第56話

 トオヤはちょっと息を飲み、瑠衣の頬に指で触れてから、

 ゆっくりと瑠衣の唇に、自分の唇を重ねた。













 彼は、そのまま動かない。














 瑠衣も目を閉じたまま、動くのをやめた。
























 離れたくない。





















 このままの状態が、何分続いたのかわからない。










































 そっと目を開けると、彼の美しい瞼、睫毛。

 薄茶色の瞳が、こちらを見つめている。



















 そのままもう一度目を閉じて、

 再び目を開けてみると、そこは、瑠衣のベッドの中では無かった。



















 そこは、空の上だった。















 白い、フワフワ、モフモフとした柔らかい何かの上に、トオヤと二人で乗っている。
















 よく見ると、フワフワの正体は、大きな白猫のぬいぐるみだった。











「『シルク』?」











 『シルク』によく似たフワフワは、どこかの国の上空を、かなりのスピードを出して、飛んでいる。















 一緒に白猫に乗っているトオヤを見つめると、彼は、アラビアの王子様のような金糸で優美な刺繍を施した紫色のラシャの服を着て、色とりどりの宝石が輝くターバンを頭に巻いていた。













「トオヤ、似合うね、その恰好!」




















 瑠衣は可笑しくなって、声をあげて笑ってしまった。


 爽やかな風が自分の頬を、ひんやりと撫でる。


 ターバンから覗く彼の髪が、柔らかく風になびく。














「瑠衣も似合うよ」














 トオヤは、瑠衣に向かって微笑んだ。


















 彼の微笑みを見るのは久しぶりだったから、

 それだけで胸がいっぱいになってしまう。













 瑠衣は自分の姿を見た。


 胸元にドレープを効かせた、古風なシルクシャンタンドレスを着ていた。



 トオヤに作ってもらった、映画に出てくるお姫様の様な、ロマンティックなベージュのドレス。



 また可笑しくなって、思わず声を上げて笑ってしまった。



















 ここは、夢の中なんだ。


 トオヤは、ちゃんと夢に出てきてくれたんだ。



















 瑠衣は信じられないくらいに嬉しくなり、思わず彼の首に腕を回した。


















「ありがとう、トオヤ!」

















 彼は息を飲み、




「どうして…?」




 と聞いてきた。













「夢に出てきてくれて、嬉しい」



















 彼は瑠衣の背中に、ゆっくりと自分の腕を回した。














「うん」












 しばらく二人で上空から美しい街並みを眺めながら、空のドライブを楽しんだ。





「どこに行ってみたい?」






 彼に聞かれると、瑠衣はちょっと考えてから、











「トオヤと一緒なら、どこでもいい」











 と返事をした。













「もう、一緒にいないと、それだけで寂しすぎて、泣きそうだから」


















 瑠衣はもう、一瞬でも彼と離れたく無いと思ってしまった。


















 彼は、潤んだ瞳で瑠衣を見つめた。



















「瑠衣、もう一度、言って」


















「…?」

















 彼は瑠衣の耳元で、そっと囁いた。

















「キスして、って、言って」
















 瑠衣はまた顔が赤くなり、恥ずかしさで一杯になりながら、トオヤの目を見て、素直に言った。

















「キスして、トオヤ」





















 彼は、ゆっくりと瑠衣に近づいて来た。













 瑠衣の髪を優しく何度も撫で、














 頬から耳にそっと指を這わせ、















 唇と唇が触れそうになった、



 その瞬間。































 瑠衣は自分の部屋のベッドから、

 思いっきり、飛び起きた。






















 今の、夢?!!!!!





















 だった。



















 ひ、











 ひどい。



















 ………。




















 あとちょっとだったのに!!!!!



























 瑠衣は恥ずかしさと悲しさのあまり、

 自分のお姫様風ベッドの白いパイプ部分に、




















 ガン!



 ガン!



 ガン!














 と、頭を何度もぶつけ続けた。








 すると、バタン!と、部屋のドアが開き、




「ウルサイ!!!お姉!!!」




 と、理衣が部屋に怒鳴り込んできた。









「………どうしたの」




 理衣はあきれた様子で、尋ねてきた。























「あと、ちょっとだったのに……」





「何が?!」






















「…なんでもない」























 理衣は、大きく溜息をついた。
















「いつもの、変態の、変態による、変態のための夢?」


















「変態で何が悪い」
































 うわ、開き直った!!







 と、言いながら自室に戻っていく妹の後姿を見つめ、瑠衣はため息をついてしまった。




















 これから一週間、会えないなんて。



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