スタジオ09 普通の高校生がデスゲームなんてするはずがない

 俺に課される修行って、どんなことだろう。不安しかない。

 でも眠い。


 大ホールはどんよりとした空気感。

 テレビでは陽気なひじり84のメンバーも、心なしかものしずか。


 そんななか喋ったのは、リーダーのしいちゃんだった。


「予想通りってところね! じゃあ、今日は解散!」


 しいちゃんはいの1番に大ホールをあとにした。えっ?

 他のメンバーもゾロゾロと退室していった。ええーっ!

 予想通りって、どういうことだろう。どんな予想?


 俺にとっては予想外のことばかりなのに。

 もしかしたら、前例とか、モデルケースがあるのかも。

 今までにもお同じようなことになった人がいるんだろうか。


 もしいるなら、その人はどうなったんだろう。不安で仕方ないよ。

 いやしかし眠い。取り残されたのは、俺とさくらの2人。


 さくらが俺に言った。


「坂本くん、頑張ろうねっ!」

「はい!」


 俺は元気に返事をした。まるで、さくらに操られているように。

 そのあと直ぐ、さくらは佐倉に戻った。


 そして、俺たちには現実が待っていた。眠い……。


「大変。急がないと学校に遅れちゃう!」

「本当だ、もうこんな時間!」


 俺たちは急ぎ33階に戻り支度をすることにした。


 その途中、エレベーターの中で、俺は気になっていることを確かめた。


「なぁ、佐倉。俺、本当にさくらのおっぱい触ったのかなぁ」

「えっ?」

「全く記憶がなくって。でももし触ったんなら……。」


 ……謝っておこうと思ってさ。俺はそう続けるつもりだった。

 不可抗力とはいえ、女子の大切なおっぱいを触ってしまったんだから。


 でも、言えなかった。

 それは、俺の目の前に佐倉がいたから。地味に怒っていた。


「……サイッテー!」


 佐倉は食い気味にそう言うと、左手で俺の右手首をつかみ上げた。

 そして俺の右手につかませたんだ。佐倉の左のおっぱいを。

 俺は最初、えって思ったけど、いつのまにか揉んでいた。


 佐倉おっぱいは、地味にいい。

 やわらかくって、触れているだけで気持ちがいい。

 だからつい揉んでしまったというわけだ。


 スペックはさくらと同じだからな。

 そしてそのあと、佐倉が俺にキスをした。ショートキスだ。

 そして、それが終わった瞬間……。


「坂本くん。どう?」


 どうもこうもない。俺はイッていた。


「きっ、気持ちいいーっす!」


 相変わらず、俺の身体は正直だった。

 佐倉おっぱいだって充分気持ちいいのに、さくらおっぱいは無双過ぎる。


 というよりも、さくらは全身凶器。

 おっぱいに限らず、誰がどこを触っても普通にイク。見ただけでもイク。


「思い出したでしょう、私のおっぱい!」


 さくらどや顔。めっちゃかわいい。これも凶器、しかも飛び道具!

 そして、俺の頭の中で繰り返される、さくらおっぱい発言。

 激レアものの発言だ。少なくともテレビでは言ってくれないだろう。


 それを、俺だけに言っているのだから、何か返さないと!


「はいっ! 幸せです! 一生忘れることはないと心得ます……。」

「よろしいっ! でも、イッちゃったね……。」

「えっ?」


 今まで、佐倉もさくらも俺がイッても理解してくれていた。

 イッたことを責めるような発言は皆無だった。

 男ばかりに囲まれて育ったから、それが当たり前だと思っているようだ。


 けど、このときのさくらイッちゃったねは、とても悲し気だった。

 責められている以上に俺を追い詰めた。

 俺は自分が情けない。佐倉を支えるって決めたばかりなのに何もできない。


 エレベーターが33階に着いた。俺たちは歩きながらもはなしをした。


「もっとすごいことしてもイかなくなること。それがクリア条件になると思うの」


 もっとすごいことって、何だよ。どんなことだよ。

 こうみえて俺って、さくらと舌を絡めたり、おっぱい揉んだりしてるわけじゃん。

 イッちゃったけど。

 でも、それよりももっとすごいことって、俺には1つしか思い浮かばない。


 でも、それでイかないって、本末転倒な感じじゃないか。どういうこと?


