ステージ08 朝活からステージへ

 坂本くんが寝ている。

 私は、坂本くんの身体を揺すりながら声をかけた。


「坂本くん! 起きて! 坂本くんってば! もぅ、起きろ!」


 坂本くんは、割と直ぐに起きた。


「おはよう、坂本くんっ!」

「なっ、なんだ。佐倉か……。」


「何だって、何よ。露骨なんだからっ」

「あっ、いや。別にさくらが良かったとかってわけじゃないから……。」


「はい、はい。佐倉でごめんね。でも、山吹るのはもう少しあとでにしたいから」

「そう、なの?」


「私、これから仕事なんだけど。できれば、ついてきて欲しいな」

「活動時間1日3分限定……。」


「そう、それ! けど、坂本くんに力になってもらえれば、もっと活動できるから」

「わっ、分かったけど……眠い……。」


「いいよ。撮影中は寝ててもらって構わないわ」

「地味に……強引だなぁ……。」


 こうして私は、坂本くんを職場に連れ出すことに成功した。


 何の変哲もない、ありふれたステージ。

 ゴツいだけの撮影機材。


 そんなものが、坂本くんには珍しいみたい。

 そうか。坂本くんはカメラマン志望だった。


「すっ、スゲーッ! カメラ天国だーっ!」

「天上カメラなんかも含めると、全部で40台」


「……そんなに……。」

「活動時間が3分でも40台で映せば、2時間分になるでしょう」


「えっ、じゃあこのカメラって、全部山吹さくら専用なの?」

「そうよ。はじめはねっ!」


 そのうちに、続々とメンバーが集結してきた。

 みんな仕事じゃないと相変わらず緩みっぱなし。

 世界最高のアイドルユニットだなんて、聞いて呆れるわ。


 ま、私が人のこと言えたもんじゃないけど。


 最後には社長も入ってきた。

 グッと空気が重くなる。


 さぁ、これからは、仕事!


「はじめるわよっ!」

「はいっ」


 私は山吹った。

 それによって他のメンバーにも輝きが芽生えた。


 これが私たちの秘密。

 山吹った私は、自ら光る恒星のようなもの。

 みんなは、私の光を浴びて瞬く惑星。


 こうなったら、私たちは無敵。

 カメラ越しであれ、観客を確実に魅了する。


 ちょうど3分。曲が終わった。


「ありがとうございました」

「よろしい。サクラ、退がりなさい。他はこのまま続けるわよ!」

「はいっ!」


 ここしかないというタイミングで私は言った。


「……待ってください……。」


 社長は一瞬、迷惑そうな顔になった。

 それから何もなかったかのように歩き出した。

 いつも通りに。


 私は完全に無視されていることを悟った。

 ゆっくりとステージを降りた。

 ここから先、ステージは他のメンバーに預ける。


 真っ直ぐに坂本くんのところへ向かった。

 ちょっと悔しいこの気持ち、坂本くんに分かってほしい。


 途中で社長とすれ違った。


「7分後に聞こう。説明が難しくならないように準備をしておけ」

「!」


 準備って、どういうこと? キスしとけってこと。

 たしかに、その方が説明が楽かもしれない。


 そういうことなら、やってやる!

 坂本くんならきっと協力してくれる。


「だっ、誰? あのおばさん、めっちゃ感じ悪い……。」

「それは言わない方が……。」


 坂本くんったら、チャレンジャーね。社長に向かっておばさんだなんて!


 私は、この点に関しては坂本くんの仲間だとは思われたくはない。

 とりあえず、苦笑いで応えた。


 坂本くんが小首を傾げた。これはチャンス! 


