スタジオ14 俺の現場③

 権藤監督、怒った顔をしていた。


「田中! テメェ、俺の決定に口出しすんのか?」

「しますよ。口出しどころか、中だって!」


 えっ? どういう意味? 俺にはさっぱり……。


「お前なんかに、2人を相手できんのかよ!」

「できますよ。同時にだってできますよ!」


 同時って、どうやって。俺にはさっぱり……。


「ふんっ、10年早いぜ!」

「早いってことはありません。適度な持続力が売りですからっ!」


 何の持続力? 俺にはさっぱり……。


「いいだろう。そこまで言うなら!」

「かっ、監督。ありがとうございますっ!」


「よしっ。新旧高校生対決だっ!」


 こうして、俺は田中さんと対決することになった。

 辞退する時間もないうちに。




 田中さん、頑張って!

 俺にはAV男優は荷が重い。


 田中さんは、仕事のできる格好いいやつ。

 だから俺だって、負けて本望だよ。


 目の前で3人でやってるのを見るのは多分辛い。

 けど、さくら以外の女性とやるよりはマシ!


 あれ? 俺って、さくらとだったらやりたいのかなぁ……。




 俺と田中さんの対決は単純なものだった。

 『本日の監督オススメ女優』が、どっちを選ぶか、対決だ。


 何だこのタイトル。

 おしゃれな喫茶店のランチかよっ!


 対決方法は簡単。監督が説明した。

 監督の掛け声に合わせて、やりたい方を2人が指差すだけ。


「じゃあ、私が監督の合図で坂本くんを指差せばいいのね」


 えっ! 今なんて……。

 それって、言っちゃいけないやつじゃん。

 バカなのか。まりなさん、バカなのか?


「あっ、奇遇です。あのも坂本くんって思ってました!」


 おっ、おいおいおい! いたよ、バカがもう1人。

 いや、あほの子。

 つられたとはいえ、それはないだろう。


「うっほほーっ! そうだ。そういうことだよ! じゃあ、いっせーのっ……。」

「待ってください、監督……。」


 何故かルールを無視されたことをスルーした監督。

 急に待ったをかける田中さん。

 どっちもどっちって感じだな。

 まりなさんとあの子さんの発言はなかったことになっていた。

 田中さんが続けた。


「やっぱり俺、今日は体調が優れません。今日は、譲ります!」


 逃げた! 田中さん、逃げた!

 結果を事前に知ってしまい、最後まで勝負せずに、逃げたよ!


 そんな。俺、最強かよ!

 誰か俺に挑んでくれ!

 そして、完膚なきまでに叩きのめしてくれ!


 俺は、俺の強さを呪った。




 田中さんの仕事は早い。

 騒動による遅れを取り戻すのには充分。


 あっという間に、撮影がいつでもはじめられるようになった。


 ヤバいよ。悪い方のヤバいだよ。

 早く何とかしなきゃ。


 でも、俺に挑む者はもはや存在しない。

 だったら、俺自身が立ち向かわなくっちゃ。




「待ってください、監督! 俺、できません!」

「なにっ!」


 すっ、すごい圧。勝てないよ。

 でも、怯むな俺。

 さくらと俺の夢のためだ。


「あの子さんもまりなさんも、本当はアイドルに戻りたいんです!」

「なっ、何? 本当かっ?」


 権藤監督が、バスローブを着て並んでいた2人を見た。


「いいえ。未練なんかありませんよぉーっ」

「奇遇です。あのもです!」




 えっ? そうなの? 俺はてっきり、いや実は本当はねって流れかと……。

 騒動に気付いたのか、退がっていたAV女優さんも駆けつけた。

 みんなが見ている。


「うっほほーっ! だそうだよ、坂本くん!」

「そっ、そんなはず、ありません。2人はステージに立ちたいはずです!」


「なっ、なにーっ!」

「いいえ。普通に仕事して高収入の方がいいわ」

「奇遇です。あのもです!」




 まっ、まずい。このままじゃ、まずい。

 

「うっほほーっ! うちは女優には高待遇だからね。1本100万だもの」

「くっ……。」

「それだけあれば、山吹さくらの生写真が買えるわっ!」

「奇遇です、あのもFC会員なんですよ。会員番号は2桁です!」




 あっ、そうですか。2人とも山吹さくらの推し事してるんですね。

 山吹さくら、超絶人気だもんな……。


 だったら、その人気にあやかればいいのか!


「うっほほーっ! さぁさぁ、どうするね坂本くん。まさか逃げ出すんじゃ……。」

「2人とも、山吹さくらのステージに立ちたくはないですか?」

「えっ?」

「奇遇です。あのも、えっ?」




 俺の起死回生の一言で流れは一気に変わった。


「な、なにぃ……。」


 効いてる効いてる! このまま、2人の気持ちを揺さぶる!


「でも、AVデビューしちゃったら、ムリですよ!」

「そんな、それはイヤ! ライブに出たいわ」

「奇遇です。あのもです!」


 勝った。これで俺は、お役御免になるだろう。

 そう思った、俺は青かった。




 勝利を確信した俺。

 顔は滅法緩んでいた。


 そんな俺の顔を、一気に引き締めてくれたのは2人のAV女優だった。


 『本日の監督オススメ女優』から外された2人。

 かなり有名な人と、そこそこ有名な人。

 他の女優さんとは格が違う。


「冗談じゃないわ! AV女優がライブしちゃいけないの?」

「そうよ。あなたの言い方、まるで私たちがクズみたいだった!」


 そんなつもり、全くなかったのに。

 ただ俺は、AVに出たくないだけなのに……。


 でも、2人の言うことはもっともだ。

 出たくないなら出たくないとだけ言えばいいこと。


 俺が、間違ってた。謝んなきゃ……。


「ごめんなさい。そう言うつもりじゃなかったんです」


 俺は心から謝った。


 けど、2人は許してくれなかった。

 当然だ……。




「貴方、口先だけでしょう!」

「もっと奥まで来てくれないと、伝わらないわっ!」


 どういう意味? 俺にはさっぱり。


 そのとき、監督が付け髭と付け眉を外した。


「いいや。坂本くんの言う通りですよ!」


 その口調は、とても穏やかだった。




 監督の真意は?


「AV女優は終着点です。先はありません!」

「監督、そんな……。」

「……じゃあもう、私たちはアイドルになれないのですか?」


 場の空気が一気に変わった。

 殺伐としていたのが、しんみりと穏やかに。


「そうだよ。AV女優は、行き場のない仕事なんだ」

「行き場のない……。」

「……仕事」


 なんだか、切ない。




「行き場のない女優が演じるから、みんなイッちゃうんだ」

「行き場のない女優だから……。」

「……みんなイッちゃう!」


 監督、うまい! 

 行き場の行くと、イッちゃうのイクをかけたんだ。

 でもその表現、必要なの?


「あっ、今のって、かけ言葉ってやつですね!」

「奇遇です。あのも気付きました!」


 2人が、軽く空気を和ませた。

 バカとあほは、武器になる。




 このあと、今日のキャスティングが変更された。


 女優は、かなり有名な人と、そこそこ有名な人。


 そして男優は、田中さん。


 これで、元の鞘におさまった感じになった。

 

 こうして俺は、なんの成果もあげないまま、

15階をあとにした。


 けど、俺にはなんの後悔もなかった。




 何故なら、佐倉が1番大切だって、気付くことができたから。



======== キ リ ト リ ========


AV出演を免れましたが、まだ大切なものを手に入れたわけではありません。

これからです!


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