「ええーっ!」

「そうでなきゃ、私たち、もう会えなくなるわ……。」


「会えなくなるって?」

「社長が言ったでしょう。諦めろって」


「じゃあ諦めるっていうのは、会えなくなるってこと?」

「いや、そんな生易しいものじゃないと思う。坂本くんにとっては……。」


「そんな……。」


 なんだ? 俺、どうなっちゃうんだ? 何されるんだ? 

 どこか遠くへ飛ばされるんだろうか。不安だし、怖い。


「社長を甘く見ないで。修行は、生きるか死ぬかのデスゲーム!」

「……。」


 デ、デスゲームって……。

 イッただけで、生かされずに、逝かされるとでもいうのだろうか?

 そんなこと……。普通の高校生がすることじゃないよ。


 俺は、心底後悔した。今直ぐにでも取り消したい。


「今ならまだ間に合うわ。社長に修行しないって言えば、命だけは……。」

「ダメだっ! それじゃさくらがライブできないじゃん」


「……そうね。でも、そんなの私の我儘だもの。録画配信でも充分楽しいし」

「いや、違う。俺だって観たい。さくらのライブ!」


「えっ?」


 さくらはいつも以上に瞳を輝かせた。俺の思いが通じたのか! 


「だから、観たいんだ。俺が山吹さくらのライブを!」

「坂本くん……。」


「だって俺、昔、山吹さくらに救われたことがあるんだ!」

「そんなことあったかしら?」


 さくらが怪訝な表情で俺を見つめた。思い当たることがないんだろう。

 それもそのはず。俺が一方的にそう思っているだけなんだから。


「テレビに出ているのを観て、俺が勝手に救われたって思っただけ」

「そ、そうなの……でも、ありがとう。そう言ってもらえると、うれしい!」


「へへっ、どういたしまして! でもそれは、修行を突破してからだろ!」

「そうね、坂本くん!」


 その直後、さくらは佐倉に戻った。そしてまた俺にキスをした。

 俺は果敢にも坂本トングを攻め込ませた。


 そして、あえなくイッた。


「坂本くん。くれぐれも無理しないでねっ!」


 俺を気遣って、さくらが言った。うれしい。けど、眠い。


 俺と佐倉は、仲良く手を繋いで登校した。

 少しでも俺が女子の身体に慣れるようにって、佐倉が言い出したんだ。

 俺は最初は拒んでいた。恥ずかしいから。


 でも佐倉は地味に自信たっぷりに絶対にバレないって言った。

 そのときの佐倉の目は、俺を真っ直ぐに観ていた。

 だから俺も最後には快諾した。眠いけど。


 よく考えたら俺と手を繋いでいるのは、活動時間1日3分限定ながら超絶人気アイドルの山吹さくら。

 そんなことを考えただけでも興奮するよ、眠いけど。

 山吹さくらは世界中にファンクラブの会員がいる。

 その数は昨日1日だけでも2000万人以上増加している。


 それが俺の横にいるんだから。俺はにやけ顔を横に向けた。

 そこにいたのは地味な佐倉だった。


「そういえば、佐倉って友達いるの?」

「友達って呼べるような子は、いないかな……。」


「そうか。じゃあ、俺と一緒に友達作ろうな」

「え? どうして、わざわざ友達なんか作るの?」


「はぁ? 普通に考えて友達が多い方が楽しいじゃん!」

「そうね。でも、私が納得できないのは、わざわざ作るってところ」


「え?」

「友達って、自然にできるものじゃない。(ものじゃない……ものじゃない……。)」


 俺の頭の中で、佐倉の言葉にエコーがかかった。

 佐倉って地味だけど、コミュ力はそこそこあるみたい。

 友達作りには苦労したことがないらしい。


 やっぱり、俺と佐倉では、出発点が違うんだなぁ……。

 なんだかちょっぴり、裏切られた気持ちになってしまった。

 いや、俺だって小学生の頃までは人気者だったんだから……。


 この日、学校では生徒会・委員会・部活動の合同発表会、兼、新入学生歓迎会。

 写真部のないこの学校での、俺の目当ては弓道部と料理部の2つ。

 どっちも腕に自信がある。どちらにしようか本当に悩む。

 この歓迎会で雰囲気の良さそうな方に入ろうって決めていたんだ。


 佐倉はどうするつもりなんだろう。どうせなら一緒がいいな。


