ステージ02 私と稲光

 キスからはじまる撮影会。3枠目は30分。


 これだけまとまった時間が使えたら、仕事ははかどるわ。


 絶対に成功させないと。


 もし成功したら、坂本のやつのことも少しは見直してあげよう。


 利用価値が格段に跳ね上がるから。



 けど、その前に確かめておかないといけないことがある。


 坂本のやつ、どれくらい真面目にキスしてるんだか。


「ねぇ、坂本くん」

「何?」


「キスしてるときって、何考えてるの?」

「えっ、キス?」


「さっき、他のこと考えてなかった? その前は私のことだったと思うけど……。」

「実はさっき、部屋の片付けのこと考えてたんだ」


 ちょっとカマかけてみたら、いきなりの衝撃発言。


 キスの間に私のこと以外を考えるなんて、坂本のやつは不埒者!


「部屋? 坂本くんの家のこと?」

「違うよ。隣の部屋のことだよ」


 とっ隣の部屋って、めっちゃ汚い部屋じゃない。


 片付けるってどういうこと? 


 気になる。


 私は急いで隣の部屋へと向かった。


 坂本のやつもついてきた。


 昔のRPGで勇者パーティーがしていたみたいに。


「うわーっ、すごーい!」


 これは本音だ。


 坂本のやつの清掃能力は使えそうだ。


 やはり、坂本は飼い馴らすのがいいのかもしれない。


「1時間くらいあれば、全部きれいにすることができるよ!」

「うん。すごいわ。でも……。」


「でも?」

「キスのときくらい、私のことを考えて欲しいな。山吹っててもいいから……。」


 決まった。


 これで坂本のやつは、おとなしくなるだろう。


 山吹ってなくっても言うことを聞くようになるっていうのは、とても重要。


「そうか、そうだよな。ごめん。俺、ひどいことをした」


 かわいい。坂本のやつったら、猛烈に反省している。


 もっと攻めたい。


 けど、ここは我慢。よくできたら褒めてあげないと。


「そこまでじゃないけど。部屋のことも私の一部だと言えなくはないし……。」

「俺、佐倉菜花のことを考えてキスする!」


「えっ? 山吹ってるときでもいいのに……。」

「それもするかも。でも、基本は佐倉菜花のこと。その代わり……。」


「……うん。抱いて……。」


 あれ。私、今なんて言った……。


 こんなところで、キスをはじめちゃった。




 30分のキスは長い。


 もしこれで山吹っていられるのが10分とかだったら、割りに合わない。


 そのときは……。


 坂本のやつを、消すか。腹いせに。




 雨が降ってきた。結構大粒。


 ビルの窓に当たる音は不気味。


 それに、雨足がだんだんはやくなってきた。


 雨そのものの音はしないけど、窓ガラスに当たる雨粒の音はうっとうしい。


 これ、やばいかも……。私、雷だけはダメなんだよね。




 稲光。次いで雷鳴。やばい。自滅フラグ立ててたみたい。


 こんなに早く回収されるなんて。


 兎に角逃げたい。


 自然に息も荒くなってしまう。


 坂本のやつ、感じているとかって勘違いしないかな。


 それは絶対にイヤ。


 坂本のやつなんかに何かを感じるはずはない。


 せめて稲光だけでも何とかしたい。


 でも、こんな姿勢でどうやって……。




 不意に、私の重心が右脚から左脚へ地味に動いた。


 それこそ不可抗力ってやつ。


 つられて坂本のやつが少し左脚方向に動いた。


 あれ?


