ステージ03 君の名は坂本くん②

 よく考えたら、私ってどうしようもない人間なのかも。


 私のことを雷から守ろうとしてくれた坂本くん。


 私は、飼い人間として利用しようとしていた。


 消そうとしていた。


 そんなことで、この関係は長続きするんだろうか。


 しない。するはずがない。


 いつか愛想を尽かされて、坂本くんはどこかへ行ってしまうだろう。




 山吹る時間が短くなることはイタい。


 それ以上に、もしも坂本を失ったら、佐倉菜花はどんなに悲しむことだろう。


 また、独りぼっちに逆戻りするんだから。


 坂本くんのこと、絶対に手放したくない。


 このままずっと、ベッドの中でも構わない。


 一緒にいたい。

 一緒にご飯食べたい。

 一緒にお風呂に入りたい。

 一緒に寝たい。


 坂本くんじゃなきゃ、いやだ!


 坂本くんがどっかへ行っちゃったら、どうしよう。


 そんなのイヤ。絶対にイヤ。




 でも、どうしよう。


 もしも抱き合ったままキスを辞めたら。


 坂本くんは山吹さくらと抱き合うことになる。


 そんなことしたら、干からびちゃう。

 そんなことしたら、坂本くんが山吹さくらに奪われちゃう。


 それは絶対にイヤ。




 はじめはキスで山吹ることができるのが嬉しかった。


 人生勝ったって思った。


 でも、今は……。


 山吹ることが呪いに思える。


 好きな人に甘えることもできないんだもの。




 キスを終える前に、退かないと。


 私は徐々に坂本くんを避けるような姿勢になった。


 坂本くんの背中にまわしていた手を解いた。


 絡まりそうな脚をベッドからはみ出させた。




 そのうちに、坂本くんも動きはじめた。


 私の背中にまわしていた左腕を離していった。


 1つだった2人の身体は、どんどん距離を広げた。


 私は、とてつもなくさみしい気持ちになった。


 このまま坂本くんがどこかへ消えてしまいそう。


 いなくなってしまいそう。


 キスしているのに、私と坂本くんの心はまだまだ遠い。

 まだまだ近付いていない。


 どうにかして、つなぎとめなきゃいけない。




 このあとの撮影、頑張んないと。


 坂本くんがずっと私のそばにいてくれるように。


 この出会い、大切にしたいから。




 時間。私はキスを辞めた。


 ここからは、坂本くんを手放さないための戦い。


「佐倉、こんなの……。」


 坂本くんが、何かを言おうとした。


 言わせちゃダメ。


 私の勘がそう告げた。




「……誰でもいいわけないでしょう!」

「……。」


「坂本くんだからキスしてるのが、分からないのっ!」

「……。」


 何でそんなことを言ったのか、自分でもよく分からない。


 だけど、言ってよかった。




「さくら、俺、ごめん!」


 坂本くんが何故か謝った。


 それは、誰に謝ったの?


 佐倉菜花に? それとも、山吹さくらに?


 どっちでもいい。


 坂本くんが末永くそばにいてくれるなら、それでいい。




 けど、山吹っているときに本音をぶつけるのはよくないかも。


 坂本くんが従順になり過ぎる。




「坂本くん……いいのよ。私も言い過ぎた。もっと坂本くんのこと真剣に考えるわ」

「あぁ、俺だってそうさ。だからさくら、存分に撮影するんだぞ」


「もちのろん!」


 撮影は順調だった。


 応援のつもりか、坂本くんったらあんなにハッスルしている。


 着替えるときなんか、特にそう。


 坂本くんは、掛け布団の端辺りを両手で持ち、大の字になってそれを広げた。


 大変そう。急いで着替えなきゃ。


 坂本くんの負担を少しでも軽くしなきゃ。




 まだ撮影の途中だけど、どうしても言いたいことがあった。


「坂本くん、ありがとう。良かったらご飯食べてって!」

「もちのろん!」


 2つ返事って、このこと!


「やったーっ!」


 うれしかった。本当に、うれしかった。


 だから、私はムチャなことをした。




 不可抗力で手放されたカメラは、空中で自動撮影をした。


 数枚ではあるが、持っていたのではありえない角度で私を写した。


 両手が自由になっただけで表現できることが数倍に膨れ上がることを知った。


 今までとはまるで違うアングル。


 ありえない角度のカメラと膨れ上がった表現力。


 これは私の可能性を無限に広げた。


 カメラがダメになったとしても、構わなかった。




 この部屋には、腐るほどのカメラがある。


 だから私には何の罪悪感もなかった。


 私にとって重要なのは、写真の方であり、データの方である。


 カメラそのものには価値がない。


 撮影方法は選ばない。




 普通の高校生にとって高級なカメラだってことは知っていた。


 多くのプロと呼ばれる人にとっても羨望の的だなんてことも。


 だって、写りがいいもの。

 それくらい、私にも分かる。


 私にも分かるくらい写りがいい。


 だからこそ、私はどんどん私の最高の姿をみつけ、

それを写すために、カメラを放った。


 怒られるだなんて、これっぽっちも考えていなかった。




「さくら、辞めるんだ! こんなの、間違ってる!」


 坂本くんが急に怒り出した。


 なんで? なんで私が怒られるの?


