第29話 龍神の想い出 6 出産
ちょうことの間に子どもを作ることを決めたのは、巫女が『人には輪廻転生がある』という言葉を信じたいと思ったからだった。糸を紡ぐように、人は己の定めを命という糸で編み、先に伸ばしていくなら見て見たい…。
ちょうこに子どもを授けるには、時期が必要だった。子どもが生まれる元となるものが無くてはならないからだ。植物の種と同じだな…。
ちょうこの身体の様子を見ながら、そっと息を吐き命の元を送ってやると、間もなくちょうこに変調が起きた。吐き気が出てきたのだ。ダメな匂いが増え、ぐったりとすることが多くなった。
徐々にちょうこの腹は大きくなり、吐き気が収まると今までにない程の勢いで飯を食う様になった。そんなに食べては、身体を悪くするのではないかと、こちらが心配するほどに…。
腹の中には、小さな種だったものが人らしく変わっていく様が見えた。よく見ると二つ入っており、同じ袋の中で時に指遊びやにらめっこしているように見えた。
ちょうこが飯を食うと、腹の中が狭くなるのか二人で足を動かし、なんとか広さを保とうとする…。
「あ!蹴ってる!」
腹の中が見える私には分かることだが、ちょうこは体感していることなのだ。腹の上から子らが蹴る場所を撫でてみる。その感触が楽しいのか、子らはまた強く蹴る…。
「うふふ。くすぐったい…。」
まだ見ぬ子らを腹の上から見つめるちょうこが美しいと思った。
ちょうこは、子らが腹に出来てから、辛い時期もあったが喜びに満ちた顔で、優しく微笑むようになった…。何がそんなに嬉しいのかと問うと、『だって、龍神様との宝が出来たのですもの…。』と頬を赤くして答えた。
自らの身体に命を宿すことが、怖くないのかと問えば、『怖いです…。でもそれ以上に喜びが勝るのです…。』と答えた。
命を作る喜び…。それは私にとってもまた、初なる体験であり、戸惑いでもあった。
ちょうこは、少女であったのに、母親になっていく…。
私だけを見つめていたのに…と思う気持ち。
腹の中にいる子らに嫉妬心を持つなど…。
少しイライラする私の心の中を覗いたかのようにちょうこが言った。
「私は、きっと長生きは出来ないでしょう…。子らの将来も恐らく見ることは叶いません。
でも、一番心配なのは龍神様のことです。御一人になってしまう…。
子らも人の子ですから、命が短いでしょう…。でも、子らの命を紡いだずっと先の世界で…、きっと私は龍神様の元に舞い戻ってくるつもりです。
その元となる命をこのお腹の中で育てているのです。
こんな喜びはございません。」
儚い人という命でありながら、私の行く末を心配するちょうこの気持ちが嬉しかった。ちょうこの強い決意を信じたいと思った…。
◇◇◇
腹がデカくなってきたちょうこは、上を向いて寝ることが出来なくなっていた。
その頃から寝るときには私の方に身体ごと顔を向け、眠りにつくまでの間に話しをする習慣が出来ていた。
子らの名前を考えたり、教えたい舞のことを話したり、食事や畑のこと…。とりとめのない話をしているときに、不意に思い出して私の身体から鱗が取れてちょうこの口の中に入ってしまったことを教えてやった。
「きっと神様が龍神様に引き合わせてくださったんだと思います。」
何気なく話す言葉であったが、私は腑に落ちたように感じた。
この世界に本当に神が居るのならば、ちょうこと引き合わせてくれたことを感謝せねばなるまい。人の心を知らなかった私に、こんな宝物を授けてくれたのだから…。
「私が生まれ変わってきても、すぐには分からないでしょう…?
合図を決めておきましょうか。私は龍神様の元に参りましたら、『ただいま』と申します。龍神様は『お帰り』と言ってくださいましね?」
くすくすと笑いながら話すちょうこの頬に触れながら、頷いてやった。
可愛い可愛いちょうこ…。離したくない…。
◇◇◇
腹がデカくなって、自分の足元さえ見えなくなってきたちょうこは、それでも毎日何かと動き回っていた。
そして、ある日、股から水を流した。『破水』というものだった。
痛がるちょうこを連れて、子らを産むための家に行き、うろうろと外を歩く…。
苦しむちょうこの姿が部屋の外から私にだけは見えていた。
1日がかりでお産に挑むちょうこを見ながら、命を授けるのではなかった…と後悔をした。あんなに苦しむならば、子らなどいらん!と腹も立った…。
しかし、苦しむ途中で見せるちょうこの子らに向けた言葉『あなた達も苦しいのよね?もう少しよ!頑張ろうね。』を聞いたとき、ああ、母親とはかくも強いものなのかと感じた。己よりも生まれてくる子らに心を寄せる、その逞しさに感動を覚えた…。
こうやって女たちは命を紡いでいくのだ。
「おぎゃあ。おぎゃあ。おぎゃあ。おぎゃあ。…」
子らの声が二重になって響いている。
無事に生まれたのだろう…。ちょうこの疲れた様子が見えた。
お産を手伝っていた女に呼ばれて、家の中に入り子ども達と対面した。
赤い肌をした小さな肉塊のような人らしきものが二つ、ちょうこの胸のあたりに置かれている。
ちょうこは、疲れたのかぐったりとしていたが、穏やかに笑みを浮かべていた。
「ありがとう…。」
思わず口に出てしまっていた。命がけで生んでくれたちょうこには感謝しかなかった。
涙を浮かべながらちょうこは笑う。
「私の方こそ、ありがとうございました。こんな可愛い子らを授けて下さり、心から感謝致します…。」
そう言って生まれたばかりの子らの手に触れ、頬をつつく。つつかれた子らは、口を寄せていく…。
「ふふふ。もうお乳が欲しいのでしょうか?私の元に生まれて来てくれたこの子らにもお礼を申し上げませんとね?ありがとう。」
「そうだな…。子らもよく頑張ったのだろう…。ありがとう。」
肉の塊にしか見えていなかった子らが、急に人に見えてきた。この子らは、ちょうこが生んでくれた私の唯一の掛け替えのない宝ものなのだ…。
「龍神様、子らに名前を授けてくださいませ。生まれて初めての龍神様からの贈り物になります。」
私は『風』と『月』と名付けた。この世界で一番美しいものと思っていたものだからだ。
ちょうこは、名前を聞くと微笑んだ。
「龍神様が大好きなものの名前ですね?」
私はきっと照れ笑いを浮かべていただろう…。
私の考えを感じてくれるちょうこが愛しかった…。
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