第39話 守ろうとする力
気持ちのよい秋風が吹いていたはずなのに、何だか嫌な生臭い臭いが私達の周囲を取り囲んでた。
家の庭や玄関先に植えてあった植物が徐々に枯れていく…。
今まで経験したことのない、悪意に包まれ私は息苦しくなってきていた。
そう、身体中をゆっくりと絞られていくような感覚…。
何も考えることが出来ない…。抗えない…。
息が出来ない…。気が遠くなっていく…。
周囲の風景が霞んでいく…。
立っていることさえ出来なくて、私はその場にしゃがみ込んでしまった…。
誰か助けて…。自分の思考回路が途切れる前に、やっとの思いで胸元に手を置いた…。
◇◇◇
もう駄目だと思って目をぎゅっと瞑り、胸元に置いた手にだけ力を込めていた…。
視界が真っ黒になり、意識を保つことが出来なくなりそうだと感じたその時、周囲の風景が少しずつ薄緑色に包まれていくのが分かった。
色が濃くなるにつれて、息が出来るようになっていく…。
私は急いで深呼吸をした。地面に両手をついて、がくがくする手と足に力を込めて何とか立ち上がった…。
視界が元に戻ってきた私の目に、風子ちゃんとさくらさんの前に誰かが両手を広げて背中を向けて壁になるように立っている姿が映った。
あれは…。男の人と小さな女の子…。
「遅れてすまない。さくら、もう大丈夫だよ…。」
「お母様、風子ちゃんを…。私達が守ってる間に助けてあげて…。」
「善一さん、花子…。ありがとう…。
さあ、風子、目を覚まして、しっかりしなさない!
お腹の子のために、生きるのよ!
風子!お前は母になるんだから…」
意識がはっきりしてきた…。
自分と風子ちゃんの周囲に目を向けると、胸元から薄緑色の何かが流れ出し、周囲にドームのような壁を作っているのが分かった。
きっと、翡翠の勾玉が私達を守ってくれているのだろう。
確か善一さんが亡くなる前にお守りとして買ってきたとか話していたっけ…。
…。それよりも、風子ちゃんの正気を取り戻さなくちゃ…。
でも、どうやって…?
「あの人は逝ってしまった…。私を置いて…。
あの人がいないこんな世界なんて…。全てが消えてしまえばいい…。」
風子ちゃんの瞳は虚ろで、譫言のように呪いの言葉を吐いている…。
小さな地震は続いていた…。
『葉月…。楓の話をしてあげなさい…』
私の耳元で静かな優しい囁き声が響いた…。
楓…?そうか…。勇気君と出会えた楓の事を話せばいいんだ…。
「風子ちゃん聞いて?
私の住んでいた世界では、生まれ変わった風子ちゃんは、生まれ変わった圭蔵さんと恋をし幸せになっているよ…。
二人は、出会った時からお互いを必要とする、番のような関係に見えたよ。
私の世界では、二人は本当に仲良しで…。
二人を見ているだけで、私も幸せな気持ちになれたよ…。
でも、今風子ちゃんがこの世界を壊してしまったら、命が紡がれなかったら、二人は出会うことも出来なくなってしまう…。
風子ちゃん、目を覚まして…。圭蔵さんは、風子ちゃんに生きて欲しいと願っていると思うよ?」
「私達はもう一度会えるの?」
「うん、絶対会えるよ!私見たもん!」
「私、もう一度会いたい…。」
薄緑色の壁が揺らいだ…。
もう一つの影が出来ていく…。
「風子…。」
「圭蔵さん!」
「風子、私はこれからお前に何もしてやれない…。
でも、いつまでも見守っているよ…。
そしていつの日か、もう一度生まれ変わったら、その時こそ何があっても一緒にいるよ。ずっとお前を守り抜くよ…。
だから、今は、お腹の子『椛』をお前が守っておくれ…。」
「圭蔵さん、愛しい貴方…。お礼を言わせて下さい。ありがとう、幸せでした。私…貴方に出会えて本当に良かった…。
きっと、きっと会えますよね?生まれ変わっても私を見つけてくださいましね?」
「ああ…。約束するよ。きっと見つけるよ。愛しい風子。
私も幸せだったよ。ありがとう…。」
私の胸元の『赤い玉』が熱くなってきた。
そっと胸元から取り出し、手に取ってみると、真っ赤になって光り始めていた。
眩い光が『赤い玉』を包むと、周囲に軽い旋風が吹き、嫌な生臭い臭いが消えていった。
周囲の風景が元に戻り、私は自分の後ろを振り返って見た。
つばきさんや良二さん、おばあさんや家人たちが集まって来ていた。
さくらさんは風子ちゃんを抱き起し、薄ぼんやりとした影のようになった人達を見つめていた。
「善一さん、花子ありがとう。
もう、風子は大丈夫よ。」
「さくら、お別れだ。」大きな男の人の影が揺らいだ。
小さな影が大きな男の人の影とつないでいた手を離し、動いた。
「風子ちゃん、これ…。」
薄ぼんやりとした小さな影が黄色い花を風子ちゃんに渡した。
「渡すのが遅れちゃってごめんね?
お人形遊び、もう一回したかったけど…、お花だけは受け取ってね?」
「花子お姉さま、ごめん。ごめんなさい…。そして、ありがとう…。」
私は誰に言われるともなく、『赤い玉』を両手で支えて、自分の頭上高く掲げた。
「風子、また会おう…。きっと見つけてあげるから…。待っていて…。」
「圭蔵さん…。きっと椛を大切に育てます…。そして、またお会いできることを信じてお待ち致します。愛しい貴方…。」
薄ぼんやりとした影が三つ、『赤い玉』の中に消えていく…。光とも煙とも言えない何かが吸い込まれていくのが見えた…。
両手で掲げた『赤い玉』が少し重くなった。
私の後ろにいた人達が安堵する様子が分かった。地震はいつの間にか止まっていた。
安堵の息を吐きながら、何かを感じた。
目の端に何かが動く気配がした。
うわぁーーーー。
蛇の顔をした女性が生まれて間もない子を抱いて走り寄って来るのが見えた。
なになになに……?
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