第19話 良二叔父さんの話

襖をあけて入ってきた良二さんは、手に小さなお盆を持っていた。お茶が入った急須と飴玉のようだった。赤鬼の姿を見た後だったから、思わずくすっと笑ってしまった。


「泣いた烏がもう笑った?」

気安く話しかけて下さったので、ちょっと気持ちが和んだ。この方は、人への気遣いが上手だ。なんで、赤鬼になんて見えるのだろう…。


「ここまでの道中、馬に乗って来れたようですね。龍はいい先生でしょう?教えるのが上手いのですよ、彼は…」

ニコニコしながら、私が泣いた理由も聞かずに何気ない会話を振ってくれた。


「はい、龍君はとても厳しい先生ですが、教え方が上手で…。お蔭で今では馬に乗ることに不安はないです。」


「龍君…ですか。懐かしいですね。確かつばきのお母さんも私を良二君と呼んで下さっていたな。」

「え?良二君…ですか?」

「そう、お母さんもお戻り様ですからね。この事は聞かされていなかったですか?もしかすると内緒だったのかな?まあ、いつかは分かることですがね。

私からの話は、お母さんがお戻り様であったことを話しませんと分かりにくい内容ですから…。」


おばあさんがお戻り様であったことは、初耳だけど必要なのはそこじゃない。本気で聞かなきゃ…。自分でも気づかないうちに両手を強く握りしめてたいのだろう、つばきさんがそっと手を添えてくれた。


「お戻り様、ゆっくり深呼吸をなさいませ。そして、お茶を飲んで甘い飴玉でも口に入れてくださいまし。緊張していては、判断も鈍りますから…」


つばきさんの言う通りにすると、スーッと心が落ち着いてくるのが分かった。

「良二さん、お話を伺わせてください。」

自分でもびっくりするくらいはっきりした物言いができた。


「そうですね。まずは高坂家と中里家についての謂れからでしょうか。本家の宇喜多家は、名前を継承していくことに意味を持っているんです。宇喜多という家の子が生まれるのではなく、分家が資格を得て継いでいくという形を取るようになっているのです。それは、宇喜多家が持つ『赤い石』を守るために、守るだけの力を持つものが宗家となるように決められているからです。

『赤い石』って言われても分からないでしょう?何故なら今は宇喜多家にはないからです。あれは、10年ほど前になるでしょうか。

私の兄の善一がさくらさんの夫であることは、聞かれていますね?私達兄弟とつばき姉妹は仲が良くて、どちらが宇喜多家を継いでもいいくらいの血筋であったのですが、能力としてはつばきもさくらさんも弱かった。

つばきは少しだけ人の心が読める。でも、この能力は何と無くいい人か悪い人かを判断できるだけ。さくらさんは、モノを動かす力がある。でも、大きな岩までは動かせない。でも先代となるつばきたちのお母さんのお母さんは、つまり、私達から見るとおばあ様、風子たちから見るとひいおばあ様となる方は、貴方様のように人の本質を見抜く力がおありで、心が邪悪であるかどうかを瞬時に判断することが出来たようです。そして少し先の未来も覗くこと出来た。

先代は、自分の娘の中にお戻り様が入られることを知っておられたようです。そう、陰湿が事件が起きることも…。」


良二さんは、ゆっくりとお茶を飲むと、私の顔を覗き込んだ。これから話す内容を聞かせることが忍びないと言わんばかりの表情で…。私は力強くこくりと頷いてみせた。


「50年以上前になるでしょうか。つばきのお母さんが幼いころはその『赤い石』は大きな丸い玉の形を成し、しめ縄で守られていたそうです。かなり厳重に守りびとが警戒していたにも関わらず、強盗に夜襲を掛けられました。当主が家を離れていた隙を狙われたようで、当時その場にいて生き残ったのは少女であったお母さんのみ。それも虫の息であったようで、意識が戻られてからは、辻褄の合わない話をされ、先代が『お戻り様』だと判断され、介抱されたとお聞きしています。『赤い石』は割れ、一部は夜盗に持ち出され破片だけが残った。粉々に砕けてしまったのに、不思議なことに破片はいつの間にか少しずつまとまりを見せ、丸い石に形を成そうとするのです。これは、今まで以上にお守りする必要があると本家では判断し、大きな塊は本家が、小さな塊は分家である高坂家と中里家、そして風間家で大切に保管することとなりました。

