 ピコピコはずるい。イヤでも思い出すって。




 坂本くんが行ってしまった。


 あゆまりさんが一緒だから、心配しかない。


 ちゃんと辿り着けんのかって思う。


 ま、同じビルだし。なんとかなっか。






 社長との撮影会。いつ振りだろう。


 しかも今日はたっぷり2時間。これは初体験。


 イヤでも緊張してしまう。




「サクラ。坂本という男をどう思う?」

「えっ?」


 ちょっと意外だった。社長が仕事のこと以外ではなしかけるなんて。


 今までにはなかったこと。




 私は、社長の問いになるべく正直に答えた。


「格好いいと思います」

「正気か? それは見た目の問題ではあるまい」


 たしかに。見た目じゃないな。


「はい。見た目はクズです。ゴミです。チリです」

「では、何故格好いいと言った?」


 それは、格好いいからよ。


 けど、いつでもってわけじゃない。




「ときどきです。坂本くんが格好いいのはときどきです」

「興味深いな。どんなときに格好いいのだ?」


 巫女装束の着付けのときとか、神かって思った。


 それから、カメラのことで私を本気で叱り飛ばしたとき。


 この2つに共通することってあるの?




「それは、よく分かりません」


 私は、正直に答えた。


 社長に逆らう気にはなれない。私はどこかで社長を母親と重ねている。


「なるほど。坂本がまだ使えないのは、サクラが原因というわけだ」

「えっ?」


 どうして? 私のせいなの?




「サクラ、この車の魅力はなんだと思う?」


 車の魅力? それが坂本くんに対する評価とどう繋がるんだろう。


「分かりません」

「……そうか……。」


 イヤだ、私。うっかり言ってしまったけど、今のなし!


「速さでしょうか?」

「……違うな」


 たしかに、この車より速い車は沢山ある。


 それらの車の方が魅力的ってことになる。


「じゃあ、格好いいから」

「うーん、半分だ。格好いいとは、どういうことだ?」


「絵になるってこと?」

「そうだな。どんなときに絵になる?」


 絵になるシーン。どこ?




 私は素直に考えた。


「2人乗りだもの。デートのときでしょうか」

「そういうことだ。この車の持ち主は、白馬の王子というわけだ」


「白馬の王子ね。私は好きな人なら、徒歩の奴隷でもいいわ」

「そういう強い女性は少ないのだよ」


 私は強いの? たしかに山吹ったら無敵。


 けど、本当の私はそれほど強いのだろうか。


「サクラに弱さがあるとき、坂本は白馬の王子になるということだ」


 つまり、私が強過ぎるのがダメだってこと。


「坂本が強くなったときも、当然、坂本は白馬の王子だ」


 私が弱くなるか、坂本くんが強くなるか。


 どちらかってこと……。

======== キ リ ト リ ========


最強が最高とは限らない、ということでしょうか。


いつもお読みいただいて、ありがとうございます。

読んでいただくことが何よりの応援です。


もっと応援してやんよって方は、♡や☆、

コメントやレビュー、フォローをおまちしております。


完結に向けて地均ししていきます。

ステージのナンバーをスタジオに追いつかせます。

よろしくお願いいたします。

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