第54話

 お化け屋敷の中は狭くて危ないので、順番に一人ずつ入らなくてはならなかった。



 泉美、雅、瑠衣の順番で中に入る。



 中は真っ暗で、何も見えない。



 音響担当がおどろおどろしい効果音を大ボリュームで鳴らしているため、お互いの声すらきちんと聞こえない。


 迷路のような道を手探りで進んでいくと、それぞれの場所に立っているお化け担当が白い服を着て、中に入った人を容赦なく驚かす。




 叫び声が、前方から聴こえてくる。




 瑠衣は、今までお化け屋敷の類を怖いと思った事が一度も無かった。




 どのような雰囲気と効果音を出し、

 お化けとはどういった動きをすれば、

 誰もがゾクゾクと怖がるのかが知りたくて、

 ワクワクしながら、楽しんで中を観察してしまうのだ。



 一人目のお化けは、多分安西君。


 無難に、適当に、少しだけ近づいて、声をあげて怖がらせようという雰囲気が伝わってくる。



 …全然怖くない。



 少し進むと、ちょっとだけ猫背で、遠慮がちな様子で、もう1人のお化けが瑠衣に近づいて来る。


 このお化けはきっと、戌井君。


 …お疲れ様。


 先を歩いていた雅はちゃんと、お化けの正体がわかったのかな。





 そろそろ、迷路も終盤か。





 あっという間に終わりそうになる迷路の最後で、瑠衣は良く知る気配を感じた。





 このお化けは、トオヤ。





 彼は、瑠衣に近寄って来なかった。






 …まだ怒っているからだろうか。






 瑠衣は思い切って、

 暗闇の中、最後のお化けに自分から抱きついた。





「…!」






 お化けは、一瞬息を飲んだ。

 だけど、声は発さない。








 瑠衣は、彼にしか聞こえない声で、こう言った。







「今夜、私の夢に出てきてよ」







 瑠衣は暗闇の中、最後のお化けに、こんな無茶なお願いをした。








「トオヤじゃないと、嫌だから」









 そのお化けは1度だけ、瑠衣をぎゅっと、きつく抱きしめた。






 そして、






「出てあげない」







 と返事をした。







「…」








「瑠衣から、言わないと」








「…何を?」








「キスして、って」







 お化けはそう言うと、瑠衣の体をそっと離して暗闇の中、どこかへ行ってしまった。






















 美術室を借りての手芸部の写真館は、大盛況だった。


 泉美の助けを借り、演劇部で過去に使っていたという衣装を沢山貸してもらったため、華やかなドレス以外にも男子生徒が着用できる海賊、王子、執事などの衣装が増え、3箇所の撮影スペースは順番待ちの列ができた。



 みんな、とても楽しそうである。



 自分で衣装やアクセサリーをコーディネート出来る楽しさと自由度が人気を呼び、瑠衣達手芸部メンバーは来てくれた人達を案内しながら、写真を撮るのに大忙しだった。



 楓が気にしていた後輩たちへのアピールも功を奏し、もしかすると入部希望者が殺到する…?かもしれない。



「お姉!」



 理衣が、手芸部の写真館入口に現れた。


 珍しく自宅以外の場所で会った妹を、新鮮な思いで瑠衣は見つめた。

 今日はジャージではなく、マニッシュなブルーのレースブラウスと白いストレートデニムのスタイルで、とても可愛い。


 外出嫌いな妹が、電車を乗り継いで瑠衣の高校の文化祭に来てくれたことに、驚きと感動を隠せない。ずっと並んでくれていたらしく、ようやく入り口までたどり着いたようだ。



「いらっしゃい!理衣」




 理衣は頷き、


「さっき、トオヤに会った」


 と教えてくれた。



「…そう」




「…どうしたの?元気ない」




「…最近トオヤとあまり話せてないの。…怒らせちゃって」




 今だって、どこにいるのかわからない。




「これからイタリアに行くんだって」




「…え?」





「知らなかった?1週間は戻らないみたい」




 こんな大事なことを、理衣にだけは話してあるのか。

 少し、悲しくなってしまう。



 理衣は、しゅんとした瑠衣の表情を見て、ちょっと笑った。



「はい、お姉」



「…?」



「『シルリイ13』。最新作」



 理衣は白い携帯ケースを、瑠衣に差し出した。

 ケースの右下に、『シルリイ』のイラストがついている。



「トオヤに頼まれて、お姉のために私が作った」



「…え?」




 トオヤに?





 瑠衣は、携帯ケースを受け取った。




 …。




『瑠衣から言わないと』



 …。



『キスして、って』



 …。




「ねえ、なに赤くなってるの、お姉」




「え?」




「相変わらずの変態だね。…あ、私の番だ。行くよ」




「…え?」




 理衣に手を引っ張られ、写真館の一番奥のブースに入る。



 桃花が、中へと案内してくれた。




「桃花、私仕事中なんだけど、着替えていいのかな…?」




「今、モッチが戻ってきたから大丈夫じゃない?それより、妹さん?はじめまして~~!やっぱり、ルイルイにそっくり~~!!」



「はじめまして」



 理衣は、桃花と葵に軽く挨拶をした。



 葵は、理衣を見ると目を輝かせた。



「噂の、双子の妹さん?!久世君から頼まれてるんだ、瑠衣と一緒に用意したドレス着て、写真撮っておいてほしいんだって」



 トオヤが、頼んだ?



「私、何も聞いてない」



 …トオヤと、しばらく話せていないから。




 理衣が、瑠衣の腕を引っ張った。




「ほら着替えるよ、お姉」





 試着ブースに理衣と一緒に入り、瑠衣はあっと驚いた。




 そこには見たことの無いドレスが2着、準備されていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る