管理の仕方は、その家の嫁が身に着けること。これが決まりです。ですから、大抵の嫁が帯留めや首飾りとして身に着けることが決められています。」


つばきさんは、良二さんが頷くのを見て胸元から赤い石を取り出して見せてくれた。あれ?そういえば花子さんも圭蔵さんから赤い石の帯留めを貰っていたような気がする。私が花子さんの赤い石のことを話すと、少し表情が曇ったようだった。


「そう、圭蔵はもう渡してしまったのだね。それほどに大事だったのだね。

この赤い石はね、身に着けるとその女性が守られると言われているのです。悪霊や災難など全てからその女性を守ると…。渡した人の想いが強ければ強いほどね。

赤い石はね、男性が持つと願いが叶う石とも勝利を呼ぶ石とも言われているんです。だから、出来るだけ大きな石を手に入れようとする輩が湧いてくる。採石場でも少しずつではあるが赤い石は採れるのです。少しずつ赤い石を集め、近くに寄せると塊となり、よい強い力を持つようになる。

善一は、この石を盗もうとする集団を追跡していた。ご領主様のご命令でね。だから、あんな事故で亡くなるなんでどうしても信じられないんだ。そして、風子も…。」


何だかぞわぞわする。簡単な事故で善一さんが亡くなったのではないと思っていたけど、風子ちゃんも絡んでいるなんて…。


「あの日は、風子は月子ちゃんの家に遊びに行っていて、熱が出てしまったからお泊りをすると伝言があった日なんです。だから、風子が採石場に居るはずはない。事故が起きたのは、一番足場が悪いと言われていた危険な場所だった。善一もそれは勿論承知していたはずだ。それなのに…」


つばきさんが良二さんの腕を両手で抑えた。ふるふると顔を左右に振りながら涙を零している。そんなつばきさんの腕をゆっくりと振りほどき、私の方にきちんと向き直ってから良二さんは口を開いた。


「あの日、採石場に善一が連れて行った子どもは花子ちゃんなんだ。熱を出した風子が採石場に咲いていた黄色い花が欲しいと強請って花子ちゃんが取りに行きたいって駄々をこねて、善一が馬に乗せていったと聞いています。だから、子どもを連れて行った善一が事故となるような無理をしたとは思えないんです。

そして、事故で花子ちゃんが亡くなったことは、直ぐに風子にも伝わった。


風子は…。自分が黄色い花が欲しいと言わなければ、こんなことにはならなかったと思い詰め、自らの記憶を封じ込めたんだ。全ての記憶を花子ちゃんに塗り替えてしまった。自分の親でさえも記憶から締め出し…。

幸いにも子ども達の顔は、良く似ていたし成長期でもあり誰も気づく者はいなかった。でも、私達親の心境は複雑でね。

花子ちゃんを亡くしたさくらさんは、大っぴらに悲しみを出せない。風子が生きている私達は大袈裟に悲しまないといけない…。

つばきが祥月命日に通っているのは、さくらさんの死産で生まれた子と花子ちゃんのためなんだ。誰よりも墓参りをしたいと思っているさくらさんの気持ちを慮っているんだよ。

風間家の圭蔵は元々風子か花子ちゃんの許婚として候補に挙がっていた男でね。私やつばきやさくらさん以外では、彼だけが今生きているのは花子ちゃんでなく風子であることを知っているんだ。その上で嫁に欲しいと言ってくれた。有難いと思っているよ。」


ずーっと引っかかっていた喉の奥の刺が取れたような気がした。楓に似た雰囲気を持っていた花子さんは、やっぱり風子ちゃんだったんだ。月子ちゃんの双子の姉妹だからこそのシンパシーだったと思えば、最初の印象が納得できる。


じゃぁ…そうすると、楓は私の双子の姉妹ってことになるんだろうか?

そして、今自分の胸元にある赤い玉について考える。良二さんが話す赤い石とこの赤い玉ってきっと何か関係があるんじゃないだろうか。

でも、これは誰に聞けばいいんだろう。




 

 

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