「佐倉は何部に入るの?」

「あー。私はそういうのは、ちょっと……。」


「そうだよな。佐倉は忙しいもんな」

「……あっ、でも活動日が少ない部なら、平気かもしれないわ」


「本当! 弓道部はどうかな。週3日だけど、朝練ばっかだって!」

「ごめん。撮影に呼ばれることが多いのよ。朝陽は大事なの」


「じゃあ料理部なんかどう? 週1だし。俺も興味があるんだ」

「料理は事務所にサークルがあるの。セカンドキャリア用に」


「それはそれは。あのおばさん、至れり尽くせりだね」

「そうね。ちょっと怖いとこあるけど、基本尊敬しているわ!」


「ちょっと怖いところ、な……。」


 俺は、社長に啖呵を切ったのを思い出して恐怖した。

 佐倉も地味に苦笑いしていた。

 部活については結局、俺たち2人の希望を満たすものは存在しなかった。


 部活の件は保留ってことになったけど、このまま帰宅部になるんだろうな……。

 そう思いながら、俺はいつもまにか眠っていた。


 午前中を体育館という名の夢の中で過ごしたあとは、教室に戻ってのホームルーム。

 各委員を決めた。

 俺も佐倉も推薦されるはずはなく、立候補もしなかったから、委員会活動もなし。

 俺が思い描いていた高校生生活とは、ちょっと違うのかも。


 でも、活動するにしてもカノジョ作りという不純な動機。

 佐倉が一緒なら、活動する必要さえないのかもしれない。


 なーんて。

 俺、佐倉のカレシ気取りだけど、別に付き合っているわけじゃないんだよな。

 俺は、佐倉にとってはただのビジネスパートナーに過ぎないから。


 ホームルームが終わり下校時刻。

 あとは帰るだけって思ったときに、クラスの男子の1人が大声をあげた。


「男子諸君! 注目したまえーっ!」


 なんだか良からぬことに巻き込まれそうな雰囲気がぷんぷん。

 俺はそーっと忍足で帰ろうとした。佐倉はとっくに部屋を出ていたしね。


 ところが、俺は呼び止められてしまった。


「そこのリア充坂本くん! 君もだよ。君も観ていきたまえ!」


 その男は、俺のことをリア充って言った。

 佐倉と手を繋いでいるところを見られたのかな。

 それに坂本くんって俺の名を呼んだ。

 俺はまだそいつの名前を知らないのに。


 だから俺は、立ち止まらないわけにはいかなかった。

 そして、俺はリア充じゃないって言ったんだけど、他の誰かにかき消された。


「お前、誰だっけ?」


 別のクラスの男子が言った。

 俺が聞きたいことでもあるからいいし、自分で言わずにすんだからいいんだけど。

 俺の主張がかき消されたのは悲しい。

 それを待っていたかのようにはなしはじめたのが、最初に大声を上げた男。


「俺は青木雄大。だが、君たちは俺を別の名で呼ぶことになるだろう!」


「なっ、なんだ……。」

「どういうことだ?」


 クラスの男子みんなが引き込まれていく。

 自分でハードルを上げるなんて、すごい自信だ。

 くだらないことだったら、3年間取り返しのつかないことになる。

 かもしれないというのに。


 半端ない勇気だ。俺にはとてもじゃないけどできないよ。


「まぁ、そう焦らずに。先ずはコレを見たまえ!」


 そう言って青木が俺たちに見せたのは、スマホの画面。

 たったの1枚の画像が映し出されている。


「あーっ!」

「すっ、すげー!」

「ほっ、ホンモノかよっ」


 画像を見て、ホンモノはないだろうと思うが、口には出さなかった。


「これ、どうしたんだ?」

「なんでそんなものを持ってるんだ!」


 クラスの男子どもが騒ぎ出した。

 いや、男子だけではなかった。

 呼ばれてもいない女子たちのうち、気の強そうなのが群がりはじめた。


 気が付けば、青木の周りにはクラスのほとんど、

30人くらいが輪を作っていた。


「すっ、すごいわ!」

「雄大くんって、イケてるぅ!」

「やばーいっ!」


 それもそのはず。

 青木が俺たちに見せびらかしていたのは山吹さくらの画像だった。

 ワンピース姿のありふれた画像ではあったけど、さくらの画像はどれも超高額。

