第18話 私の本音

「自分の子どもをあげることに不安はなかったのですか?いくら自分の妹であっても、子どもを手放すなんて…。本当に後悔はなかったのですか?」


自分でも口調がきつくなっていると感じている。責め立てている。誰に?何を?

なんで初めて会った人なのに、こんなことまで聞けるのだろう。疑問に感じつつも、自分の子どもを妹とはいえ預けたことが気になって仕方ない。


「御戻り様は、どう答えて欲しいのでしょうか?」


逆に質問をされてしまった。はっとした。私は何を期待していたのだろう。自分の子どもが本当に可愛いから誰にも託したくなかったとか、渡したことにとても後悔しているとか?

私は、この世界に来てまで、自分のエゴを誰かに押し付けたいだけだったのかもしれない。私は子どもをあげたつばきさんの気持ちが聞きたいだけ。そして、子どもを貰ったさくらさんの気持ちが知りたいだけ。そう、心が引き裂かれる思いで子どもをあげたのだと、子どもを心から欲しがっていたから、自分の子どもでなくても愛情を持って育てることができたのだと確信したいのだろう。


思い切って首から提げていた翡翠の勾玉と赤い玉が入った袋を外してつばきさんの顔を凝視してみた。

女性の仏像…そう弥勒菩薩だった。切れ長の目元、ほっそりとした頬、静かに微笑む顔は、社会科の資料集に移っていた弥勒菩薩そのものだった。

そして、袋をもう一度首にかけてから、もう一度拝顔すると相変わらず美しい聖母のような顔のつばきさんが目に移った。いや違う、聖母なのだ。優しい心がそのままお顔になっているんだ…。


落ち着いた和室の畳をじっくりと見てみた。掃除が行き届いているのだろう、表面が艶やかだ。畳の井草の匂いを肺の奥まで沁み込むように深呼吸をしてみた。


つばきさんは不思議そうな表情で私に問う。

「何を言って欲しかったの?」


涙が出てきた。誰にも言わないつもりだったのに…。龍君に少し話をし、心の平静が保てていたと思っていたのに…。箍が外れてしまったように、嗚咽と大粒の流涙が止まらない。

どうしよう…と咄嗟に判断出来なくなった私は、下をむいてしまった。先程、穴が開く位見つめていた畳がぽたぽたと落ちる涙で濡れていく。


どれ位の時間泣いていたのだろう。私はふわりとした甘い匂いがする着物に優しく抱きしめられていることに気が付いた。つばきさんが抱きしめてくれているのだと感じるまで数秒かかった。


「話してみて?」


背中をトントントン…と優しいリズムで軽く叩いていく。


「私の母は私を産んだ母ではありません。別の人が産んだ子どもを母は育てているのです。産んだ人は、私の母の妹です。でも、父親は今の父なんです。母の妹と私の父の間に私は生まれてのです。三人に何があったのか分からないけど、どうして産んでくれた人が育ててくれなかったのか。私は可哀そうな子なのだろうか。」


誰にも言えない思いが止まらない。全身が震えてくるのが分かる。自分の本音が次々に零れてくる。


「母が優しくしてくれるのは自分の子どもじゃないから?どこに出かけても、誰と遊びに行っても咎められないのは、本当は感心がないから?血が繋がっていなかったというだけで、今までの母との想い出に墨をかけられてたようで、気持ちが悪い。

一つ一つの母の行動の裏を考え、疑っている自分が嫌だ。大切な母が私の中で崩れていく。母と楽しく過ごしていたはずなのに、全てを疎ましく思って恥じている私がいる。抱きしめたいのに、離れたくなる。矛盾した気持ちを苛み、自分の気持ちの落としどころがない。どうしたらいいの?


なんで、母は私に本当のことを話してくれないんだろう。そんなに信用ないのかな…。産んでくれた人が他にいたって、私にとっての本当の母は一人なのに。真実を知ってから、夜も上手く眠れない。それなのに、私はこのことを母に聞けない。大好きだから、怖くて聞けない。実はいやいや育てていたなんて言葉を聞きたくない。母の本音なんて聞きたくないけど、やっぱり聞きたい。」


つばきさんは笑いながら背中を撫でてくれた。


「大好きなんですね、お母さまのことが…。それは、形を変えた反抗期なのではないでしょうか?私にもありましたよ、実の母親と同じようにぶつかって…。

女の子は一度は本気で母親とぶつかるものです。血がつながってるかどうかなんて関係ないのですよ。

いっそ、今のお気持ちをお母さまにぶつけてみられてはいかがですか?本当のことなんて、当人にでも聞かなきゃわかりませんもの。当人にだって分からないこともございますしね。

私は自分の子どもをさくらに渡したことを後悔していないかと聞かれれば、後悔したこともあるとしか、言えません。何が正しくて間違いなのかは、後になってからでないと答えが出ませんからね。」


そうだと思った。いつまでもウジウジしている自分が嫌ならば、前に進むしかない。何としても元の世界に戻って、お母さんにこの事を聞かなきゃ…。そのためにも、私がここに来た本当の意味を考えなくてはならない。

思い切って自分の頬をパンっと両手で叩いた。つばきさんがビックリした顔をしたけど、すぐにニコリと笑ってくれた。


「もう、大丈夫です。つばきさん、お戻り様についてのこと、教えてくださいませんか?」


「そうね、主人にも同席をお願いして、いろいろお話した方がよいのかもしれませんね。お戻り様の役目について…」


やっと今の状況を本気で考える場所に戻って来たような気がした。私は何のためにここに居るのか?そもそもお戻り様ってなんなんだろう。

こんなことを考えていたときに、襖が静かに開けられた。そこにいたのは、赤鬼の姿をした良二叔父さんだった。

やばい…。この家に来てから、また重くなってきたからか、無意識に首から外して握りしめていた袋をはっと掴む。そして私は慌てて勾玉と赤い玉の入っている袋を首にかけた。ここで卒倒していたら、話が聞けなくなるじゃん。頑張れ私!心の中で呟いた。



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