第57話

 体中にまるで力が入らない、月曜日。


 寂しさのあまり顔色が悪くなり、先生に重い病気かと心配され、無理矢理保健室へ連れて行かれてみたり。



 誰かに何かを話しかけられても、気の抜けた返事しか出来ず、友達全員から心配されてみたり。



 放課後に1人で植物園へ行ってはみたが、薔薇の花が咲く温室の中トオヤを思い出してしまい、急に涙が出そうになってしまったり。






 どうしちゃったんだろう、私。





 トオヤに会いたい、

 ただそれだけなのに。







 こんな風になってしまうものなの…?。











 瑠衣は、途方に暮れた。








 …情けない。











 火曜日の放課後、手芸部の部室にて。


 瑠衣は静かな顔つきで無言のまま、荒々しい手つきで黙々と、雑な手つきでグサグサと、新しいぬいぐるみ製作を始め出した。


 薄茶色の髪を持つ、可愛らしいアラブの王子様風ぬいぐるみ。頭に付いている宝石つきのターバンがトレードマークだ。


「お!いいね、それ。王子様のぬいぐるみ?」


 葵が聞くと、瑠衣は消え入りそうな声でこう答えた。




「トオヤ」





「は?…コレ、久世君?」






 瑠衣は、こくこくと頷いた。



 …ヤバい、目が座ってる。





「…重症!!」



 楓は瑠衣を窓際から眺めて、腕を組んだ。



「瑠衣がこんな風におかしくなるの、初めて見た」



 桃花はほんわかと、


「恋の力って、すごいんだね〜〜」


 と言って、持っていた型紙をのほほんと広げ始めた。






 水曜日。


 自分のノートを広げると、一面に彼の名前が書いてあった。



 トオヤトオヤトオヤトオヤトオヤトオヤトオヤトオヤトオヤトオヤトオヤトオヤトオヤトオヤトオヤトオヤトオヤトオヤトオヤトオヤトオヤトオヤトオヤトオヤトオヤトオヤトオヤトオヤトオヤトオヤトオヤ…




 ギャー!!!



 ナニコレ!!!








 自分が、怖い!!!













 瑠衣は、自分で自分が信じられなくなった。









 今までは当たり前の様に、自分の心理状態をコントロール出来ていたはずなのに。



 それは自分にとっての、自信にも繋がっていたのに。







 トオヤに会えないというだけで、

 こんなにも、自分がおかしくなってしまうなんて。







「禁断症状、ですね。まさしく」


 木曜日の昼休み、女子だけでランチをしていた際、雅が分析の結果を述べた。



「瑠衣がねえ。…面白いね」




「全然、面白くないのよ…」



 泉美は楽しそうに、瑠衣のほっぺたをつついた。



「久世君、週末には帰って来るんでしょう?あと少しの辛抱よ」



「メールとか電話はしてないのですか?」



 晴れて戌井君と付き合う事になった雅は、少し心配そうに聞いてきた。


「毎日、してるんだけどね…。返事もちゃんとすぐ来るんだけどね。…いつも1行だけなの」





『元気』




 とか、




『食べてる』




 とか。





 『シルリイ』で何度呼んでも、

 あの後は一度も来てくれなかった。



「…久世君らしいわね」



 泉美は話を聞いて、苦笑いをした。







 瑠衣のお弁当は、ほとんど手付かずのまま。





『寂しい、っていう気持ち、初めて知った』





 それは、自分の気持ち、そのものかも。





『それまで知らなかった気持ちを、瑠衣がたくさん、教えてくれた』






 同じ気持ちだよ、トオヤ。











 あなたに出会って初めて、こんな気持ちを知った。











 寂しい、って、本当はこういう気持ちだったんだ。















 何もかも、ゼロになってしまった様な。































 金曜日。





 学校から帰ると、理衣が声をかけてきた。



「お姉に、封筒が届いてる」



 瑠衣は、首を傾げた。



「封筒?」




 リビングに入ると理衣は、手に持っていた白い封筒を瑠衣に手渡した。




「封筒に差出人は書いてない。…開けてみる?」




 瑠衣はソファーに座りながら頷き、ハサミを取り出して封を開けた。





『新作・《RUI》のご案内』




 それは、あるガーデンパーティーへの招待状。





『佐伯瑠衣様』







 日時は、明日の13時。




 カードの一番下に、トオヤの文字で


『あのベージュのドレスを持って来て。待ってる』


 と、書かれていた。




 こんな場所に、自分が行ってもいいのだろうか。




 カードを持つ指先から、じんわりと血が通ってくる心地がした。






「パーティー、行くの?」








 理衣がカードを横から覗き込む。









「うん。早く会いたいし」





 瑠衣が、か細い声で答えると、

 理衣は笑った。






「それでこそ、勇者」




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