 青木が見せたものも、安く見て数万円。

 ファンクラブの会員しか手に入れることさえできない。


 会員になれるのは16歳以上。

 入学間もない高校1年生の大半は非会員。


 クラスのみんなが盛り上がるのも無理はない。


「どうだい。俺は山吹さくらFC会員様なんだぜ!」


「かっ、会員様……。」

「それって、相当高いんだろう?」

「まぁな。土台だけで週額4000円。年にして20万以上だからな!」

「まさか青木! お前って4月生まれなのか?」


「青木じゃない。会員様と呼びたまえ。俺様は4月2日生まれだぜ!」


 山吹さくらのファンクラブの会員になっただけでこの威張り様。

 青木っていうのは自信過剰なやつなんだな。

 昔の俺って、こんな風に見られてたんだ。


「なるほど。それなら会員になれても不思議じゃないな」

「だが、会員様。よく思い切ったな」

「会費だけでも、年額20万だろっ」

「そんな大金、俺には集められないよ……。」


「いいや。払う価値は大有アリだよ。こんなかわいい画像に毎日会えるんだぜ!」


 青木のその気持ち、分からなくもない。

 俺のスマホにも水着姿のさくらの画像が待機画面に堂々と表示されている。


 クラスのみんなが会員様を受け容れはじめているのがすごい。


「たしかに。俺も会員になっちゃうかも。9月からだけど……。」

「こんな画像、持っているだけでかわいくなれそうだわっ!」

「毎日の生活にハリが出そうだな!」

「会員様。もう1度、見せてくれて!」


「おーっと。これ以上は見せるわけにはいかないんだよ!」


 青木はしたり顔で言い、スマホをポケットにしまった。

 クラスのみんなは焦って手を伸ばした。

 今にも青木からスマホを奪いそうな勢いで。


「いいじゃんか、減るもんじゃなし!」

「そうよそうよ。雄大くんって、イケてないわ!」


「まぁ、焦りなさんな! ここから先は交渉だよ!」


 青木はしたり顔のまま。

 交渉と聞いてか、みんなは落ち着きを取り戻した。

 それを確認してから、青木が続けた。


「君たちにも会員になってほしい。そして、別の画像をゲットしてほしい!」


「別のって? まさかっ!」

「分かったぞ。会員様は、画像をクラスのみんなでフルコンプする気なのか?」


「察しがいいね。その通りさ。ま、レアリティワンだけだろうけど……。」


 山吹さくらの画像は、レアリティがワンからファイブまで設定されている。

 数が大きいほど希少性が高くなり販売枚数が違う。

 ワンは無制限で、ファンクラブの会員であればいつでも誰でも数万円で購入可能。

 その種類は豊富で、400種類以上。

 ワンだけでも1人で全部集めようと思ったら1000万円を超える。


 それをクラスの男子の人数で割れば、土台を含めても1人当たり60万円。

 それでも高額だけど、超絶人気アイドル山吹さくらの公式画像が全部見れるなんて、普通にわくわくする!


「すっ、すげー!」

「俺たち1人では到底無理だけど……。」

「全員の力を集めれば、ひょっとすると……。」

「フルコンプも、夢じゃない!」

「会員様、すごい!」

「本当、イケてるわ!」

「私たちも参加していいでしょう!」


「へっへん! もちろんさっ!」


 青木はどや顔を決めた。これでクラスの大勢は決まった。


 そう思ったとき、佐倉が教室に戻ってきた。

 佐倉の正体を知っている俺としては、非常に気不味かった。


 ======== キ リ ト リ ========


 いつもお読みいただき、ありがとうございます。


 投稿日がキスの日だと知って、ちょっと急いで書きました。


 いつも以上にうまく表現できていないところがあるかもしれません。


 生暖かい目で見守っていただければ、ありがたい限りです。


 さて、次は、番外編を投稿します。


 キスの日に間に合うように作業中ですので、


 是非また、読みにいらしてください。

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