スタジオ14 俺の現場②

 ここはAV撮影現場ではない。

 そう結論付けた俺。


 権藤監督が穏やかに言った。


「よし。じゃあ早速はじめようか。おーい、たなかぁ」


 権藤監督が、お茶でも所望したように言った。


 遠くにいた田中さんが直ぐに駆け付けた。


「はい。ただいま」


 田中さんの手には、何かがある。

 大切に袋に入れられている。

 きっと撮影に関する大切なものなんだろう。


 権藤監督の前で、その何かを田中さんが取り出した。

 その瞬間に俺は、この場から逃げ出したくなった。




 だって、権藤監督の姿は、みるみるうちに俺の知るAV監督になったから。




「つっ、付け髭ーっ! (付け髭ーっ……付け髭ーっ……。)」




「つっ、付け眉ーっ! (付け眉ーっ……付け眉ーっ……。)」




「オッ、オオ、オーラーッ! (オーラーッ……オーラーッ……。)」




 俺は思わず叫んだ。エコーも3回決まった。


 ヤバい、ヤバい。悪い方のヤバいだっ!


「うっほほーぅ! 今日もガンガン撮るぜ!」


 権藤監督、口調まで変わった。

 これ、ホンモノで間違いない。

 ピンク色のオーラが全開になっていた。




 高校生の俺だけど、今は何故かAV撮影現場にいる。


「うっほほーぅ! キャストはもう決まったゼッ!」


 権藤監督は、その場のノリで女優や男優を決めるらしい。

 だから、撮影スタッフが急遽出演することもある。

 監督が自らってこともある。


 監督のキャスティング眼はたしかと聞く。

 周囲は、言い知れぬ緊張感が漂いはじめた。


 その矢先に、薄い化粧を施したあの子さんが現場入りした。

 肌を合わせる仕事って、本当だったんだ!




 監督の一挙手一投足に周囲が注目していた。

 ふと見渡すと、きれい目の女の人が横に列を作っていた。

 よく見れば、AV女優さんじゃないか!

 俺の知っている有名人もいた。


 みんな監督に選ばれるのを、今か今かと待っているようだった。


「うっほほーぅ! 先ずは、あの子!」


 権藤監督が指さしたのは、あの子さんだった。

 あの子さん、狐に摘まれたように「はい」と短く返事をした。


 並んでいたAV女優さんたちが一斉にあの子さんを見た。

 登場していきなりの指名に、驚いたみたい。

 直ぐに、チッという舌打ちが聞こえた。


 顔やスタイルなら、あの子さんがずば抜けていた。

 まりなさんとは5分5分だけど。

 有名どころのAV女優さんでも敵わない美貌だ。

 AV女優さんたちもそれに気付いたみたい。




 監督のキャスティングは続いた。


「うっほほーぅ! 次は、あゆまり!」

「えーっ、私? うっそーっ! ピコピコ!」


 監督がまりなさんを指名。

 スタッフが選ばれることもあるっていうけど、

今日がそのときだったみたい。


 この2人で大丈夫なの?

 だって、あほとバカだもの。


 キャスティング眼に優れたと評判の権藤監督だけど、

今日ばかりはミスキャストじゃないのかなぁ……。


 2人をまとめて相手にできる男なんて、いるんだろうか。




 並んでいたAV女優さんたちがすごすごと引き上げていった。

 その途中であの子さんとまりなさんを見る目が鋭かった。

 一種の嫉妬であり、怨嗟だった。


 権藤作品に登場するのは女優2名と、男優1名。


 にわかに緊張感が増したのは、男性スタッフたち。

 これから、あの子さんとまりなさんの相手をする人物が決まる。


「うっほほーぅ! 男優を決めるぞーっ!」


 さらに一段、緊張感が増した。

 俺もつられて少し緊張してきた。




 権藤監督が叫んだ。


「あの子とやりたいかーっ!」

「オーッ!」


 男性陣がシュプレヒコール。

 気が付けば、俺も参加していた。

 郷に入っては郷に従えってこと。

 それに、やりたい!


「あゆまりとやりたいかーっ!」

「オーッ!」


 俺の声は、少し大きくなった。

 きっと、緊張感のなせる技なんだろう。


「罰ゲームは怖くないかーっ!」


 何だよ罰ゲームって! とはならなかった。

 俺のもつ緊張感は、いつの間にか高揚感へと変わっていた。

 このときの声は、1番大きかったほど。




「うっほほーぅ! 今日の幸せな野郎は、そこの少年!」

「やったーっ!」




 権藤監督が指名したのは俺だった。

 ヤッヤバい。うれしい! 

 選ばれたってことが、何よりうれしいんだ。


 身体が勝手によろこびを表現してしまう。

 何度も何度も、ガッツポーズを決めた。


 周囲の男優さんやスタッフさんも何故か拍手喝采で祝福してくれた。

 ありがとう。みんなありがとう!




 でも、1人だけ不満そうな顔をしているスタッフがいた。




 田中さんだ。

 田中さんは今日まで27連勝していたらしい。


 高校生時代に権藤作品に魅入られて、即入門。

 初日からスタッフ兼男優として活躍しているらしい。


 そのキャリアはもう10年を超える。

 今や権藤作品にはなくてはならない存在。


 その田中さんが、俺のことを祝福してくれないなんて、何だかイヤな気分。




 同時に、俺の中でこの決定に対する疑問が沸き起こった。




 その瞬間、俺が見たものは……。




 さくらスマイル。山吹さくらの職業病的笑顔!

 まぶたに浮かんだまま、しばらくこびりついていた。


 俺がここにいるのは、修行!


 その修行は、佐倉の夢を叶えるため。

 ライブだ。山吹さくらが単独ライブをするってこと。

 それは、俺の夢でもあるんだ。


 童貞の俺なんかがあの子さんやまりなさんとやれるって、

それだって夢のようだけど、違うんだ。

 俺がやりたいのは、さくら。

 最初っから、山吹さくら単推しなんだ!

 



 そもそも。

 いいのか、これ?


 俺って、まだ高校生じゃないかっ!


 しかも、童貞。


 AV男優なんか勤まるものじゃない!

 それは断言できる。


 俺は、決定を覆して、お断りしようと思った。

 よしっ、言ってやる!




「ちょっと待ってください! おかしいですよ!」




 言ったのは、俺ではなく、田中さんだった。


======== キ リ ト リ ========


田中さん、何を考えて? 坂本くんは出演を免れることができるでしょうか。


この作品・登場人物・作者を応援してやんよって方は、

♡や☆、コメントやレビューをお願いします。

励みになります。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る