第20話 良二叔父さんの話 2

良二さんは、ふぅーとため息をついた。遠い目をして和室の柱の傷を見ている。

「風子の背丈を図っていた柱なんですよ。やっと生まれて来てくれた風子が、大事に大事に育ててきた風子が、私達の事を忘れてしまうなんて…。

いや、でも、生きてくれているだけで、有難いと思わなくてはいけないと今は思うようにしています。


善一の事は、いろいろ調べたのです。お戻り様は翡翠の石をお持ちでしょう?これは、私と善一が相談して風子と月子に買い与えた石なのです。力を封じ込める石と謂われています。

そう、二人は双子としてこの世に生を受けました。私達の先祖は龍神様であるという謂れはお聞きになった通りですが、その続きがあるのです。龍神様は、双子であった自分の娘が殺されたあと、その欠片を集め弔いの舞を舞った娘の腹に一つの生命として宿しました。生まれてきた子どもはやはり娘でしたが、不思議な力があったようです。そして、その子どもは一族に守られながら子孫を残した。でも、ここで大切なのは女性にしかその力は受け継がれることはなかったってところです。

それも、当初は生まれきた女性の全てに力が備わっていましたが、徐々に薄れていったようで…。時には力が無い者、あるいは持っていても弱い者しか生まれなくなってしまいました。それでも、赤い石に触れることで力を取り戻すことが出来たのです。

赤い石は、能力を増強させる力を秘めている。私達はそう聞かされていました。もちろん、有事の際にしか使う必要がない石ですから、力を取り戻すと謂われいると聞いても、他人事だったんです。

また、双子の場合には龍神様を復活させることが出来るという謂れも聞いておりましたが、それこそ半信半疑でしかなかったんです。だから、子どもを引き離して生活させることも、姉妹であることを隠すことにも親としての罪悪感しか持っていなかった…。あんなことが起こるまでは…。」


良二さんの目から涙が零れていく。それに光が反射して綺麗な筋を作った。嗚咽して話が途切れていたのに、私は何故か美しい光景を目の当たりにした人が感じるだろう心からの感動を感じていた。良二さんの悲しみは計り知れない…。でも、誰かのことをここまで想いながら涙する人に出会えたことが、とっても嬉しかったのだ。赤鬼に見えたのは、本気で怒っているからだ。そう、確信できた瞬間だった。


「双子の風子と月子は、心で繋がっていたようでした。いや、会話さえも出来ていたかもしれない。教えてはくれませんでしたが…。

そう、もしかすると、花子ちゃんとも会話ができたのかもしれません…。

月子は、人の心が読める子でした。特に心に卑しい気持ちを持っている者に対しては敏感に感じ取ることが出来たようです。嘘や盗みに関しては、小さなことでも気付き、私達に教えてくれていました。反対に風子は物を動かすことが出来ました。大きな箪笥が倒れてきたときに片手で抑えてつばきを救ってくれたことがありましたから…。

そんな二人の力を誰にも知られないよう、翡翠の石を探して身に付けさせたのです。これは、善一と私が相談して決めたことです。

風子と月子は、綺麗な石をいつも持つようにしていました。そう、寝るときだってね。

でも、あの花子ちゃんの事故のときは二人とも外していたのです。

多分、風子に熱があって心配だったのでしょう。月子は、話が出来ない風子の気持ちを聞くために外して、二人だけの会話を楽しんでいたのかもしれません。

花子ちゃんに無理に黄色い花を欲しいと頼んだことも心配だったのかも…。

この花は、採石場の奥の細道の上に咲いている花です。道が入り組んでいて、初めての人には分かりにくい場所でもあります。

道案内でもする気持ちで、風子と月子は花子ちゃんに話しかけていたのだと思います。

そして、そこで誰かに出会ってしまった…いや見つけてしまったのでしょう…。

月子の叫び声を聞いたのは、お母さんだったと聞いています。お戻り様がおばあさんと呼んでいる方ですよ。

他の者は近くに居なかった…。さくらさんは家の近くの畑で野菜を採っていたようですから…。

月子ちゃんは、花子ちゃんの目を通して、バケモノを見てしまったようで泡を吹いて倒れてしまって…。抱き起すと少し意識を取り戻したようですが、譫言のように『危ない、花子ちゃん逃げて、お父様逃げて…』と繰り返すばかりで…。