 坂本くんのために、いい写真をいっぱい撮ったのに。




「えっ、どうしたの急に怒り出したりして?」


 よくないと思いながらも、とっさに笑った。


 男性の怒りを鎮めるのは山吹さくらにとっては簡単なこと。


 山吹っているとき、こうして笑えば、なんでも許される。


 それを私は知ってて、坂本くんに笑顔を見せた。




「分からないのか、カメラをわざと壊してるっ!」


 あれ? 坂本くんの怒りはまるで鎮まらない。

 なんで? どうしてなの? 分からない。


 けど、もう1回笑うしかない。


「大丈夫よ。カメラはまだまだあるもの!」


 さっきよりももう1段上の笑顔。


 愛する人にしか見せない笑顔。


 それを坂本くんに向けた。


 坂本くんの心を動かしたくって。




「そういう問題じゃないだろう!」

「……。」


 坂本くんの心は、全く動かなかった。


 私を許す気はないみたい。


 いやだ。どうしよう……。




「いっぱいあればいいのか?」

「……。」


「そのカメラだって、欲しい人はたくさんいるんだからっ!」

「……。」


「もらったものだか何だか知らないけど、粗末に扱っていいものじゃない!」

「……。」


「不愉快だ。俺、帰るっ!」




 坂本くんが歩き出した。




 どこか遠くへ行ってしまいそう。


 そんなのイヤ。




 坂本くんが部屋の玄関のドアを開けようとしている。




 もう会えないかもしれない。


 いや。絶対にイヤ。




 でも、どうすればいいの?

 止める方法なんてあるのかしら。


 分からない……。

 分からないけど、止めたい。




 私は走り出した。


 引き留めなきゃいけない。絶対に。




 私って、バカ。おバカさん。

 悪いことをいっぱいした。


 高価なカメラを笑いながら壊す私を見て

坂本くんがどう感じるかってことを、

全く考えていなかった。


 自分のことばかりで、

坂本くんのことを

全く考えていなかった。


 それじゃ、愛想を尽かされたって当然。


 でも、これっきりだなんて、絶対にイヤ。




 私は、坂本くんの両肩に両手をかけた。


「ごめん。全部坂本くんの言う通り……。」

「……。」


「……坂本くんの気持ちを引き付けたくって、ついはしゃいじゃって……。」

「……。」


 坂本くんは優しい人。


 こんな私の言うことを、ちゃんと聞いてくれている。


 だったら私、ちゃんと話さないと。



 

「……いっぱいあるからって、調子に乗って……。」

「……。」


「……カメラを欲しい人がいるとか、考えなかった……。」

「……。」


「……坂本くんが不快な思いをしていたなんて、気付かなかった……。」

「……。」


「……ううん。不快がっているから余計、無茶しちゃったの……。」

「……。」




「……キスのときだって、いなくなることばっかり考えてるみたいで……。」

「……。」


 あれ? 私、何を言っているの?


 そんな風に思っていたかしら。


 思ってない。


 でも、確かにそう感じていた。




「……私、坂本くんを喜ばせたくって、坂本くんを傷つけてた……。」

「……。」


「……言い訳だよね。全部私が悪いのに……。」

「……。」


「……でも私、これからは素直に坂本くんの言うことを聞くから……。」

「……。」


「……ダメって言われたら、もうしない! しろって言われたら、何だってする!」

「……。」


「……だからお願い、そばにいて……。」

「……。」


「……私、坂本くんがいないと……。」


 この続きは、言いたくなかった。





「……そういえば、隣の部屋を片付けるって約束だったな」

「……えっ?」


「……まだ散らかってるし、帰るわけにもいかないな……。」

「……坂本くん。それじゃあ……。」




「なぁ、佐倉。急に怒ったりして、ごめん」


 なんで? なんで坂本くんが謝るの?


 悪いのは私なのに。


「ううん。私がいけないのよ」


 そう。全て私が悪い。


 そのことを、自分でも驚くほど素直に言えた。




「いや。俺は写真撮んのが趣味でさ。あのカメラがどんだけ高いものか分かるんだ」

「そうなの? 私、知らなかったわ」


 どうして、もっと早く言ってくれなかったの。


 そんな素敵な趣味があるなんて。


 最初から、坂本くんに撮影してもらっていればよかったのに。




「まぁ、高いからってわけでもないけどさ」

「うん。そうだよね。ものを大事にしないとね!」


 私の願いは叶った。


 少なくとも、直ぐに坂本くんがどこかへ行くことはない。




 でも私、坂本くんに何をしてあげられるんだろう。


 何をしてあげればよろこぶんだろう。


 私、坂本くんのこと、何も知らない。


======== キ リ ト リ ========


いつもお読みいただいてありがとうございます。


佐倉の気持ちに変化があったことを強調するために

ややくどくどと書いてしまったかもしれません。


読者様がどのように感じられたか、

お聞かせいただければありがたいです。




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