 これって使えるんじゃない。


 少しずつでも回っていけば、視界から稲光を消すくらいならできそう。


 坂本のやつを消さなくてよかった。


 私は、少しずつわざと重心を動かした。


 坂本のやつは私を庇うのに必死で、連れて動いていた。




 私はふと、坂本のやつと出会ったときのことを考えた。


 ぶつかったとき「あっ」って言われた。


 そしてそのあとで、私のこのか細い身体を強く引っ張った。


 あのときの坂本のやつの顔、必死だったな。


 グイッと私を引き寄せてくれたのだけ切り取れば坂本のやつは理想の彼氏かもしれない。




 理想の彼氏。私にもそんなものがある。


 それは、か弱き私のピンチのときに、強く引っ張ってくれる人。


 多少強引だとなおよし。


 でも、山吹っている私をそんな風に引っ張ってくれる人はいるんだろうか。


 そもそも山吹さくらはか弱くない。


 ピンチがない。スキがない。1人で何でもできる。


 だから、山吹さくらには彼氏なんか必要ない。


 でも、佐倉には本当は彼氏が必要なのかもしれない。


 恋に臆病で雷に怯える薄幸の美少女、佐倉菜花には。


 15年間、誰ともお付き合いをしたことのない私ではあるけど。




 ちょうど半周。うん。これで稲光はもう見えない。


 この位置で止まるだなんて、坂本のやつ、いいやつなんじゃないの。


 少なくとも、雷避けにはなりそう。




 30分キスをするのが辛いのは、その間に会話ができないこと。


 お喋りできないって、本当につらたん。


 誰でもいい。坂本のやつでもいい。何だったら、バカ兄貴の声でもいい。


 他の人の声が聞きたい。


 それから自分でも喋りたい。


 言われたいし、言いたい。


 キスが終わった直後に坂本のやつは私に何て言ってくれるんだろう。


 おいしかったとかご馳走様とかだったらキモい。


 そのときは、即、消すことにしよう。




 キスを終えた直後、坂本のやつが言った。


「俺たちやったね!」


 えっ? 何、そのくさいセリフ。


 だるい。キモい。ありえない。


 でも、どうして? 


 何故か胸がキュンってした。


 これは一体、なんなのよ。


「そうね。よーし、撮影も頑張るわっ!」


 あの胸の高鳴りのせいなの。私までくさいセリフで返してしまった。


 ラブコメかよっていうくらいに。


 それは、うれしいことだった。


 だから、撮影は順調に進んだ。坂本のやつのおかげってわけじゃない。




 最後の着替えね。用意していたのは、水着チラ見せのワンピース。


 だけど、うれしさあまっての高揚感から、私が選んだのは水着だった。


 ワンピースは撮影もせずに脱ぎ去った。


 なんだか急に、坂本のやつに見せてあげたくなったの。


「さくらすうぃむすぅーつ。(……すぅーつ……すぅーつ……すぅーつ……。)」


 何、そのエコー。うける。


 坂本のやつ、坂本のくせに喜んでいるわ。


 それが、私もうれしかった。


 思えばこの半年の芸能活動、ほとんどが無観客。


 客を入れるとイッてしまうからNGだって、さくらこ社長が言ってたわ。


 坂本のやつも、今にもイキそうだわ。いっそ、イかせあげようかしら。




 魔が差した私は、とっておきのポーズをとった。


 カメラを持つ右手が何も表現できないのは残念。


 でも、最後の1枚にはうってつけだったと思う。


 現像して坂本のやつに見せびらかそう。




 山吹さくらから佐倉菜花に戻った刹那、稲光。




 次いで雷鳴。




 雷のこと、すっかり忘れてたわ。


 それを思い出したのが佐倉に戻ってからだったのがイタイ。


「坂本くん! ふぇえーぇっ!」


 私は声にならない声とともに俺の元へ飛んいった。


 坂本のやつ、ちゃんと受け止めてくれるんだろうか。


 ちょっと心配。ちょっと不安。


 まぁ、身長は私より高いのに、脚は私より短い坂本のやつなら、大丈夫かな。


 安定感がハンパないもの。




 結局、坂本のやつは私をヒッシとキャッチして、しっかり支えてくれた。


「やっぱり雷が怖かったんだな」


 なんだ、そのイケメン台詞。


 バカにさているようなのに、何故か胸がまたもやキュンっとなった。


「うん。でもやっぱりって、分かってたの?」

「キスのとき。稲光を避けてるって感じたんだ」


「坂本くんって、キスしてて私の考えが分かるんだね」

「そっ、そうかな? でも佐倉だってさっきは当たってたじゃん」


 えっ? そうだっけ。あぁそうか。図星をついてしまったんだった。


「そうね。そうだったわね! 私たちって、似たもの同士なんだね」

「うん。だったら、うれしい!」


 最後、私は額で坂本のやつの胸を押した。


======== キ リ ト リ ========


少しずつ変化する、佐倉の気持ち。

表現しているつもりですが、読み取っていただけたでしょうか。

ちょっと不安です。


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いただけると、とてもうれしいです。


お気付きの方もいらっしゃるかと思いますが、

以前よりも改行やスペースを多く入れるようにしました。

読みやすさの追求です。



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