スタジオ14 俺の現場①

 こうして俺たちは、目的地を発見。

 あとは、移動するだけ。

 今回は俺が案内するから、迷子になる心配はない。


「それでは、出発進行!」

「オーッ!」

「おーっ!」


 何かがおかしい。

 というか、歩き難い。


 俺の右腕は、やわらかいものに包まれている。

 これは、あゆまりお姉さんのおっぱい。

 大分慣れてはいた。


 左腕はというと、新たな攻撃に無防備にさらられていた。




 ふと左を見た。




 あの子さんの顔があった。近い!

 その距離、10cmくらい。

 変装していても、この距離だと緊張する。

 あの子さん、かわいいから。


 そのとき、攻撃主の正体を見てしまった。




 それは、あの子さんのおっぱいだった。




 俺の左腕にしがみついていたんだ。


 そういえば、密着したいって言ってた。

 今日は、肌を合わせる仕事だとか。


 多分、意味を間違えているんだろうけど。


 俺、はじめて知った。

 あの子さん、あるところは、ある。

 現役時代は気付かなかったけど。




 俺たちは、どっからどう見ても、奇妙な3人組だった。


 周囲の、特に男の人の目は鋭かった。

 嫉妬ってやつ。それとも警戒心?

 そんな目に晒されるのって、辛い。


 俺みたいな高校生が美人2人に挟まれて歩いてたら、そんな目で見るものだろう。


 俺は、なるべく速く歩いた。




 ホテルに着いた。

 相変わらず豪華。


 急いで15階へ行った。

 現場は、何かの撮影のようだ。


 スタッフさんが慌ただしく機材をセッティングしていた。


 ケーブル・脚立・LEDパネルライト。

 どれもそれなりの製品。

 家具とかアクセサリーとか、小物が入った段ボールもある。




 スタッフさんの1人が、てきぱきと指示を出していた。

 あゆまりお姉さんが、その人に声をかけた。

 俺の右腕をがっちりホールドしたまま。


「おはようございます! 朝倉プロの鮎川です! ピコピコ!」


 あっ! 思い出した。あゆまりお姉さんの芸名、あゆかわまりなだった。


「おはようございます、鮎川さん。田中です。君が坂本くん?」


 田中と名乗ったスタッフさんが、俺を生温かい目で見ながら言った。

 俺は、最初だし、舐められないように注意して言った。


「おっ、おはようございます。おっ、俺、さっ坂本章です」




 業界人の挨拶は、「おはようございます」だ。

 そのくらいの知識は俺にもある。

 けど、噛んじゃった。


「おはようございます。思ったよりも、元気な高校生だね」

「はい。元気は誰にも負けません!」


 これから何をやらされるか分からないけど、

とにかく頑張ろうって思った。


「金魚掬いは私が勝ったけどね!」


 あゆまりお姉さんことまりなさんが得意気に言った。

 袋に入った金魚たちを見せびらかしながら。


「はははっ。相変わらず、お強いようですね!」


 田中さん、落ち着いたできる人って感じだなぁ。

 カッコいい!

 俺も、見習わないとっ!




 それまでまだ話に混ざっていなかったあの子さんが言った。

 俺の左腕をぎゅーっと引っ張りながら。


 がっちりホールドされてるけど、痛くはない。

 あの子さんのおっぱいは、とてもやわらかいから。


「おはようございます。本日よりお世話になる、水森あの子です」

「おはようございます。少し早いですが控室を用意してます。案内します」


 そっか。あの子さんはモデルなのか。

 あれだけかわいいんだから、

アイドルを辞めても芸能界は辞めないんだろう。

 これからは女優として活躍するに違いない。


 俺は、そんな風に勝手な想像をしていた。




 あの子さんのおっぱいが、俺の腕をはなした。

 あの子さんは田中さんの案内に従って移動した。


 取り残された俺とまりなさんは、撮影現場に移動した。


「監督にもご挨拶しないとね!」

「はい。今度こそ、噛まずに挨拶したいです!」


「どこかしら。権藤権之助監督はっ!」


 俺、聞いたことあるぞ。

 でも、まさか……。



 権藤権之助。48歳。




 必ず売れる伝説のヒットメーカー。

 しかも、1日1本必ず撮影するという、バイタリティの持ち主。

 浮世絵的で、ぐるぐる渦巻いてて、黄色が眩しい、厚塗りの作品。

 ついたあだ名が、365ッホ。

 多くの新人女優が、権藤監督に育てられたと語っている。


 はっきり言ってオーラ全開のオオモノ。


 そんな監督の撮影現場を見学できるなんて、幸せ!

