第41話 救いたい気持ち
筑波山から木の実が降ってきた…。
パラパラパラパラパラパラ……。
何事が起きたのかと亡者も含め、全員が一斉に空を仰ぎ見た。
亡者たちの幾人かは、あんぐりと口を開けたままだった。
「うわー。なんだこれは…。」
「うっぷ…。わしの口に何かが入った…。」
木の実を飲み込んでしまったらしい亡者たちが、それぞれに騒ぎ出していた。
そして…。
何粒かの木の実が口に入ってしまった亡者の姿がみるみるうちに人に変わっていった。
「美味い…美味い…。身体が軽くなってきた…。」
「なんだ…。身体が元に戻ったぞ…。」
「もう、わしは腹が減っていない…。」
人に戻った亡者たちの笑い声がする。
その一方で、泣きながら地面に這いつくばり、木の実を取ろうとして取れずにいる亡者たちの泣き声が響いている。
亡者が自分の手で木の実を取ろうとしても、それは直ぐに腐って消えてしまっていたからだ…。
そう、亡者が掴むものは全て腐ってしまうから…。
「木の実が取れない…。」
「触るだけで腐っていく…。」
「わしらは、元には戻れない…。」
私が天に向けて掲げていた『赤い玉』から、白く輝く光が亡者たちの方向に向かって伸びていく…。
ゆらりと揺れる白い光の人型が私のとなりに姿を現し、あの声が囁いた。
『この光に彼らを導くのだ…』
『少し、私も手伝おう…。
私の身体の破片たちよ。導いておくれ…。
彼らをこの光の元へ…。』
タッタッタッタッタッタタッタッタッタッタッタ
タッタッタッタッタッタタッタッタッタッタッタ
何処からともなく、何千人だろうか、数えられないほどの人たちが走って来る足音がした。
「おとうちゃん…。迎えに来たよ…。」
「あんたぁー。あたしが食べさせてあげるよ…。」
「とうちゃん…。」
「かあちゃん…。」
「さぁ口を開けて…。おじいちゃーん…。」
それぞれの家族だろうか…。亡者たちの周りを取り囲む幾千の人…人…人…。
走ってきた人達は、自分の愛する人に近づいて木の実を口の中に入れてあげていた…。
木の実を食べさせて貰った亡者たちは、人に姿を変え、迎えにきた人と手を繋ぎ、『赤い玉』から伸びる、白く輝いた光に向かって走った。
そして…。
光の道に向かって走り駆け上げると、『赤い玉』の中に吸い込まれていく…。
亡者を救うことが出来るんだ…。
あの人たちだって、元は人だったんだ…。なんで私は忘れてしまっていたんだろう…。
誰だって誰かの大切な人であったはずなのに…。
姿が変わってしまったからと言って軽んじられてよいはずはない…。
この人たちは、好きでこの姿になった訳ではないだろう。
ただ、想いを遂げることができず、ここに残ってしまっただけなのに…。
この人達を救いたい。いや、何としても救うのだ…。
私は大声を張り上げた。
「みなさーん。こちらですよー。
こちらに向かって走って下さーい。」
走って来る人々の顔は、にこやかで喜びに溢れていた。
『赤い玉』は、どんどん重くなっていく…。
優しい想いが集まって来るのが分かる…。
これは、私がこの世界で自分の心で聴いた『人を想う気持ち』だ。
もう、持ちきれないって感じたときに、隣にいた影が実体に近い形に変わっていることに気が付いた。
『私が持とう…。もうかなり重くなってきただろう?』
夢に見たあの人だった。
私の横には龍神様が立っていた。恐らく2mはあるだろうか…。
かなり痩せている…。
首が痛くなるほど見上げないと、顔が見えない。
顔が見えないというよりも顎が見えるだけだ…。
髪は銀色で長く、風にたなびいていた。
私が仰ぎ見ても、目が合わない位に身長が違うからか、龍神様は少し屈んで話しかけてきた。
『葉月は小さいな…。』
瞳孔が白い目でジッと私を見ると薄い唇から鋭く尖った八重歯のような歯を見せて微笑んだ。
片手で『赤い玉』を持ち、天に向けて高く掲げる…。
顔中を笑顔にした人達が、走って光の道に駆けてきている。
亡者だったのは誰なのか、もう分からない…。
◇◇◇
真っ黒な影を持ち、2本の角が生えた腐りかけたような龍のバケモノが、吠えた。
「わしは許さない…。
この恨みは、消えないのだ…。
龍神の力を、わしは手にするのだ…。」
『赤黒い玉』を持つ腕だけは、実体なのに、龍のバケモノの姿はゆらゆらとした影に変わってきている。
顔は幼い少年のまま…。
「兄上…。」
苦しそうな声が聞こえてきた…。
ご領主様は、深い息を吸うと刀を強く握り直し、構えの姿勢を作り、バケモノに向かって声を出した。
「暁!今助けるぞ!」
バズゥという肉が切れる音がした。
『赤黒い玉』を持っていた暁さんの腕を切りおとしたようだった。
ドサッという音と共に、暁さんが横に倒れた。
身体は人に戻っている。
だけど、切り離された腕は、『赤黒い玉』を天に掲げたまま同じ高さを保ち、依然として動かさない。
人の腕から先の姿は、バケモノの形が繋がり、それはゆらゆらとした陽炎のように半分くらい透けて見えていた。
「何をするか…。もう少しであったものを…。邪魔だ!」
『赤黒い玉』から黒い稲妻がご領主様を襲った。
あっと息を呑んだ、その時だった。
腕を切られ倒れていたはずの暁さんがご領主様の前に立ちはだかり、盾となって庇ったのが見えた。
支えていた腕は消え、『赤黒い玉』がポトンと地面に落ちた。
「何故、何故庇ったのだ…。
暁、お前を助けるために腕を切り落したのに…。」
暁さんの亡骸を抱きしめながら、ご領主様は叫んでいた。
ぼんやりとした影が、暁さんの亡骸の近くに立っている…。
「兄上…。私は兄上をお慕い申しておりました…。
兄上のためならば、この身がどうなろうとも構いません…。」
「暁…。逝くな…。私を置いて逝かないでくれ。
私の大切な弟…。お前がいるだけで私はどんなことにも耐えることができるのだ。
このままこの地に留まっておくれ。
そのためならば、私の命をも差し出そう…。」
「兄上…。それでは亡者となってしまいます…。
そんな姿では、兄上をお守りできません。
どうか、亡者とならぬよう、私にも木の実を下さいませ。」
「暁…。亡者となってもいい。私から離れていかないでくれ…。」
「兄上…。私が亡者となっては、また人を傷つけることとなります。
もう、私は人を恨むことに疲れました…。
兄上さえご無事であれば、憂いは御座いません。
兄上の私を想う気持ちがあれば、何もいらないのです。
またいつかお会い致しましょう…。
兄上をお守りできて私は本望です…。」
ご領主様は泣いていたのだろう。自分の袖で目を拭うと、落ちていた木の実を暁さんらしき影の口にそっと入れた。
「今まで伝えることが出来ずに済まなかった…。私はお前のことを…。
大切に大切に想っていたよ。
子どものことは、心配いらない。私の子として育てる…。」
「兄上…。ありがとうございました。」
暁さんのらしき影は、ご領主様に一礼すると白い光に向かって駆けて行った。
『赤黒い玉』はいつの間にか『赤い玉』へと変わり、反対にバケモノは実体化していた。
改めて見ても、気持ち悪い風貌で恐ろしくて、そして吐き気がする。
でも、なんで腐りかけた龍の姿なんだろう…。
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