第55話
トオヤが手芸部の部室や、北海道の合宿中に作っていたドレスとは、違う。
胸元にドレープを効かせた、古風なシルクシャンタンドレスが、2着。
スカートにはフリルが段々状に重ねられており、映画に出てくるお姫様の様に、ロマンティックな華やかさに仕上がっている。所々、見たことの無いデザインが施されており、さすがにプロの作品である。
『婚約者は、ベージュ』
『未来の妹は、ブルー』
添えられたグリーンのカードには、そう書かれている。
理衣は面白がって、ベージュのドレスを指差し、冗談を言った。
「こっちを私が着たら面白いね?」
瑠衣は、慌てて首を横に振った。
「こっちは絶対駄目!私が着る。…着替えよ!」
これ以上トオヤを怒らせたら、本当に愛想を尽かされるかも知れない。
試着室でドレスに着替え、アクセサリーを選んで外に出た。
桃花と葵が、出てきた2人を見て、目をまるくした。
「凄く、似合うねえ…!」
「さすが、2人揃うと、圧巻だね~…!」
写真館に戻ってきた楓が、感嘆の声をあげて瑠衣と理衣を見た。
「久世君に合宿中、お願いされたのよね。この2着は瑠衣と妹さんのだから、瑠衣には秘密に保管しておいてくれって」
そこに、もう一つの撮影スペースにて写真を撮り終えた雅と泉美がこちらにやって来た。
二人は、瑠衣が作ったドレスを着ていた。
雅が着ているドレスは、アニメの『ティアラ』ちゃんの衣装の様なグリーン地で、ピンクの薔薇を両肩にあしらった、妖精風ドレス。改良に改良を重ね、彼女に似合うように瑠衣はデザインを最初から練り直し、どうにか納得のいくドレスを完成させた。
泉美に着てもらいたくて考えた、ハイビスカスをイメージした赤いオフショルダードレスは、思った以上に彼女に似合っていた。レースを使用するのをやめ、ゴールドのビジューをアクセントに、当初の予定より大人っぽく仕上がっており、彼女の華やかさを引き立てていた。
「2人とも、すごく似合ってるね!」
泉美は得意げに頭を上げた。
「瑠衣が作ってくれたドレスだからね」
雅は、顔を赤らめた。
「本当に似合いますか?何だか少し恥ずかしいですが…」
「似合い過ぎる!」
作ってよかった!!
瑠衣は、最高の気分になった。
自分が作ったドレスを、2人が着てくれたことにも、嬉しさがこみ上げる。
桃花が、ドレスを着ている瑠衣達に声をかけた。
「ほら、写真撮るよ!」
まず瑠衣と理衣の2人を背景の前に立たせて写真を撮り、その後で瑠衣、雅、泉美の3人を立たせて、何枚か桃花は写真を撮ってくれた。
「せっかくだから、全員で撮りましょうよ」
泉美が提案してくれて、最後は全員集まって、記念の写真を撮ってもらった。
夜の9時。
自室のベッドの中で、自分の携帯電話に装着した白い携帯ケース『シルリイ』を見つめながら、瑠衣はため息をついた。
楽しかった文化祭は、あっという間に終わってしまった。
クラスでのお化け屋敷や、手芸部での写真館の活動は達成感があったが、トオヤにほとんど会えなかった寂しさは大きかった。
『瑠衣から言わないと』
『キスして、って』
……。
『シルリイ』で今トオヤを呼んだら、一体どうなっちゃうの?
本物は、イタリアに向かう飛行機の中にいるのかも知れないし。
部屋の中のぬいぐるみのどれかに入って現れるの?トオヤ。
キスして、って、勇気を出して言ったとして、いつしてもらえるの?
寂しすぎる。
瑠衣は涙が零れそうになりながら、『シルリイ』に触れた。
『ハジメマシテ〜〜!!・ワタシハ・シルリイ13〜〜!!』
妙に、テンションの高い声が聞こえてきた。
そして、
スマホの画面には、奇妙なダンスをしながら喋る白猫の絵が、登場した。
『シルリイ13』は、歌う様に話し出した。
『ア〜〜ナタハ・ダ〜レデスカ〜〜?』
「…瑠衣」
瑠衣は、悲しくなりながら返事をした。
『ショキトウロクノタメ〜〜・イクツカ・シツモン・シテイイデスカ〜〜?』
「…うん」
『ルイハ・トオヤ・ノ・トモダチデスカ〜〜?』
「違う」
『ルイハ・トオヤ・ノ・コイビトデスカ〜〜?』
「そう」
『デハ・シルリイハ・ルイノトモダチ〜〜!!!』
「…うん?」
『トオヤ・ヨビマスカ〜〜?!!』
「…うん。お願い、シルリイ。トオヤを呼んで」
『ハイ〜〜!!ワカリマシタ~~~!!!』
『シルリイ13』は、おかしな呪文のような言葉を唱えだした。
「…」
『…』
「…」
『…キマセンネ』
「…シルリイ~~…」
瑠衣は、ポロポロと涙が零れてきた。
『ルイ、ダイジョウブ?』
「…駄目…。トオヤがいないと、…全然駄目…」
瑠衣は、声をあげて泣き出した。
「寂しい、トオヤ…、会いたいよ…」
ドレスも、プレゼントも、いつもすごく嬉しかったけど。
ただ、
あなたに会いたい。
「やっぱり、泣き虫」
瑠衣は、その声が聞こえた瞬間、驚いて目を見開いた。
瑠衣のベッドの中に、トオヤが横になっていた。
「…トオヤ!!!!」
瑠衣は仰天し、彼を見て叫んでしまった。
「うん」
「どうして…?」
「呼んだでしょ?俺を」
「でも、イタリアに行っているんじゃ…」
「うん。飛行機の中。でも、瑠衣が呼んだから」
「…???」
瑠衣は、自分の右手で彼の頬に、恐る恐る触れてみた。
温かく、滑らかな肌の感触。
「…どうなってるの?」
「さあ。…それより」
トオヤは、ぐっと瑠衣に顔を近づけた。
「何て言うんだっけ?瑠衣」
「…」
「瑠衣は、どうして欲しいの?俺に」
瑠衣の心臓が、音を立てた。
「…夢に、出てきて欲しいの」
トオヤは頷き、
「それから?」
と、聞いてきた。
言わないと、絶対に、許してくれないみたい。
瑠衣は、すぐ近くにある、トオヤの瞳を見つめた。
そして、
恥ずかしいので、小さな声で言ってみた。
「キスして」
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