第26話 龍神の想い出 3 成長 少女編
子どもに赤い玉を渡してからは、その子の状況がよく見えるようになった。
緑が深い森で走り回る姿、川辺で魚を取り喜ぶ笑顔、雨上がりの水溜まりで転んでドロドロになって泣き出してしまった顔…。
赤い玉は私にその子の想い考えることの全てを伝えてくれた。だからこそ、分かったことがある。いじめられている…と。
人間は、私と同じような『意志』を持つが、他の動物のように些末なことで諍いもする。姿かたちが違うことや能力の違いが妬みとなり、異質なものを排除しようとするのだ。
鳥や獣の中であっても、色が違う、歪な形であることから、嫌悪感を呼ぶこととなりいじめ、殺して合うことがある。同じ色・形でないことが、不安や恐怖を呼び起こし、元に戻そうとしてしまうのだろう。
あの子の身体には、たまたま私の落とした鱗が入ってしまっている。そのせいで命が助かったが、姿かたちは他の人間よりも変化してしまっていた。
まず、背の高さが違う。未だ7歳であるのに、すでに50尺(150㎝)程度に育っている。重さは10貫(37㎏)だろうか、痩せぎすな身体だ。
「やーい!お前は鬼子だ!」
「馬鹿みたい大きくなりやがって…。」
突然、痛みが走った。あの子が泣いている。誰かが石をぶつけたのだろうか?額から血がにじんでいる。こんなことなら、助けるのではなかった…。後悔がよぎる…。
「この娘の命を救ってくださった神様に謝りなさい。言葉での卑しめはまだしも、身体への傷は容赦できない。限りある命を粗末にするものは、誰であっても許しがたい…。この娘には神様がついておられる。」
この村の巫女が、その子の傍らに立っていた。
「この娘は、選ばれし者。お前たちがいじめてよい対象ではない!」
ほほう…。あの子にはこんな味方がついたのか。この村の巫女か…。
ひるんで言葉を失っていた悪ガキどもは、巫女の気迫に負けじと勇気を出して啖呵を切った。
「そんなの嘘だ!嘘つき!」
「噓ばっかっり!」
「そんなら、神様をここに連れて来いよ!」
「そうだ、そうだ。見せろよー。」
あの子の心の声が聞こえる。
「ごめんなさい、神様…。おっ母が、一度死にかけた私のことを巫女様にお話してから、巫女様は思い違いをされてしまっておいでで…。私はきっとたまたま背が高くなってしまっただけなのに…。ぜんぶが神様のせいになってしまったようで…。
どこかで、きっと聞いて下さっている神様、どうかお気を悪くされないで下さい。よし坊らのたわごとなんか、忘れてください…。」
この声は、毎晩赤い玉に話しかける、あの子の声だった。
毎日飽きもせず、その日あったことを可愛い声で語りかけ、感謝の言葉で締めくくる…。
「神様なんて、いるわけないさ。」
「誰も見たことないもんなー。」
子どもの戯言など、無視しておけばよかったのだが、何となく驚かせてやろうと思う気持ちもあった。そうだ、長い間退屈であったから…。
私は大きな翼を広げ、子ども達が喧嘩している人間の里まで飛んでいってみた。
まだ、子どもたちは集まっており、中心には白い布を巻き付けた女性が立っていた。恐らく村の巫女であろう…。
「さぁ、早く見せろ!」
怒鳴っていた子どもの頭上近くで大きく羽ばたいてやった。
風に煽られて振り返った悪ガキどもは、私を見ると大きく目を見開き、口をあんぐりとあけ、腰を抜かしたのか、その場に座り込んでしまった。
私はわざと銀色に光る鱗が光り輝くように日の光に向けて身体をくねらせて旋回して見せてやった。
これで満足だろう?この子をいじめるなよって警告するつもりで…。
元の森に戻ってから、まるで人間のように仕返しをしてしまった自分の行動を恥じた。人間に個別に関わってはならない。私は、全てを見ているだけの存在なのだから…。
◇◇◇
この村の巫女は野心があった。もっともっと村を豊かに、人々の生活を楽にしてやりたい。そのためには、どうすればいいのか…。
この村には、面白い経緯を持つ娘がいた。一度息が止まったかと思う様子があったのに命を取り戻し、その後は病気などすることもなく、すくすくと元気に育っている娘…。
この娘は、誰よりも背が高い。華奢な身体であるが、それはしなやかな筋肉がついた小鹿のような様子に見えた。顔も凛とした可愛らしさを持ち、ずんぐりむっくりな姿の両親の血が繋がっているように思えない。
まだ7歳というのに、気品が漂っている。何よりも不思議なのは、動物たちがこの娘の前では膝をついてお辞儀をする点だ。そして娘の家の周囲はいつも花が咲き乱れ、蝶々は番になって娘の周りを飛び交っている。
これは、誰が見ても神に選ばれた娘と思うだろう…。
この娘を巫女にすれば、神をも従わすことが出来るのではないだろうか。
試してみてもよいだろう。
そして、悪ガキどもを焚き付け、神が姿を見せるかどうか賭けたのだった。結果は、巫女の勝ちだった。
「この娘の言うことならば、神も従うだろう」
巫女は村の繁栄を願う舞を踊りながら、胸の内ではほくそえんでいた。
次は、何をさせようか…。
巫女の舞はいつにもまして凄みがあり、人々の感嘆を一身に受けていた。
そう、心の中で妖しく笑うその顔は、誰が見ても優しい穏やかな巫女の顔にしかなかったが…。
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