第58話
土曜日。
足元が、ふらふらする。
少し、意識が朦朧としている。
だけど、行かなくちゃ。
トオヤからもらったベージュのドレスを綺麗にたたんで袋に入れ、
白猫のシュークリップと、
白猫のイヤリングと、
白猫のネックレスを、忘れずにバッグに入れて。
電車とバスを乗り継いで、指定の場所へと向かう。
頭が痛くなってきた。
悪寒がしていて、体が震える。
指定された場所は、都内だというのに森林に覆われていた。
隠れ家風の白い洋風1軒家のその場所には、
トオヤの会社で以前に案内をしてくれた、倉田さんが待っていてくれた。
「佐伯さん、お久しぶりです。…どうぞ、こちらへ」
倉田さんは、瑠衣を広い控室に案内してくれた。
「こちらで着替えて、開場時間までお待ち下さい。必要なものがあったらお持ちしますね」
倉田さんが部屋から出て行こうとしたので、瑠衣は思わず呼び止めてしまった。
「あの、倉田さん。私、ここに来ても良かったんでしょうか…何だかとても場違いな気がして…」
倉田さんは首を横に振って笑った。
「透矢さんの強い希望で、瑠衣さんに来ていただいたんですよ。今日は、彼のお披露目なんです」
ドレスに着替えて、アクセサリーを完璧に身に着ける。
カードを提示し、受付を終えて中に入る。
吹き抜けになっている広々としたフロアには、たくさんの料理と飲み物が並んでいた。
会場には、美しい色とりどりの『アフローミア』のドレスを身に着けた女性達や、世界各国から集まったと思われる、洗練された服装の大人たちで溢れ返っていた。
こちらを見て、感嘆の声が上がる。
誰もが、瑠衣のドレス姿に注目しているような気がする。
瑠衣は頭の中が急激に、ふらふらしてくるのを感じた。
そのおかげか、場違いで居心地が悪くなりそうな気持ちにさえ、集中できなくなっていた。
13時。
会場の中より少しだけ高い位置にあるステージの上に、ある男性が姿を現した。
よく見ると、その男性は少年の様である。
さらさらした栗色の少しだけ長い髪と、滑らかな透き通るような肌。
少し薄茶色がかった美しい瞳を持つ、現実離れした、超絶美形。
彼は軽くマイクの前で会釈をし、話し出した。
「小さな頃から、何かを作ることが好きでした」
彼は、会場全体を見回し、すぐに瑠衣を見つけ出した。
「作りたいものは、いつも変わらなかった」
彼は、瑠衣だけに優しく微笑みかけた。
「だけどある人に出会って、もっと新しい何かをたくさん、作りたくなりました」
彼しか持たない、射る様な瞳。
「その人は、俺にたくさんの出会いをくれて」
彼は、ステージを降りて、
「色々な気持ちを、教えてくれました」
心配そうに、足早にこちらへと近づいてくる。
「その人に身に着けてもらいたくて作った新作が『RUI』」
瑠衣の意識が、ふと、消えた。
その瞬間
誰かが、体ごと抱き留めてくれた気がした。
目を開ける。
こちらを見つめる、優しい瞳。
瑠衣が良く知る、たった一人。
トオヤが、瑠衣をじっと、心配そうに見つめている。
瑠衣が眠るベッドの横に、座りながら。
「私、どうしたの…?」
瑠衣が聞くと、トオヤが静かな声で答えた。
「熱を出して、倒れたんだ」
トオヤは、瑠衣のおでこにそっと手を当てた。
「まだ少し、熱がある。瑠衣、気分は?」
「平気。…ごめんね、トオヤ。せっかくのパーティーだったのに…」
瑠衣が申し訳無さそうに言うと、
トオヤは首を横に振って、微笑んだ。
「挨拶は終わったから、もう大丈夫」
彼は瑠衣の頬に、右手で触れた。
「体調が悪かったのに、来てくれたの?…無理させて、ごめん」
「ううん」
瑠衣は、情けなさそうに笑った。
「トオヤに会いたかったから。早く」
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