ステージ01 ホテル
「じゃあ、こっちきて」
移動は地下鉄になった。タクシーなんて、もったいない。
佐倉菜花でいれば、山吹さくらだとは絶対にバレないんだから。
私の看板が並ぶ、通称さくらスクエア。
ここを抜けていくのはさすがに恥ずかしい。
私の大好きな私が見つめているのだから。
坂本もガン見していた。私にバレていないとでも思っているのかしら。
かわいいところもあるのね。キス魔のくせに。
「だから言ったの。絶対にバレないって」
私の自信は、決して揺るがない。
駅に入りホームで地下鉄を待った。ここにも私の看板はたくさんある。
意識してみると、改めてその多さに気付かされた。
その全てってわけじゃないけど、大きめの看板は既に制覇している。
小さい看板は、ひじり84の4軍にでも任せておけばいい。
「山吹さくら、いいよな! (おっぱいでかいしっ!)」
「素直にヤりたいと認めるよ。(脚も最高!)」
「激しく同意。学年も俺たちと一緒だろ?」
「俺、もし高校同じだったらどうしようって思って今日来た。(おらんかった!)」
「それなっ!」
「ま、写真だけでもいいおかずだよ。(俺はくびれ派だがな!)」
ったく、いやらしいやつらだ。この、童貞供がっ。
別に、あんたたちのために看板があるわけじゃないんだからねっなんて思ってみると私のツンも板についてきたのかもしれない。
ホテルは、地下道で地下鉄に直結している。
けど、あえて外をまわり、坂本に全景を見せておいた。
それほど大きなホテルじゃない。
中層のビルが多い都心では33階建ては存在感がある。
坂本のやつったら思惑通り、口をあんぐり開けている。恐れ入ったか!
さて、どうしよう。
坂本のやつを部屋に連れ込んだはいいものの、キス以外にやることなんて何もない。
佐倉菜花としては、今まで本当に地味に生きてきたから。
とりあえず、山吹ったあとに何をするかね。
そうだ! 私は適当な理由で、整理しきれていない服を集めた。山吹流の自撮り用に。
「私、自力で山吹さくらでいられるのは、1日3分限定なんです……。」
自撮りするにも、適当な理由がないと。
私は、今までしたくてもできなかったことをするようなフリをした。
その方が坂本のやつも私に感情移入しやすいだろうし。
それだけ、飼い慣らし易くなるもの。
「えっ? どういうこと?」
「そのまんまです。でも、坂本くんとキスしたあとは勝手に山吹っちゃうんです」
「じゃあ、キスのあとで撮影するってこと?」
「そう。撮影したいのがたくさんあって、ここにも持ち込んでるの」
本当は偶然ここにあるだけ。
引越しのときにたまたま倉庫の入り口付近にあったものを持ってきたの。
「すっ、すげー数……。」
「全部、ファンからのいただきものなのよ」
これは、本当のこと。もらったものをどう使うかは、私の自由だけどね。
私が服を集めるというそれなりに楽しいときを過ごしていた。
坂本のやつったら手伝ってくれるって言い出したわ。
佐倉にこんなに親切にするなんて、もう既に飼い慣らしたも同然かもしれない。
「では、隣の部屋の衣装ケースの中のものを、この辺にどさっと置いといて!」
「分かった。衣装ケースの中のものだね」
うん。飼い人間は真面目で一生懸命が1番。
坂本のやつはその点では合格かもしれない。
少しは褒めてつかわそうって思ってたとき、悲鳴が聞こえた。
「ぎゃーっ! おっ、おパンティーだーっ!」
なっ、何言ってるの、坂本のやつ。
私、下着なんか置きっぱなしだったかしら。
勝手に興奮されるのは困りものね。
とりあえず、様子を見よう。
そう思って近付くと、坂本のやつが水着を持っているのが見えた。
水着を下着と間違えるだなんて、どんだけ初心なの。
何だか、かわいいわ。クソ兄貴たちとは大違いね。
「坂本くん、大丈夫だよ」
下着がダメってわけじゃないけど、水着は大丈夫。うける。
「それおパンティーじゃないから。ただの水着だから。坂本くんありがとう……。」
「いえいえ。大丈夫だからっ!」
「そうー。じゃあ、続きも運んでもらっていい?」
「まっかせなさい! 大丈夫だからっ!」
「坂本くん、なんだか面白いっ!」
本当にうけるわ。必死に働いている。
準備は整った。
これからキスをして撮影!
