スタジオ02 佐倉と雷鳴②

 30分は長い。この間、俺は無言で佐倉のことを考えないといけない。


 俺自身がそうするって言ったんだから、するのが当たり前なんだけどね。


 それにしても、俺って佐倉のこと、何も知らないよな。


 その正体が実は超絶人気アイドル山吹さくらだってことくらい。


 あと、男兄弟に囲まれて育ったから性の知識が俺よりも多い。


 というか、性について寛容なのかもしれない。




 まぁ、そうでもなきゃアイドルになんかならないだろう。


 けど、アイドルになるかどうか悩んだ頃があるって言ってた。


 そのときに佐倉の背中を押したのがお兄さん。いいお兄さんだよな。


 どんな人なんだろう。って、これって佐倉のことじゃないよな。




 雨が降ってきた。こりゃ結構大粒だな。


 ビルの窓に当たる音が大きい。


 洗濯物干してなくってよかった。




 お兄さんがどんな人なのかはマジで気になる。


 妹でヌクと言うような人だもの。


 ま、山吹さくらでヌイたって意味なら、俺と同じってことだ。


 会える日が来るといいな。




 そのとき、佐倉は俺のことを何て紹介するんだろう。


 人ん家のトイレでヌイた人ですとかって言われたら最悪。


 さすがにそれはないか。


 じゃあ、何だろう。同級生ってのが無難。


 それかビジネスパートナー。


 部屋の掃除係ってのもあり。


 佐倉は地味だからこの4択なら2番の可能性が高そう。


 普通の高校生同士の関係っぽい。




 雨足がだんだんはやくなってきた。


 窓ガラスに当たる雨粒の音はうっとうしい。


 そういえば、佐倉は洗濯してるんだろうか。


 隣の部屋があの様子じゃしてなさそう。


 決めつけはよくないかな。




 もしお兄さんに会ったとき、お酒が飲める歳になっていたら、一緒に飲みたい。


 3人で飲む? 


 それともお兄さんとサシで飲む?


 どっちもいいな。幸せだよな。


 章くん、菜花をよろしく頼むよ。

 はい、お義兄さん。なんつって。

 ありだな、あり。いいよ、そういうの。


 なんか地味な幸せだけど。お義兄さん、待っててください。


 って俺、何様だ。




 と、雷鳴。


 光ったのは見えないけど。ゴロゴロゴロっていうのが聞こえた。


 このビルって33階建てだったよな。


 雷、落ちたりしないかな。


 停電になったら、さすがに中断せざるをえないか。




 いや、あえて続けるべきか。


 ここまできたらやり遂げたい。


 って、まだ半分くらいか。




 いや、大分横道に逸れた。これじゃダメだ。


 今考えるべきは、あくまで佐倉本人のこと。


 あとで佐倉おこを喰らいそうだな。


 まぁ、ダメージ少ないからいいけど。




 それにしても、俺って驚くほど佐倉のことを知らないんだな。


 これまでのって、全部妄想だし。


 俺は佐倉の何を考えればいいんだろう。




 不意に雷鳴。


 同時に佐倉ブレス。地味に荒い。


 佐倉が動いた。重心を右脚から左脚へ地味に動かした感じ。


 俺はバランスを取ろうと、少し左脚方向に動いた。




 けどこれは難しい。


 抱き合ったままバランスをとるのって大変。


 俺はほんの少ししか動いていないつもり。


 でも佐倉の方は振りまわされたみたいになってしまう。




 だからまた佐倉は重心を左脚へ動かしたんだ。本当に地味だけど。


 そして今度は少し前というか、グッと俺の方に近付いてきた。


 このままこれを何度かくりかえすと……。




 俺たちの身体の位置は180度入れ替わってしまうかもしれない。


 ぐるぐるとまわった末に。


 だから俺は、俺よりも少しだけ身長の低い佐倉の負担にならないようにした。ー


 なるべく足の裏は床につけたままバランスをとった。




 いや、違う。




 もしかしたら、佐倉って雷怖い人? 


 俺のところからだと窓の外は見えない。


 佐倉からだと見えるのかもしれない。


 窓の外が見えなくなるというのは無理かもしれない。


 でも、入ってくる光がつくる影とかも、案外気になるものだ。


 とりあえず様子を見ながらまわってみよう。


 佐倉がまわるのを辞めたら、それに合わせればいい。




 ふと、俺は佐倉と出会ったときのことを考えた。


 俺たちって、出会って数秒でキスしたんだ。


 何ていうか、不可抗力ではあるけれど。




 もし俺に妹がいて、女子の体の重さというか重量感を熟知していたら。


 あんなに強く引きつけなかったかもしれない。


 そうしたら、キスする前にバランスが保てていたかもしれない。


 もしそうだったら、俺はこうして佐倉とキスすることもなかったのかもしれない。




 あっ、また妄想……。




 でも、はっきりしたのは、佐倉は相当軽いってこと。


 何というか儚気?


 いや地味に華奢で、やわで、手弱女ってやつだ。


 ちゃんと守んなきゃ。




 佐倉の回転がちょうど半周で止まった。あー、稲光がよく見える。




 疲れた。脚が絡まりそうになってきた。


 このままではいつ転倒してもおかしくない。


 そうなる前に辞めた方がいいのかもしれない。


 事故でも起こしたらそれこそ大変な騒ぎになる。ここらが潮時かな。




 佐倉はどう考えているんだろう。


 事故りそうだっていう認識があるのだろうか。


 辞めるにしても、同意がなきゃ辞められない。


 けど、この状態では佐倉の意思を確認する方法がない。


 結局自分で考えるしかない。




 佐倉が雷が嫌いだと仮定する。


 回転してまで続けようとしているのだから佐倉に辞める気はなさそう。


 結構腰にくるけど、我慢、我慢。




 30分キスをするっていうのが辛いのは、その間に会話が成り立たないこと。


 お喋りできないというのが本当に大変。


 佐倉ボイスでもさくらボイスでも、どちらでもいい。


 何だったら、お義兄さん声でもいい。他の人の声が聞きたい。




 それから自分でも喋りたい。


 言われたいし、言いたい。


 キスが終わった直後に佐倉は俺に何て言ってくれるんだろう。


 俺は、俺たちやったね! とかって言いたい。




 佐倉の腰の位置って、俺よりも高いんだな。身長は俺の方が高いのに。


 なんか、複雑な気持ちになった。


 胸板も俺より厚いのか。


 違うぞ。




 女子の場合、おっぱいって言うんだ。




 おっぱい、おっぱい。




 おっきいおっぱい。


 ここへきての下ネタも、ないな。




 佐倉おっぱいについて熱烈に考えてたなんて、言えない……。


 どうしよう……。




 結局、最後に俺が考えていたのは佐倉おっぱいのことだった。




 キスを終えた直後、俺は言った。言えた。


「俺たちやったね!」

「坂本くん。そうね。よーし、撮影も頑張るわっ!」


======== キ リ ト リ ========


30分のキスは、愛の共同作業でした。


いつもありがとうございます。

これからも応援よろしくお願いいたします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る