第23話 温かい鼓動

不意に深呼吸がしたくなって家の外に出てみた。やっと電柱がない景色に違和感がなくなったけど、空が見渡す限り澄み切った青空であるときは、まだ慣れない。工場が垂れ流す悪い空気がなくなり、光化学スモッグとか無くなってきたとか聞いていたけど、やっぱり元の世界の空気は汚れていたのだと実感する。この世界の甘い香りが漂う空気と青空は何にも代えがたい大切な自然だと思う。


おばあさんの話は、衝撃であったけど何となく予感もあった。少しだけ、楓が私にとても近い存在であると何でだか感じることが多かったからだ。

双子だったのかぁーと思うと腑に落ちた気がする。隣に住む叔母さんは、それはそれは楓を大切に育てていた。楓は素直な良い子だったから、怒られることも少なかったけど、それ以上に身体のこととか健康に気を付けていたような感じがする。ま、今思えばってとこだけど。

自分の出自については、少しずつ本当のことが聞けて良かったと思う反面、重いなぁっても思う。だって、生まれるはずのない子ってことは、何かある訳でしょう?

胸元から赤い玉を取り出す。便利っていうのかな?私に手のひらに置くと、ずっしりと重みを感じる。最初はピンポン玉くらいの大きさだったのに、いつの間にかテニスボールくらいまでになっている。

この赤い玉の意味がまだ分からない。ただ、誰かの優しい想いに触れた時、これは大きくなってくるような気がする。

この赤い玉に想いを寄せよう。私がここに居る意味を知ろう。

 

少し笑いが出てきた。小説や漫画だと、こんな場面で急に力がムクムクと湧いてきて、悪い奴をやっつけるっていう展開が待っていそうじゃない?定番の展開って何がそんなに面白いのかと思っていたけど、いざ自分の身に起きると、やるっきゃないとも感じている。変な感じだけど、ストーリーの中の定番ってさ、実はよくあるから定番なんじゃないかって考えたりするのよね。平凡が女の子が異世界に来るってことは、その子にとって逃れられない宿命ってもんがあって、それをクリアしないと元の世界に戻れないっていうのはあると思うのよ。案外、小説を書いている人ってそんな経験をしていたりして…。ただ、私みたいにこんがらがるような人間関係はあんまり無いとも思うけど…。

もし、この世界が私が思うような世界ならば、私が思う様に敵みたいな奴と戦って勝てば、元の世界に戻れるかもしれない…。私は強く願おう。いや、誓おう、絶対勝つ!って

自分の境遇を自分で整理しながら、何となくまた笑えた。当たり前の平凡な世界でさえ、本当は複雑な大人の関係があって、自分の生まれた経緯も複雑で…。私は何でお母さんに違和感を持っていたのかも、何だか分からなくなっていて、それでいて今起きていること全てを納得している。

本当に身体の奥底から力が漲ってくるようだ。私は両手を空に向けて叫んだ。

「生きとし生けるもの、この世界にある全てのものよ、私に元気を分けておくれ!」ドラゴンボールの孫悟空になった気分で赤い玉を天に向けて突き出し、大声を張り上げてみた。筑波山が私の姿を見て、微笑んだような気がした。


◇◇◇


この夜の私の夢は、狭くて暗い世界であったけど、温かい鼓動が響く球体の部屋だった。遠くの方で誰かが話をしている。


「お姉さん、この話はもう決めたことだから、もういいでしょう?」

「でも、このままじゃ、貴方は死んでしまうのよ。子どもを諦めて乳がんの治療をしようよ。また、作ればいいじゃない。私は、貴方の命の方が大切なのよ。」

「お姉さん、この子達はもう命として、私の中に存在しているのよ。この子達を死なすわけにはいかないのよ。私、この子達が、もう愛しくて可愛くて仕方ないのよ。お願い、このまま産ませて…。しいちゃん、お願い!」

「もう、ここぞとばかり『しいちゃん』呼びをするのね。美子には負けたわ。でも、出産が終わったらすぐに治療を開始するのよ。絶対よ!

でも、久しぶりね、『しいちゃん』って呼ぶのわ。」

「ふふ。私が小さい頃良く泣いてしいちゃんを困らせたよね。しいちゃんは、私が大声で泣かないよう、『しぃー。しぃー。』って何度も口に人差し指を立てていたよね。私、その姿が面白くていつの間にか泣き止んでいたっけ。泣きたくなると『しいちゃん、しぃーってやって!』って何度もおねだりして…。結局お姉さんに甘えるときは『しいちゃん』って呼ぶようになって…。

このお腹の中の子ども達も仲良く遊ぶんだろうね。私達みたいに…。」

「もう、双子の女の子って分かっているんだっけ?」

「ううん、まだよ。でも、私夢を見たのよ。双子の女の子だった…。可愛かったよ。でも、でも、私は抱っこ出来なかった。」

「だめよ!弱気になってはだめ!絶対生きて、赤ちゃんを抱っこするのよ。そして、大きくなったら本当のことを話すのよ。お前たちは、二人の母親が居て幸せに生まれてきたんだって…。産むと考えた以上は、絶対生きて!子ども達のために生き抜いて…。ね?お願い、私と約束をして?」


私がいる場所は、狭くて暗いし、まるで水の中にいるようにふわふわしていた。

部屋全体が震える。誰かが泣いている。泣かないで、泣かないで…。急に不安になってきた。

その時だ。もじもじと私の指を握る小さな生き物がいた。あまりにも接近していたから気づかなかったけど、私にぴったりと寄り添うようにいた、その小さな生き物は、心の声で囁いた。

「怖がらないで。いつもそばにいるよ。私が守ってあげるよ…」


小さい生き物が、私を励ましてくれている。私の方が守らないといけないのに…って急に思った。小さい生き物を手を握り返す。

「ありがとう。もう大丈夫よ。」

この小さな生き物と笑い合えたような気がした。


朝目が覚めたとき、私は温かい気持ちが湧いてくるのが分かった。

遠くで筑波山がエールを送っているような気がした。

生まれたことを感謝しなくては…。精一杯生きていかねば…。

力が漲ってきた。いざ!戦うぞー!って誰となのーーー?


ここんとこ大事なのに、何だかまだ訳分かんない。これがゲームなら解説とか読めばいいのに…。こういうときは、天命を待つ?違うなぁ。あれは人事を尽くして天命を待つ…だった。もっと私がしなくちゃいけないことって何だろう…。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る