いよいよこれから、山吹る!
激しく華やかに、派手をアピろっと!
楽しみで仕方ないわ。
「じゃあ、するよっ!」
「んんっ!」
5分間、私は無心だった。キスに。
キスの時間は、あんなに辛くて長いのに。
キスのあとの時間は『あ』とも言えない間に過ぎていた。
短か過ぎるわ。でも時計は、ちゃんと5分も経過したことを示していた。
「成功よ。思った通り、5分保ったもの!」
それなりに楽しい時間だったわ。
よく考えたら、3分を超えて山吹っていたのははじめて。
そう考えると、坂本のやつは便利なアイテムなのかもしれないわ。
「う、うん。じゃあ、次も……。」
「うん。では、着替えさせてもらって、いいかな」
私がそう言うと、坂本はよろこんで隣の部屋へ行ってしまったわ。かわいい。
けど、従順過ぎるのって退屈。少しはわがままを言えばいいのにって思うわ。
坂本のやつが着替えるのを見たいって言えば、私は全然断らないつもりなのに。
坂本のやつったら本当に律儀者ね。
さて、脱いだ服をどうしましょう。
どうせ捨てるものだからその辺に放っておいていいかな。
けど、坂本に見られるのはイヤ。
この辺なら目に付かないかしら。
わざわざ置いたって思われるのはイヤだし、ここで脱ぎ捨てたことにしちゃおうっと。
私は、服の捨て場所を決めてから、急いで着替えた。
早く山吹りたいから。
そして、着替えたら直ぐに坂本のやつを呼び出した。
なるべく坂本のやつがよろこびそうなセリフで。
「坂本くん。そろそろキス、しましょう」
「あーっ、はいはい。今行くーっ」
何? 今の生返事! キスだよ。童貞がキスするんだよ。
何よりも優先するべきじゃないの?
折角、私が言葉を選んであげたのに。
もっとガッついてくると思ったのに。
そもそも主人の言うことに迅速に従わないなんて、飼い人間として教育が必要ね。
坂本のやつが友達気取りでいるのが気にくわないわ。
「ごめん。お待たせーっ」
「坂本くん、おこだよ。遅いよぅーっ!」
あまり効いてないみたい。しつけるときは、山吹ってるときの方がいいのかしら。
キスからはじまる撮影会の2周目。今回は10分。
キス後の山吹れる時間に限界がないかどうか段階的に探ろうというストラテジーに則ってのこと。
尊いのは、あくまで山吹っている時間だけ。
キスそのものの時間は黒歴史と化すに決まっている。
そういえば、キスしながら考えていることって相手に伝わるものなのかしら。
よくドラマや漫画なんかでは伝わっていることもあるように描かれていたりする。
そんなはなしを見かけたことはある。
現実にはどうかなんて、まだ人生4回目のキスに過ぎない私には、当然知る由もない。
少なくとも私には、キスで坂本のやつの考えていることなんて分からなかった。
魔が差したのかもしれない。
私は不覚にもキスの間に坂本のやつが何を考えているのかを探っていた。
正しいかどうかは分からない。
坂本のやつは私のことをあーだこーだと、勝手に決めつけようとしている気がした。
何か、むかつく。
キス後の撮影は、予想通り順調に進んだ。
このペースだと10分間ちゃんと山吹れそうね。
まだ4分くらいしか経っていないから、そう思うのは気が早いかもしれない。
けどそこは女の勘。
撮影は絶対にうまくいくとしか思えなかった。
さくらスマイルが冴えまくっているもの。自惚れちゃうわっ!
「よしっ! じゃあ、次いくねっ!」
だから、早く隣の部屋へ行け! そこは察しろよ! いや、待てよ……。
「おっ、おぉっ……。」
何この坂本のやつの反応は。いちいち初心。童貞臭しかしない。キモい。
けど、予測を上回るってことは、ある意味では予測不能な証拠。
だったらどんどん資源を投下して坂本のやつのおバカなところを、どんどん引き出そう。
私は、坂本のやつの目の前で着替えることにした。
さて、どんな反応をするのかしら。予想では、2秒でイク。
「だっ、ダメじゃん。下着姿で撮影とか、アウトじゃん!」
「えっ?」
2秒後、イかない代わりに、何を言い出すかと思ったら、下着ですって?