 俺が志望しているのが、AV監督であればのはなしだけど。




 俺は、AV監督志望じゃない。

 できれば超絶人気アイドル山吹さくらの専属カメラマンになりたいくらい。


 そんな俺が、365ッホこと権藤権之助監督の現場にいる。

 そしてこれからヒットメーカー振りを見学することになっている。


 いや、さすがにそれはないだろう。

 俺はまだ15歳だし。


 さすがにAVの撮影現場に来れるってことは、ない。

 ない。きっと何かの間違えただろう。

 けど、相手があの社長なら、やりかねないぞ。いや……。

 ……ない。絶対に、とは言えないか。相手は、あの社長だもの……。




 まりなさんが権藤監督を発見した。

 顔はまだ見えない。

 うしろを向いているから。


 もし、ヒゲモジャ・フトマユだったら、オーラ全開だったら、

俺の知ってる権藤監督で間違いない。


 つまり、ここはAVの撮影現場ってことになる。


 まりなさんが、権藤監督に近付いていく。

 俺もまだ右腕を取られているから、一緒。


 喉がカラカラだ。

 俺は、生唾をごっくんと飲み込んだ。


 頼む。別人であってくれ……。




「おはようございます。朝倉プロの鮎川です。ピコピコ!」

「ん? ああっ、おはようございます。権藤です」


 権藤監督は、言いながら振り返った。


 顔が見えた。

 ヒゲはない。マユも普通。


 俺は、ほっと胸を撫で下ろした。


「おはようございます。坂本章です!」


 言えた! 噛まずに言えた。




「君かい? あの写真を撮ったのは?」

「はっ、はい」


 あの写真って、きっとさくらの。


「荒削りだが、そそる写真だね!」

「はははっ。そっ、そうですか」


 権藤監督は穏やかな表情をしていた。

 それでいて、そそる発言。


 そそるって、どういう感情表現だ。

 やりたくなるってこと?

 それじゃ、まるでAVじゃないか。


 気のせいだ。きっと気のせいだ。

 俺は少し繊細になりすぎている。

 だからつい、ここをAV撮影現場だと思い込んでしまうんだ。




 いけない。そんなことでは、いけない。




 水森あの子ほどのトップアイドルが、

 AVに出演するはずがないんだから……。


 でも、あの子さん、あほの子だからなぁ。

 もしかしたら、誰かに騙されて……。


 いや、違う。


 権藤監督にヒゲはない。

 だから別人だろう。




 まりなさんだって、さすがに覚えてるだろう。

 聞いてすぐに忘れるようなことじゃないもの。


 それとも頻繁に訪れているんだろうか。

 日常的に現場に来ることになり、

そのうちに感覚が麻痺して……。

 まりなさん、バカだからなぁ。


 いや、違う違う。


 権藤監督にフトマユはない。

 だから、別人だろう。




 そうだよ。AVだったら、さくらが止めてくれるだろう。

 そこは、さすがに放っておかないに決まってる。


 それともキスだけじゃ飽き足らず、俺の身体を狙って……。

 AV女優に超絶テクを磨いてもらった俺とねんごろになろうって……。


 いや、違う違う違う。


 権藤監督に365ッホと呼ばれるほどのオーラはない。

 だから、別人だろう。




 だから、ここはAV撮影現場ではない。


 あの子さんの言う、肌を合わせる仕事というのは勘違いだろう!


 俺はそう結論付けた。

 その頭の中は、いろいろな人に失礼だった。


======== キ リ ト リ ========


勘違いしているのは誰でしょうか。


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