 私は、少しでも早く坂本くんにキスをしようと思った。


「直ぐにはじめましょう!」


 坂本くんも満更でもなさそう。私たちはもう、キスをしている。


 3分間にわたり、しいちゃんたちがダンスをする音が響いた。


「ありがとうございます」

「よろしい。次、いくわよっ!」

「はい」

「……いやっ、ちょっと待ってください。冷静に考えて、おかしいですよ!」


 しいちゃんの言うこと、もっともだと思う。

 でも、私はキスの真っ最中で、フォローしてあげられない。


「何も、問題ないわ。続けなさい!」

「はいっ……。」


「声を揃えなさい!」

「はい!」


 2回目が無事にスタート。


 より、入念にキスをしておこうと思った。

 それには直ぐに坂本くんも協力してくれた。

 うれしいし、気持ちいい。


 そろそろ7分経つころかしら。

 私はキスを辞める準備をした。

 けど、坂本くんは間に合わなかった。


 まってて坂本くん。あとで、何とかしてあげるから。

 今は、社長と向き合わないと。


「さくらこ社長、私、ライブがしたいんです!」


 決まった。完璧に決まったわ!

 でも……。


「却下! 時期尚早よ!」

「どうして、私、いくらでも山吹れるのに!」


 知りたい。どうしてダメなのか。


「背後を見なさい……。」


 私は、言われた通りにうしろを見た。

 そこには、イッたばかりの坂本くんがいた。


 イッた顔はかわいいから、私は好きなんだけど……。

 周囲の理解を得るのは大変だと思う。


 私は気付かないフリ。

 そのまま社長に向き直り、言った。


「何か、問題でも?」

「大アリよ。今のままでは、その少年はサクラを支えられない!」


 ちっ。やっぱり社長のことは騙せない。

 だったらせめて、他のメンバーを味方にしておかないと。

 私は、乙女がよろこびそうな発言をした。


「そんなことないわ。坂本くんは、いつも私のことを考えてくれています」

「惚気はよい。求められるのは結果。イカなくなったら、考えてやる!」


 そんなムリゲー、ないわ。

 山吹さくらに触れて生きているだけでもすごいじゃない。

 それをイカなくなったらって、もはや立てなくなるのと同じ!


「そんな……折角ファンに恩返しができると思ったのに……。」


 先ずは、メンバー中最も涙腺が崩壊しやすい、すうちゃんのお涙頂戴作戦。

 うんうん。すうちゃんには効いているみたい。

 すうちゃんはファン想いでもあるから。


「残念だが生誕祭は、予定通り録画配信とする!」

「はい!」


 でも、社長の決定を復すほどじゃない。


「お待ちください、さくらこ……。」

「……くどい! サクラ、少年に力量が不足しているのは明白!」


 社長の人を見る目はたしか。やっぱり、坂本くんじゃムリなのかな。


 でも私、諦めたくない。坂本くんと仕事したい!


「そうですね。ですが。せめて、せめてこれをご覧ください……。」


 それは、坂本くんが撮影した写真。


「撮影のとき、坂本くんは私のおっぱいを素手で触りました!」

「……。」


「そうでなければ、こんなにきれいに巫女装束は着こなせませんでした!」

「……。」


「そして、坂本くんはそのときにはイきませんでした!」

「2週間! そこの少年には修行してもらうぞ」


「修行……そんな……恐ろしい……。」

「それでダメなら、サクラ、そこの少年を諦めろ!」


 私、諦めなきゃ。ライブを諦めなきゃ。


 ライブは私の夢。


 だけど、それ以上に坂本くんの側にいたい。

 そっちの夢の方が、大切。


「坂本くんを諦めるだなんて……。」

「……イヤならおとなしく、録画配信にすることだな……。」


 私は、ライブの夢を諦めた。

 そして、社長に服従しようと思った。

 そのとき……。


「やってやるさ! さくらのためなら、修行だって何だって!」

「威勢だけはいいようだな、少年。早速今日から修行だ!」


 どうして? 坂本くんはどうして私なんかのために?


 ひょっとして、私のこと好き?


 まあ、間違いないわね。うれしい。


「さっ、坂本!」


 坂本くんたら、名前で呼ばれなかったのが悔しいみたい。


 目指すところが高過ぎるわ。


 社長に名前で呼ばれるのって、相当な実力者だけ。


「そう熱くなるな。最高の修行をさせてやる。追って連絡するぞ、少年!」

「ぐぐっ……。」


 こうして、坂本くんが修行することになった。


 無理しないでほしいのに。


 もし坂本くんを失うことになったら、私、悲し過ぎる。


======== キ リ ト リ ========


坂本くん、意外にも無鉄砲!


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