風子は、祭られていた赤い石の元にふらふらしながら走って行って、その赤い石を小さな身体で抱きかかえると全ての力を掘り絞って何かを放ったようです…。


その時の地響きは、村のみんなも感じたようです。

何があったのかと大騒ぎになりました。でも、恐らくきっとよくある地震が起きたのだと…。何も知らない村人は、そう思ったようでした。


赤い石は粉々に砕け…、放心した様子の風子は一言だけ『間に合わなかった』と言って倒れてしまった。


何が起きたのか、誰にも分からなかったんです。この時は…。

小さな子ども達二人のおかしな行動の意味を知ったのは、その日の夕暮れでした。採石場に行った善一と花子ちゃんの帰りが遅いことを心配したさくらさんが、家の者に頼んで迎えに行かせ、事の次第が判明しました。

二人が折り重なるように崖から落ちて死んでいたのを発見したからです。すぐにも大勢の者が、二人の亡骸を運ぶ手伝いをしてくれました。

村人には、大人が善一であることは分かっても、子どもが誰かは分からなかった。親子が散歩の途中で足を滑らせて崖から落ちてしまったと、そう考えたようです。

ええ、二人の身体には足を踏み外してできた傷以外は見当たらなかったですから…。


でも私は、事故が起きた場所に行きましたが、どうしても腑に落ちなかった。村人が見落とした道…二人が通ったであろう道には、二人以外で、そう多分大人であろう数人が通った足跡が微かに、本当に微かに残っていました。その日の採石場には、誰も居なかったはずなのに、何故か新しく石を取り崩した場所も見つかり、そう、巧妙に取り繕って見えないようにされていた箇所が見つかったからです。

だけども、手掛かりは何も掴めなかった。足跡は、草履だろうと思えたけど、村の男衆は全員草履を履いている。この日の採石場に行った形跡のある者は、少なくとも村の中には居なかった。慎重に調べているつもりでも、誰かを疑っているという評判が立ってしまい、ご領主様からもお叱りを受けました。無闇に村人を疑ってはならないと…。とどのつまりは、行き止まりです。どうしても犯人が分からなかったので、事故として処理するしかなかった。決して事故ではないのに、事を荒げて大ごとにはしたくなったから…。

真相を暴くならば、風子と月子のことも明るみに出すこととなる。双子である二人の力だけは、誰にも秘密にしておく必要があったからです。


二人が目が覚めたとき、子ども達の形相が変わっていることが一目で分かりました。風子はトロンとした目つきで、『花子』と名乗り花子ちゃんがしていた仕草をその通りにして見せましたし、月子はきつく口を噤み一言も声を発することはないという強い視線で私達大人を睨んでいましたから…。


何があったのか、直ぐに聞くことも出来ないまま二人の葬儀を執り行いました。事故で亡くなったこともあり、出来るだけ身内だけで済まし、今後の事を話し合ったんです。


お母さんは、風子を花子ちゃんとして育てようと私達に指示をくださいました…。風子の赤い石をも破壊してしまう程の力を誰にも知れせてはならないから…。

きっと犯人は事故で処理された方が、都合がよいはずだから…と。


私はね、本当に善一や花子ちゃんを死に追いやった奴が憎いんだ。どうしても捕まえたいんだ。風子や月子の心を捻じらせた奴らを許せないんだ。二人が元に戻るためなら、私の命なんで惜しくない。だから、何があっても戦うつもりなんだよ。


不思議なことに、あの事故の後から赤い石の伝説が噂になっている。粉々に砕けた石が何処かで塊になっているのかもしれない。このことが、犯人捜しに結び付くかどうか分からないのですが、採石場の盗難も含めて誰にも知られないようにずっと調べているんですよ。」


少し和らいだ表情で話す良二叔父さんには、強い力が漲っているのが分かった。寄り添うように、傍らで座るつばきさんは凛とした表情でこのご夫婦は心から信頼しきっているのが伝わって来た。


冷えてしまったお茶を啜ってから、残りの飴玉を口に頬張った。昔食べたと思えるような懐かしい甘い味がした。いつもの調子で歯で割って食べる私を見て、二人は顔を見合わせて笑った。


「風子も月子も飴玉を舐めずに、割って食べちゃうんですよ。お戻り様も同じですね。」


二人が笑ってくれたことが、少し嬉しかった。

胸元の赤い玉は重みを増してきている。





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