第22話 おばあさんの告白

おばあさんの顔がダブって見えるまま、その声だけに集中する。低いけど、聞きやすい声だ。最初は少し怖いって思ったけど、今は何となく落ち着く声だと思った。


「お戻り様の母親は、確か多恵とだったかと思うが、間違いないか?」

「はい。」

「多恵には、妹の美子がおっただろう?」

「はい。」

「ならば、わしが知っている姉妹だと思うぞ。ただし、全てを知っているわけではないからな。そのつもりで聞くがいい。

多恵は、生まれた時から子宮に問題を抱えていたようだ。まあ、それが分かったのは思春期が過ぎる頃であったがな。女性としての月のものがいくつになっても来なくてな。病院で検査をしてから、先天的な欠陥があると分かったそうな。

検査をした時には許婚も決まっており、結婚も間近に迫っておった時期じゃった。

お戻り様の父親、一郎さんは婿養子であろう?役所で働いておったようだが、病院関係にコネが効く家柄の出自であったのよ。

その頃は、この家を引き継ぐことのできる女性がおらんようでな、二人は好いた者同士であったが、子どもが望めないってことだけで取りやめになりそうになったのじゃ。

そこで、妹の美子が自分の腹を貸すこととしたのじゃ。

そうじゃ、代理出産じゃ。

当時は、妹の腹を借りての代理出産は、法律としても認められておらんでな。

二人は、二人が結婚する前に一郎と美子が婚姻を結び、出産後に多恵と一郎さんは婚姻したのじゃ。そう、跡継ぎを作った後に二人の関係を戻すという方法を取ったようじゃ。」


「え?でも、美子おばちゃんはもう亡くなっています。あ、いや私が居た時代には、というか私が小さい頃に亡くなっています。たしか、がんだったと…」


「そうじゃ。美子はお戻り様がお腹にいるときに、乳がんであることが分かったんじゃ。乳がんの治療には、ホルモン療法が必要なんじゃが、妊娠中であるから治療が出来なんだ。抗がん剤は、子どもに影響があるから…。特に、双子のうちの一人がとても小さくてな、何か治療をすれば流産する、いやそのまま育つがどうかも怪しいと言われ、何もしなかったようじゃ。

美子が亡くなったのは、一人目を産んだ直後じゃ。恐らく二人目を取り出す前であったはず…。腹に残っていた子については周囲の者は、ほとんど諦めていたようじゃな。二人目は、どうやっても育つ見込みがなくてな。その当時は未発表だった人工子宮を使って育てることとなったようだ。生まれの時期や母親が違うのは、そのせいかもしれん。

確か、楓と言ったと思うが、従妹かなにかにおらぬか?」


急に楓の名前が出てきて、驚いた。

「はい、います。隣に住む従妹です。とっても可愛い女の子です。」


おばあさんは、真剣な顔で話していたのに、ふっと微笑んだ。あ、若い女性の顔とまたダブった。


「お戻り様は面白いことを言う。恐らく同じ顔であろう?二人は一卵性の双子なのだから。

お戻り様、よくお聞きくだされ。お前様は、生まれるはずのない状況で生まれてきたんじゃよ。多恵は、本来子どもをが産める身体じゃなかった。妹の美子も、代理出産の時期がずれていたら、乳がんの治療が始まり妊娠など考えることはなかったんじゃからな。そもそも、乳がんが早くに知れたのも、妊娠したからじゃ。病院が嫌いであったからな。」


おばあさんは、私に持ってきてくれた飴玉を自分の口に入れた。そして、すぐにカリカリと歯で割ってしまった。それを見て、つい笑ってしまった。私と同じだったからだ。見咎められたかと思ったのかもしれない。おばあさんは少し赤い顔になって言い訳を始めた。


「ついな。飴玉を割って食べるくせがあるんじゃ。みっともないことじゃがな…。

そうそう、わしがこの世界に来たばかりの頃、先代がまだ元気であられておってな。わしの元の世界、つまりお前様が居た世界とこの世界が繋がっていると話して下さった。いつか、わしが知っている世界から『お戻り様』が来られると…。だから、お前はこの家を引き継ぎ、それを待て…、とな。長かった。でもいつか必ず会えると信じてここまで来た。

わしは、先代と約束をしたんじゃ。この家の行く先を見届けるとな。

お戻り様は、あの時代に何とか繋いだ確かな大事なお命じゃ。お前様の母も父もその妹も、無事に生まれてくれることだけを願っておったよ。血筋だけが目的のように感じるかもしれんが、妊娠や出産はそんなに簡単なものじゃない。特に妊娠した方はな。つわりに苦しみ、腹で育つ子の胎動に喜びを感じ、きっと幸せであってくれと願う気持ちは、代理出産であっても同じ母親の気持ちであったはずじゃ。

お戻り様、お前様はこの家に無くてはならないお人であるが、それに縛りを感じることなく生きるがよいぞ。」


「あの、月子ちゃんの事も聞きたいのですが…。

どうやって私はこの子の身体に入ったのでしょうか?おばあさんの場合、相手の女の子は瀕死の重傷だったとお聞きしたのですが…。」


「あの日、月子は暴漢に襲われてな。赤い玉のようなものを見せられ、そのまま意識を失ったようじゃ。直ぐに襲った者は逃げてしまい、相手が誰かは分からんままであるがな。そちらを追うよりも、月子の方が心配で様子を見ていたら、お前様が寝言を話されてたんじゃ。『スマホを学校に忘れてきた』とな。わしは、すぐに自分が元いた世界から来た『お戻り様』だと気づき、お前様が寝ていただろう部屋に布団を敷き、目覚めるのを待っておったのじゃ。この世界では、『スマホ』を知る者は、わしだけじゃからな。」


思い出し笑いをするおばあちゃんが、遠い目をして少しだけ息を吐いた。元の世界が懐かしいのかな…戻りたいのかな?


「おばあさんは、元の世界に戻りたいと思わなかったのですか?」


「戻れるものならば、戻りたいと思ったが、わしの場合は無理じゃった。」


これ以上聞けない…。何となく踏み込んではいけない事を聞いてしまったようでばつが悪くなった。

「いろいろとありがとうございました。自分のこの先をよく考えてみます。」

深く頭を下げてからおばあさんの顔を見ると、眩しいものに目を向けるような、笑うような、それでいて泣くような複雑な表情だった。



◇◇◇



「先代は、わしが皆を裏切ると言った。そして、その通りになった。あの時、月子は暁様のかざす赤い玉を見た途端気を失った。しのは、お戻り様が身体に入ったことを確認するためだけにこの家に残った。しのを逃したのも、わし…。あの時、しのの身体に子どもがいることも分かっていた。その子どもを死なすわけにはいかなかったからじゃ。先代は、この事を何度もわしに話した。時期を見誤ることが無いよう、お戻り様が自分の行く道を自分で探せるよう手助けをしなくてはならない…と。何の因果なのだろう。こんなにも待ち望んでいた葉月が目の前に居るのに、名乗ることもできない。手を取り、身体を抱きしめることもできない。つばきやさくらを産み、育ててきて、可愛い孫である風子や月子を大切に想う気持ちもあるのに…。

葉月が可愛くてならない。これが、わしの宿命であるならば、なんと辛いことだろう…」

独り言をそっとつぶやく女性は、肩を震わしながら涙していた。








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