第15話 月子ちゃんの許婚の龍君
おばあさんの話を聞いてから、心が落ち着かない日を過ごした。何故、人は人を殺すことが出来るのだろうか…と考えては、出ない結論を探す自分がいた。
私が知っている歴史の中でも、人が人を殺す戦争というものがあって、歴史の教科書を読んだときは「そういうことがあったんだ」って他人事のように感じていた。でも、考えればこの村で起きたことは、歴史の中では何度も繰り返されてきたことでもある。国同士の覇権争いで死んでいくのは、覇権を求めない人達ばかりだ。人の命は地球よりも重いと学校で習ったけど、戦争となればそんな理屈は通らないのも分かっている。
あと一つ心に引っかかっているのは、月子ちゃんと風子ちゃんの双子のことと、私自身の出目のことだ。おばあさんは私を双子だと思い込んでいるけど、そうではないと私は思っている。違うな、私の知らない出生の秘密があるのかもしれないと、ほとんど確信しているのに、真面目に考えようとしない自分がいることが、自分で気にくわないのだ。私は、母の本当の子ではないことは、知っているのに…。
戸籍謄本を見たのは、中学に入る前の準備書類を揃えている時だった。学校に提出する書類は、膨大で(私が思うレベルだけど)、それはその中に紛れていた。両親は出来るだけ目立たないように隠すように挟み込んでいたようだけど、だからこそ見つけてしまったのだ。封筒に入っていたその戸籍謄本を…。
出産した母の名前の欄には、母の妹にあたる美子と記載があり、死亡となっていた。母の妹である叔母さんの話は、あまり家で出たことがない。でも、命日には必ずお墓参りをしていたことは、覚えている。お墓参りをする母が、優しくて頭が良くて、人気者であった妹が誇りであったと話してくれたことを思い出す。
母は、妹の子どもを育てることに、何の躊躇いはなかったのか。そして、父の名前が変わっていないってことは、妹の夫であった人と結婚したということだけど、それで後悔はなかったのだろうか…。
母は、いつだって優しく、時に叱り、どんな時にも私の味方をしてくれた。でも、それは、妹の子どもだったからなのか?
自分の子どもであったら、もっと違う接し方をしていたんじゃないか?
本人が目の前に居なくて良かった。こんなこと、聞けやしないけど、やっぱり聞きたい。私のことを本当に愛してくれていたのかと…。
胸元に仕舞ってある赤い玉を無意識に触っている自分にふと気づく。
何だか精神安定剤みたいになってるなって思う自分を笑う。
出自のことになると勝手にネガティブキャンペーンに入り込んでいる自分に気づいて、溜息が出てしまった。やめよう、想像で母の気持ちを慮るのは…。
それよりも、今日こそは馬の乗り方を伝授してもらわないと…。出掛ける準備を始めよう。通常の着物だと馬に乗るのは難しいため、男性の袴を準備してもらった。知ってた?女性の袴って中は普通の着物を着ているんだよ。だから、いくらかっこよく見えても馬には乗れないんだよね。
本日の先生は、大岩龍君で月子ちゃんの許婚だ。ちょっと見は、まだまだ少年って風だけど、凛々しい眉やきりっとした目元など、将来有望だと感じる男の子だ。この時代の男性群は、力仕事が通常運転だからか、体格は筋肉も程良くついていて、だらだらと太った様子はない。マッチョとは違う、生活感溢れる体形だと思う。龍君と話すのは久しぶりだけど、優しく教えてくれると嬉しいなぁ。
◇◇◇
「はい、まずは馬に慣れるところから…。
優しく頭を撫でて、顎や背中も優しく触れて、自分の匂いを知ってもらうように…。馬は友達じゃないですからね。慣れることは大切ですが、下に見られないよう、堂々と扱ってください。
では、乗りますよ。
背筋は伸ばして、息を馬の動きに合わせて、ゆっくり手綱を引いて…。
あ、足で腹を強く蹴ったらだめ…」
はぁ~。こんなに難しいなんて、厳しすぎるよ龍君、君は…。
少しだけ馬に慣れたけど、動かせるようになるのに半日以上かかってしまった。
途中でお昼休憩をはさんで乗り方のコツも聞いたのに、全然上手くいかない。大汗ばかりかいている気がする。運動神経がないんだわ、きっと。
龍君は、それでも辛抱強く指導してくれていて、私は申し訳ないと思いつつ失敗ばかりして、1日はあっと言う間に過ぎていこうとしていた。
ほんの少しの間だけ、馬を扱えるようになってやっと一区切りって感じで終わる頃、ちょっとだけ龍君と話をした。そう、私の出目で一番悩んでいる部分のことだ。
「生んだ親と育てた親が違うって龍君はどう思う?」
夕暮れが近づいている空を見上げながら、何となくの風を装って私は話しかけてみた。自分の話ではないような顔をして…。空は、ほんのりピンク色の雲が広がっていて、ところどころは紫色で、空は薄い青からグレーに変わりつつある中で、筑波山だけが深緑のどっしりとした姿を見せている。筑波山からは…なんだ、文句あるか?って感じの雰囲気が漂っている。この質問ってだめなの?
