第14話 悪夢
暗い洞窟のような場所にいた。
自分でもこれは夢だと思っていることが不思議だった。
何度この夢を見たのだろう…。
見るたびに夢の中の男性の言葉が鮮明になってくる。
「まもなく龍神様の復活の時である。
駒は揃った。最高の駒だ。
宿命を背負った少女は戻り、あとは……を待つだけだ。
早く……の在処を探すのだ。」
「……様、無体なことはご容赦くださいませ……。」
◇◇◇
息苦しさからか、目が覚めてしまった。
自分でも驚くほど寝汗をかいていた。
何の夢だろうか…。
ここに来てから、何度も見ている夢だけど、どんどん鮮明になってきている気がする。いや、もしかするとここに来る前にも見ていたかもしれない…。
朝の日課として、筑波山を眺めるようになっていた私は、いつものようにじっと目を凝らす。
薄い雲を纏う筑波山は、幻想的で雄々しい雰囲気を纏っていた。
まるで、私がついてるから大丈夫だよ…って言ってくれているみたい。
なんだろう…。頼りがいのあるおじいちゃんって感じ?
最近の私は筑波山を擬人化して妄想することが多いなぁ…。
そして、続けて今では日課となっている、胸元の赤い玉を取り出して日に向かってかざす。相変わらず赤い玉は澄んだ光を取り込んでは輝いている。その光は私にいつも安らぎを与えてくれるのだ。
でも、この赤い玉については花子さんにもおばあさんにも内緒…口を噤んでいる。何だか誰にも言わない方がいいようにも思えて…。
◇◇◇
やっぱり、今日こそはおばあさんにこの家の本当の謂れを聞かなきゃね。
数日前から約束していたおばあさんとの面談の時間を気にしつつ、着物を整える。
やっぱ人間慣れだよね…。着付けなんて絶対無理と思っていたけど、今じゃ自分で着物が着れちゃうんだもん。
今日は少し帯を緩め、正座しても苦しくならないよう考えながら着付けを終えた。女中さんから声を掛けられたときは、直でに心の準備も出来ていた。
何だか戦いに行くみたい…。
「この家の謂れか…。
やはり、全てを話す必要があるようじゃな。
この家には、ある謂れがあるんじゃ。
本当のところは、分からんがな、ワシたちは龍の子孫だと言われておる…。
その昔、ずーと昔であるがな、人と龍神様は共存しておったそうじゃ。
そもそも、龍神様がこの世界を作ったとも言われておるがな…。
龍人様は、我ら人が出来る前からこの世界に住み、暮らしておったそうじゃ。
人が生まれてからは、人が上手く生きていけるよう助けて下さり、人は恐れおののきながらも龍を神様として崇め、頼りにしながら生活し、龍神様はそんな我ら人を慈しみ、庇護して下さっておられたそうじゃ。
何故龍神様が人を守っておったのか…。そこはよく分らんがな。その頃の人は、無知でか弱く、心が綺麗な生き物であったらしい。心優しい龍神様は、花や木や風を愛でるように人を大切に大切に見守ってくれておったのかもしれん…。
そして龍神様は、あるとき一人の人の娘に恋をし、二人は結ばれ龍神様の血を引く子が生まれた。龍神様は、殊の外お喜びになり、大層可愛がったようじゃ。
人間と龍神様との間に生まれた子の後々の子孫には、特殊な力が宿っておった。
特殊な力とは、お戻り様のような人間の本性を見抜ける力であったり、岩を動かす力であったり、人の心を惑わす力であったりした…。
龍神様は、その寿命も永く力も絶大であったから、そんな力を持つ人がいても、頼る必要はなかった。寧ろ、力の使い道もあまりなく、ただ力を持つ人がいるというだけのようじゃった。龍神様が子孫を大事に守っていたから、争いもなく飢饉もなく安楽な生活ができていたということらしい…。
しかし、何時の時代も悪に傾く者がいるものじゃ。
人と共存しつつ、自分の子孫の繁栄のためだけに力を使う龍神様を独り占めしたいと思う輩がおったそうじゃ。
そやつは、なんと龍神様の子孫を盾として、言うことを聞かせようとしたらしい。
