第31話 龍神の想い出 8 叫び
もうすぐ『風』と『月』が数えで15歳になる…。二人で初めての舞を披露する時期になっていた。
子らの私への呼びかけは、『ととさま』から『龍神様』に変わり、人と違う私を周りから諭され、納得しているようであった。
子らがせがむ度に、雨を降らせ、日の光を望むままに与えてきたが、それは子らが住む村から離れた別の村にとっては、水害やへ日照りによる草木の枯れに繋がっていることも知っていた。
雨や雲は一定量しかこの世界にはない。一方を優遇すれば、他方では冷遇となる理は理解していたはずだった。
森や草木・動物、虫までも、もう私には微笑まない…。そうだろう…。皆が生きたいと願う世界を歪ませているのだから…。だが、もうどうでもよくなっていた。
自分の子らが幸せならば、誰が不幸になっても良かったのだ…。
身勝手な想いは、災害を受けた村や全ての生き物たちからの反感を買っていた…。
◇◇◇
子らが踊る祭りが近づき、村人たちは落ち着かない様子慌ただしく準備をしていた。
だから、知らない者が紛れていても、気が付かなかったのだ。
異変は直ぐに現れた。
井戸の水を飲んだ村人たちが突然食べたものを吐き出し、腹を押さえながら悶え苦しみ始めたのだ。
村人が皆で飲む井戸に毒が入れられたらしい…と巫女に伝えた屈強の男衆は、それだけ言うと息絶えてしまった。
巫女は、私が禊のために作った泉しか口にしていなかったため、助かったのだった。巫女は村人を助けるために、村に戻った。私の子らを優しい女に預けて…。
巫女やその傍で警護していたまだ元気な男衆らが、子らの住む家から離れると、それを見ていた不審な男は、優しい女をまず鉈で切り殺し、暴れて嫌がる『風』の手足を鉈で切り落とした。
次に、近くで恐ろしさのあまり腰が抜けてしまい、動けなくなっていた『月』の足首を鉈で切り落とすとその場に置き去りにし、『風』の身体を少しずつ鉈で切り刻み、道々に撒いて歩いた。
死ぬギリギリの処で、息も絶え絶えとなっている『風』に向かってニヤリと笑い、こう言い放った。
「お前たちがやってきたことを、やり返しているのさ。
俺の子どもは、竜巻で飛ばされ手足が大木の枝に突き刺さり、息絶えるまで痛みに耐えるしかなかった…。
お前たちの村が何事もなく生活している横で、俺たちの村は水害や突風、日照りやいなごの大群によって土地は荒れ、小さな子どもや年老いた人らは皆死んでしまった。
お前たちが勝手に『赤い玉』に願いをして、お天道様の調子を狂わすからだ…。
俺はこの『赤い玉』を手に入れ、龍神を思うままに従えて、力を手にして俺たちの村を救うのさ…。
もうすぐ俺の新しい子どもが生まれる…。他の子どもは皆死んでしまったが、この子だけは、絶対に元気に育ててやるんだ!俺のこの手で…。」
泣き叫ぶ力もなくなってきた『風』は、心の中で祈った
「龍神様、お父様、助けて下さい…。」
『風』の弱々しい声が微かに聞こえた。
ちょうこが亡くなった村に近づくことさえも出来ずに、離れた村の空高くを物凄い速さで旋回していたときであった。
私が勢い良く飛ぶときは、竜巻が起こることも分かっていたが、この数年は無我夢中で飛び続けていたからか、感覚が麻痺しその影響にさえも注意が向いていなかった…。
本来の私の存在…。そこにあるだけのはず…。決して誰にも影響を与えてはならないはずだったのに…。
『風』の祈りにも似た呼びかけを聞いた直ぐ後に、『月』の叫び声がした。
「お父様、助けて!…」
私は大急ぎでちょうこと暮らしていた村へと飛んだ。
◇◇◇
足首を切られ、動けなくなっていた『月』はそれでも必死に抵抗しようとした。
鉈を持った不審な男は、ニタニタと笑いながら近づいて来る。
まだ小さい少女の身体だったからか、男は片手で『月』の髪を掴むとむんずと引っ張り、神楽の中央まで連れて行った。
「さぁ、叫べ!そして龍神を呼べ!」
男の手には『赤い玉』が握られている。
『月』は泣いて叫ぶしか出来なかった。恐怖と絶望の中できっと助けてくれるだろう龍神様、そう自分の父親に救いを求めた…。
私が神楽の真上まで飛んで戻って来た時、半狂乱になって泣き叫ぶ『月』は髪を掴まれ、手をばたつかせながら逃げようとしていたところだった。よく見ると足先がなくなっており、そのかわりに大量の血が流れ出ていた。
少し離れたところにいるはずの『風』の命の灯は弱く、いまにもこと切れそうになっている。
一体何が起きたのか分からなかった。
「私の子どもを離せ!」
男の頭上から大声で叫んだ。
男はゆっくりと頭をこちらに向けると不遜な笑みを浮かべ言い放った。
「お前が俺に命令できるのか?
離してくださいませじゃぁないのか?
ふん。
辛いか?苦しいか?悲しいか?
これは、お前たちが俺たちにやってきたことだろう?
お前たちばかりいい目をみて、それ以外の者には目もくれなかったじゃないか!
お前が飛びまわるせいで、竜巻が起こり俺の子どもは死んだんだ。
お前たちが勝手にお天道様をいじったせいで、日照りや大水が出て、沢山の人が死んだんだ。
今度はこっちの村に手を貸してもいい頃合いじゃあないのか?
娘の命が惜しければな!」
『月』は自分を捕らえて離さない男の心の中を覗いてしまった。全身の痛みに藻掻きながら尚も生きようとする自分の子どもを助けられない不甲斐なさを責める父親として男、枯れ果てた畑の真ん中で食い扶持を減らすために死んでいった自分の両親を見つけたときのやるせない息子としての男…深い絶望と苦しみなどという言葉以上の地獄のような日々…。
「うわぁー。うわぁー。わぁー。」
言葉に出来ない闇を覗き、『月』は気が狂ってしまった。
遮二無二な動きで身体を動かすと、大声で叫びだし暴れ始めてしまった。
男は面倒くさそうに『月』を見ると、手に持った鉈でバッサリと切って捨てた。
「煩い娘だ!とっとと死ね!」
私は怒りで全身の血がチリチリと湧き立つのが分かった。身体を覆う銀色の鱗が立ち上がっていく。
「ハァーーーー…。」
力を込めて息を吐く…。全ての憎悪を込めて…。
それは一瞬だった。
男はパッと燃え上がると直ぐに真っ黒な灰になり、風に吹かれて消えてしまった。
急いで『月』に近づくと譫言を言っているのが聞こえた。
「お父様、お母さま助けて…。」
命が消えかかっていた『風』も見つけた。
「お父様…。」
二人を抱きしめながら、私は叫んだ。
「誰か…誰か娘を助けてくれ…。」
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