「親は親じゃないですか?血が繋がるとか繋がらないとか、関係がありますか?」
どきっとした。単刀直入だね、君は…。
「生みの親も育ての親も、親であることに変わりないし、だいたい人は何かを背負って生きていくもんでしょう?親とか兄弟とかではなく、生まれた以上は何かやらなきゃいけないことがあるんだと、俺は思います。
そういったことを考えないでいる奴もいるけど、考えないでいい奴はそんな生き方しかできない奴だと思うし…。
でも、俺は自分にはやらなきゃいけないことがあるって思うんです。
俺の周りには親がいない友もいるし、子どもを亡くした大人もいます。
金がなくて、子どもを捨ててしまう親もいるし、年取って食わせられないから親を捨てる人もいる。親子の情をとても大切に思う友もいるけど、情だけでは食っていけない。
生活として考えるならば、苦しい家の者にとっては食って生きることが必須だから、生き残ることだけが目的になるんです。強い者だけが生き残る。
でも、それって弱い者を排除していい理由にはならない。強い者は弱い者を助けていく義務がある。だから、家というよりも村全体を考えていく必要があると思うんです。
食えない一家があれば、助けてあげる。畑や田んぼを手伝ったり、子どもを食わせてあげたりして…。そうしているうちに、その家の子どもが世話になった家の子になっても可笑しくはないでしょう?
子どもを育てるには、力がいるんです。俺の親はいつも言いますよ。誰のおかげで飯が食えているのか?と…。木の股から生まれてきたんじゃない。腹を痛めて生んでくれた親と飯を食わせてくれた親、それを支えてくれた村の衆の力がなきゃ、誰も生きて来れなかったはずだと。
だから、感謝をしながら次に繋ぐ仕事をしろ…とよく言われます。本当のところ、親には頭があがりません。産んでくれて、育ててくれて有難いってしか思いませんよ。
何故、お戻り様はそんなこと考えたんですか?」
「いえ、なんとなくです。はい、ありがとうございました。」
きっと変な風に感じただろうと思いながら、お礼の言葉で締めくくってしまった。
何だか、自分の考えが甘いってことを知らしめられた気がした。
私は、きっと平和で幸福な家庭に育ったのだろう。生きるか死ぬかなんていう世界から考えれば、生きていることが幸せだし、食べられることが最優先なのだ。子どもなんて面倒な生き物を育てる余裕なんてないのにも関わらず、食べさせ着物を着せ世話をやく…。どれほどの愛情がなくては出来ないことなんだろうか。今の私には想像がつかない。母に感謝しなくては…。
また、胸元が少しだけ重くなった。いや?今回はいつもよりも重さが増しているようだ。龍君の他人への愛情は、深く考えさせられる言葉で綴られているように感じた。
改めて筑波山に目をやると、にやりと笑って「やっと分かったか」と言われたような気がした。はいはい、理解できましたよ。今はね。でも双子の件は、これからだよ…。
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