龍神様の元に集まっていた村人の全てを殺し、一番大事にしていた15歳の双子の娘一人を人質に取り、全ての力を自分のために使えと言い募ったのじゃ。」
ふと言葉を止めたおばあさんは、ひどく疲れた表情で溜息をついた。おばあさんの部屋から見える庭には、黄色い花が咲いている。その周りを番いのモンシロチョウがじゃれつくように飛んで、とても楽しそうだ。今日は、天気が良い…。きっと筑波山も綺麗に見えるだろう…。私は龍神様に恋をした娘とその子ども達を想像した。きっと美しい人達だったのだろう。
おばあさんの話は続いている…。
「その男のやり方は、巧妙であったらしいぞ。
龍神様を崇める者が住む村の全ての井戸に毒を投げ入れ、人がもがき苦しんで息絶えていく様を眺めて楽しんだそうじゃ。
そうしてから、一番可愛がっていた双子の娘の一人をバラバラに斧でを砕いて、引きちぎり、そのちぎった肉の破片を道々にばらまき、龍神様をおびき寄せ、もう一人の最後の生き残りの娘の首に刃物を突き立て言うことを聞かせようとしたそうじゃ。
その娘は人の本性が見える力をもっておったようでな、男の近くにいるだけで怯え狂い、龍神様が助けようとする目の前で、その男に斧で叩き殺されてしまった…。」
急に私の鼻腔が膨らみ始めるのが分かった。息が出来ない。喉の圧迫が迫る…。目の前の光景が白く走馬灯のように薄れていく。
私は急いで赤い玉がある胸元に手を置き、深い深呼吸をした。殺された村人たちの追体験をしてしまっていたらしい。冷や汗が背中や腋の下へ落ちていくのが分かった。そして、目からぽたぽたと雫が零れてくる。
私は、悲しくて涙がとめどもなく落ちてくる自分とそれをどこか冷静に見ている自分がいる気がした。話を聞いているのに、理解が追い付かない。何故そこまで惨いことが出来たのだろう。
この世で一番残虐なのは、人なんだと誰かがつぶやいたような気がした。
「龍神様は、それはそれは激怒され、大きな地震を起こし、土地の全てを焼き払った。そこには何も、そう何も残らなかったそうじゃ。
全て焼き払われた土地に舞い戻り、龍神様の気を静めたのがワシの先祖だそうじゃ。
踊りを舞って、許しを乞うたのじゃ。
同じ人の過ちを心から詫び、龍神様の悲しみを癒す踊りを三日三晩続けたそうじゃ。そして、龍神様は怒りを解き、新たにその娘の中に子を授けた。しかし、子が出来た後は、あの筑波山に籠られてしまった。
残された子孫は、焼けた村をもう一度初めから作り直しをした。土地を掘り起こし、種をまき、家を建てた。その後は血を受けた者にだけ力が授かり、力を持つものだけが当主となり、家を守るようになったのじゃ。
龍神様が住む筑波山は、硬い岩で出来ておる。まるで龍神様を守るかのような硬い硬い岩で、それはそれは美しい岩……。
ワシらが生計に使っておる岩は、そんな岩なんじゃ。
時に出てくる赤い石は、娘の涙とも血であるとも謂われておる。
厚い岩を体中に纏い、山となってしまった龍神様に対して、感謝し時として舞を見せ、必要なときにのみ岩を頂く、それがワシらの生活なんじゃ。
龍神様は、言い残したそうじゃ。
『我を起こしたくば、子孫の中から15歳になる双子の娘を連れて来るがよい。
全ての力は、その者の声に従う…。』
とな。
月子と風子は双子で生まれたが、一人はもうすでに亡くなっておる。
だから、龍神様を起こすことは出来ないはずじゃった。」
何故だか不思議な気がした。
双子を連れてこいと言い残した龍神様の言葉は、今効力を持って私の中で響いている。私は双子ではないのに…。なんでだろう。私は龍神様を起してしまったのだろうか。この赤い玉は…。いやそれよりも…。何故か風子ちゃんは生きているって気がした。
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