そんなの着けてないのに。まさか、まだ水着と下着の区別ができないのかしら。
なんて学習能力のなさなのかしら。呆れるわ。
けど、かわいい。かわいいから、むかつくんだけどね。
「ぷっふふふ。これ、下着じゃないよ」
「はぁ?」
何て腑抜けた発言なの? それに、何て姿勢?
それは、女子には見せてはいけない姿勢じゃないの。バカ兄貴にそっくり!
かわいくないわ。あっちに行ってほしい。
「我慢しないで出してきたら!」
坂本のやつ、私の命令を無視して踊り出したわ。
キモいフリまで付けて。小さな声だけど、歌ってさえいる。
ガチ恋口上の変形エロバージョンとでもいうのかしら。
言いたいことがあるんだよ(言いたいことがあるんだよ)
やっぱり、さくら、かわいいよ! (やっぱり、さくら、かわいいよ!)
好き好き大好き! やっぱ好き! (好き好き大好き!やっぱ好き!)
やっと見つけたお抜き様(やっと見つけたお姫様!)
俺が前にかがむ理由(俺が生まれてきた理由)
それは、さくらで果てるため(それは、さくらに出会うため)
俺は独りでトイレで励もう(俺と一緒に人生歩もう!)
さくらで1発出してくる! (世界で一番愛してる!)
ダ・シ・テ・ク・ル! (ア・イ・シ・テ・ル!)
「……イッてきます……。」
どうぞどうぞ、ごゆっくり。
しばらくして、坂本のやつが戻った。
恥ずかしがっているみたい。
少しは慰めてあげないと、ついてきてくれないかもしれない。
「私ね、男の兄弟に囲まれて育ったの」
「えっ!」
「あぁ。マイク、切ってあるから、喋っても平気よ」
「えっ。そんなことしていいの?」
何、ファンサービスの撮影だって、本当に信じてるの? 何て初心なの。ひょっとすると童貞って、最高なの!
「これくれた人ね、ちょっと変わってて。動画を送るのは断られてるのよ」
「どっ、どうして、動画はダメなんだろう……。」
「そんなの分かんない。あまり詮索するのも失礼だし」
「そうか。そうだよな……あー、おしっこして、スッキリしたなぁー!」
「何? その冗談」
こっ、これが童貞クオリティなの。結構なダメージを喰らうわ。
よく言ってくれるわ。
その嘘、突き通してごらんなさい。
「いやっ。だから、俺はトイレでおしっこを……。」
「私、兄弟がいたから、男の子の身体のことは大体は分かるけど」
「えっ?」
「おしっこだったんだ。予想、外れちゃったなぁ……。」
童貞クオリティはだんまりを決め込んだ。
それは反則。イッたと白状させたいんだから。
「……ねぇ、聞いてる? 坂本くん……。」
「えっ。あっ、聞いてなかった。ごめんなさい……。」
「もーっ! おこだよっ。でも、素直でよろしい!」
「で、予想がどうとかだっけ?」
「えっ? ぷっふふふ。違うわ。お兄ちゃんのはなし!」
「お兄さんか。そうでしたか!」
「アイドルになるか悩んでいた頃があってね」
「悩んでた頃な」
「お兄ちゃんに言われたんだ。俺は妹でもヌケるからアイドルになって頑張れって!」
「そうか。ヌケるか。俺も……。」
「……はい。引っかかった!」
これはおもろい。
坂本のやつには、思い知らせないと。
私に嘘は通用しないって。
「じゃあ、次枠もキス、お願いねっ!」
「もちのろん!」
よろしい。やっぱり飼い人間は、素直が1番!
======== キ リ ト リ ========
佐倉には、坂本くんはビジネスパートナー以下、家畜並の感情しか抱かない存在なんです。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
おかげさまでPVも少しずつ増えており自信につながっています。
感想がございましたらそっと教えていただけるとありがたいです。
ステージ回は、佐倉視点で描きます。
スタジオ01とステージ01など、数字が同じものは同じ時間のできごとにしています。
どうぞ、お楽しみください。
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