第37話 押し込めていた記憶

花子いや花子のフリをしていた風子は、布団の中で横になってはいたが眠れなかった。

隣の部屋では、瀕死となった愛する圭蔵が死と戦っている。

お腹の子の報告さえもしていないのに…。

どうしてこんなことになってしまったのだろう…。


眠れないと思いながらも、ウトウトしてしまったのだろう…。

風子は夢の中にいた。

まだ幼い頃の夢だった…。


◇◇◇


風子と月子、そして花子は仲良し3人組だった。

一番の遊びは人形遊び…。

それぞれの母親が作ってくれた布の切れ端を縫い合わせた着物を着た人形は、3人三様の出来栄えで、どの人形を見ても可愛いらしかった。

そして、人形を使った遊びは、何度遊んでも飽きない遊びだった。

人形同士の間柄は、姉妹であったり親子だったり…。ままごと遊びでは、料理を作ったり洗濯をしたり…。

一番楽しいのは、可愛いお花をご飯に見立てて、料理を作りながらお喋りすることだった。

「今度は黄色いお花をお料理しよう…。」

誰が言い出したのか覚えていない…。


「黄色いお花ってどこに咲いていたっけ?」

「お父様たちが働いているお山に沢山咲いていたと思うよ?」

「でも、危ないから取りに行っちゃダメなんだって…」

「えー?お父様についてきてもらえばいいじゃないの?」

「そうだよねー?でもいつ取りに行く?もうすぐ夏だから、きっと枯れちゃうよ?」


そんな会話をしていた矢先に、風子が風邪を引き、月子もその風邪を貰ったのか、体調を崩し始めていた。


「早く行かないと、お花が枯れちゃうね?」

「お父様にお願いしてみる。だって二人の調子が悪いんだもの。きっと叶えて下さるわ。」


一番年長だった花子が、父親に強請って仕事がない日に山にお花を取りに行く約束をしたと嬉しそうに報告してくれた…。

そう、布団の中でそれを聞いた風子は月子と手を取り合って喜んだ。

苦手な苦い薬を飲みながら、早く良くなって、またお人形遊びをしようね頑張ろうねと励まし合いもしたのだった。


当日は、夕方から雨が降りそうな天気であったため、急いで身支度した花子とその父を見送ると、風邪がぶり返さないよう二人で同じ布団に潜り込んで花子達親子の帰宅を待つことにした。


花子の意識を風子と月子は追う…。

風子と月子には、親しい者の意識を読むことが出来たからだ。

花子のウキウキした気持ちが心地いい。


目当ての黄色いお花を探して当てた花子は、喜び勇んで帰宅を父にせがんでいた。


しかし…。


善一は、見つけてしまったのだった。

盗石をしている男たちを…。

それは、見たことのない男衆であったが、その中にご領主様の弟君である暁様の姿があった。

見なかったことにしようとその場を離れることにしたが、花子が声を出してしまった。

「お父様、あれはだあれ?」


男衆に見つかった善一は花子を連れて逃げ出した。

善一に抱きかかえられて、花子が潰さないようにと緩く手に持った黄色い花が零れていく…。


「お父様、風子ちゃんと月子ちゃんにあげるお花が…。」


子どもの声は、とてもよく通るのか、男衆らが方向を変えて追って来ていた。


必死に走る父…。

その父にしがみつく花子…。


花子は、怖いながらも父の背中の先に見える男衆らの顔にちらりと視線を向けてしまった。

その時だった。

花子の目には、ただの男衆に映っていた者たちが、風子と月子には『餓鬼』の亡者に映って見えたのだった。

特に中央にいたモノは、誰よりも真っ黒な影を落とした、2本の角を持つ鱗が剥げかけた獣のような、魚のような風体をした生き物に見えた。


花子は風子と月子の視点を通して見えたものが怖くなり、大声を出して叫んでしまった。

「ギャー!」


その声に触発されたかのように、『餓鬼』の姿と化け物の姿をしたモノが、距離を縮めた…。


親子が向かった先は、崖となっていて逃げ場がない…。



風子は家で大切に守っていた『赤い玉』に向かって走った。

二人を助けなくては…。

きっと『赤い玉』が力を貸して下さる…。

何の根拠もなく、そう信じ『赤い玉』に手を伸ばそうとした…。


だが、間に合わなかった。

花子を抱っこした善一は、逃げ場を無くしじりじりと追い詰められ、崖から落ちてしまったのだった。



『赤い玉』に触れるその寸前に、二人が崖から落ちて地面に叩きつけられたことが分かった。

風子は、大声で叫んでいた。『赤い玉』は、風子の叫びに呼応するかのように砕け散ってしまった。


遠くから地響きが近づいてくる…。

地面がぐらぐらと揺れた。

大地震だった。



◇◇◇



風子が目を覚ましたときには、親子は崖下から家に戻って来ていた。

もう動かさない身体となって…。


信じられない…。

私が黄色いお花が欲しいなんて言ったから…。


風子は自分の記憶を封印したのだった。


◇◇◇


圭蔵との婚礼は、流行り病で亡くなったと聞かされていた風子が手にするはずだった幸せだ。

圭蔵と一緒に過ごすことが、幸せであるはずなのに、何故か何度も花子とその父親が追い詰めれ、崖から落ちていく場面を夢に見るようになった。

何度も見ているうちに、これは遠くから見ている視点であることに気付いた。

そうだ、落ちていくのは『花子ちゃん』だ。

そして、追ってくる男衆とご領主様の弟君の顔も、人間の顔として判別できるようになっていた。


夢の内容は、月子にも伝わったらしい。

それが分かったのは、夢に出てくる化け物のことを月子が知っていたからだ。

男衆の中心にいた化け物は、ご領主様の弟君である『暁様』と呼ばれていた男の顔と一致した…と月子から告白されたときは、心から驚いた…。

でも、その話をしたあと、家に窃盗に入られるという事件があってからは月子が喋らなくなった。


違う、声を…、意志を…奪われてしまったのだ…。

あれから、月子とは心の中でさえも話ができていない。

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