第21話 おばあさんと話す

良二さんやつばきさんの笑う顔が、優しくて心から安心できた自分がいた。この世界に来てから、ずっと気を張っていたのかもしれない。月子ちゃんが話さなくなったきっかけを知ることで、私が見つけなくてはならないものの形が朧気ながら少し見えてきたとも感じた。

どうしても、おばあさんと話をしなくてはならない。月子ちゃんの身に何が起きたのか…。


甘い飴を食べたせいか、少し塩気のあるものが食べたくなった。緊張が解けてお腹がグウっと鳴いたのも、恥ずかしかったけど、腹が減っては戦は出来ませんから…。

つばきさんが、ニコニコと笑いながら「ご飯にしましょう」と誘ってくれた。あれ?私いつの間にか、良二さん、つばきさんと呼んでいる。そうか、私の中では『叔父さん・叔母さん』ではないんだ。まるで、兄や姉を慕うような気持ちが強くなってきている。年齢も自分の母親と同じくらいなのに、心の壁が取り払われるとこんなに違うんだ。すうっと心の奥に二人の強い想いが溶けていくのが分かった。

その時、二人の本当の姿が緑の勾玉を付けていても見ることができた。そう、赤鬼と弥勒菩薩像が顔を見合わせて微笑んでいる。幸福な二人…。お互いを認め合って支えている、その二人の姿が私の胸の奥を温めてくれた。ここに来てよかった。


つばきさんが用意してくれたご飯は、握り飯と卵焼き、漬け物とお味噌汁だった。塩だけで握ったおにぎり…。お米がこんなに美味しいものだったとは、今までの私はどうかしている。それ程に美味しかった。塩加減も握った固さも丁度いいし、漬物も味噌汁も美味しくて…。日本人に生まれきて良かったって思う。


すっかりご馳走になってから、私はまた馬に跨って家路についた。振り返ると筑波山の姿がいつも以上にはっきりと見えた。一つ一つの木々の形がはっきりとしているのは、私が自分の心の目で見ているからだろう。筑波山は私が自分の想いを誰かに打ち明けることが出来たことを喜んでいるようで、笑っているように見えた。そう、笑ってくれているのだ。生まれてきて良かったと私の誕生を喜んでいるかのよう…。

そう感じるのは、私の行く道がはっきりしたせいかもしれない。

「真相を聞かなきゃ…」胸元にある赤い玉に手を添えて、誰にも聞こえないような小さな声で私は呟いた。


◇◇◇


「お戻り様にもう一つの真実を話さなくても良かったのかしら?」

つばきが呟いた。良二はそれに応えるように顔を向けたが、曇った表情で口を閉じていた。

「お戻り様がここに留まるとしたら、月子は亡くなっているってこと…。お戻り様のご本体は無事ではないってこと…。戻る場所が無くなっているかもしれないって分かったら、さぞやお辛い気持ちになるでしょう…。」

つばきはそれだけ呟くと、そっと夫の肩に自分の頭を傾けた。良二は何も言わずにつばきの背中にゆっくりと両腕を回して優しく抱きしめ、愛しそうにつばきの襟元からのぞく首筋にキスをした。


◇◇◇


家に戻ってから、すぐにおばあさんに会いに行った。良二さん夫婦と話したことを報告したかったからだ。

この家の中心に近い広い畳の部屋の奥には、大きな仏壇がある。ご位牌が置かれており、線香の香りがいつも少し残っている。きっと、何度も手を合わせて祈っているのだろう。この家には、守るべき秘密が沢山あるからだ。


おばあさんが、奥の襖を開けて明るい光が差し込む障子の近くに、座布団を用意して手招きをしてくれた。手には、小さな飴玉があった。

「疲れたであろう?一口食べてみるかね?」


いつもよりも声が優しい。

ジッとおばあさんの顔を見ていたら、いつもと違う顔に見えてきた。この顔は…。

「おばあちゃんなの?私のおばあちゃんなの?」

思わず声が出てしまった。それほどまでに、亡くなった祖母の面影に似ていたからだ。いや、違う。正確には亡くなった祖母の若い頃にそっくりに見えたのだ。

今や目の前に居る人は、20代の若い女性になっていた。小さい頃古いアルバムを開いて祖母の若い頃の写真として見たあの顔にそっくりだった。


おばあさんは少し動揺した様子があったが、姿勢を正しくしてから正座して話を始めた。

「恐らく違うと思うぞ。まあ、近しい年代でもあるし、お前様の家族とも血縁関係じゃから、似たような人がいるかもしれないがね。

聞いた通り、わし自身も『お戻り様』ではある。もしかすると、お前様の後の時代かもしれんながな。

龍神様に纏わる話は、いろいろなところで聞くじゃろうが、結局は何が真実であるかは誰にも分からんことじゃ。記録が何もないからな。龍神様が何故人間と暮らしたのか、双子の意味など、謎も多いが求めることはそれではない。

今、お戻り様がしなくてはならないことは何か?じゃと思うぞ。お戻り様が現れる要因は、この村の危機を示していることが多いからじゃ。

この家が守ってきたものが、揺るぎなく次の世代に譲られるよう、もしくはきちんと終わるように『お戻り様』は存在するのじゃからな。

わしが、この世界に来た時は、瀕死の女の子の代わりとして生きるためじゃった。

赤い石を守り、この家を守ることが役目だったと思っておる。

もし、あの時生き残っていたのが、幼い少女であったならば、この家は潰れていたかもしれん。

あの少女が、そのまま亡き者となっておれば、この家は途絶えておったかもしれん。

その時、先を見通す先代がいなかったら、わしはその時に自分の定めを受け入れられなかったかもしれん。

全てがこの家の未来に繋がっていると思ったからこそ生き抜いたのじゃから…。


お戻り様のお顔を見ていると、何かが急に晴れたようじゃ。

迷いはなくなったのかね?わしはお戻り様の少し未来かもしれないし、後の時代から来たのかもしれない。その時代や歴史のことなど話すことはやめておこう。詳しく語れば、もし戻ったときに未来を変える可能性を残すことになるからな、だからいつの時代かは言えん。

じゃが、わしはお前様、お戻り様の出生について少しばかり知識がある。それを聞きたいかね?」


そうだ、私は自分の出生についての真実が知りたい。それだけは、先送りできない問題だから…。私は愛されていたのか、必要とされていたのか…。


「はい、お聞きしたいです。よろしくお願いいたします。」


私は生まれて初めて土下座をした。

これは、今私に出来る精一杯のお願いの姿だ。


「頭をあげなさい。」

おばあさんは、少し寂しそうに笑った。いや違う、若くて綺麗な女性が左頬を少しあげて笑っていた。おばあさんと若い女性の顔がダブって見えた。



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