第53話

 …これだけは、トオヤに説明出来ない。




 正直に話すわけには、いかない。





「い、いえ、あの、滝君が私の夢に出てきたという、過去の…」




 瑠衣が見苦しく、当たり障りの無い言葉で逃げようとすると、トオヤは今まで瑠衣に見せたことの無い、有無を言わせないといった厳しい表情を見せた。





「どういう、夢?」





 …無理。





 …決して、言えない。






「言えません」







 トオヤの目が、鋭く光った。






 瑠衣はあっという間に、校舎の壁際に追い詰められた。







「言えないような、夢なの?」







 密着されて身動きが取れなくなり、瑠衣はトオヤに懇願した。






「お願い、…もう、戻らないと…」








 彼は瑠衣の耳元で、ゆっくりと囁くように言った。








「夢の中で、滝と何をしたの?瑠衣」








 彼の抑揚の無い声だけが、耳の中をくすぐり続ける。







「正直に教えて、瑠衣」







 瑠衣は、どうしたらいいか、わからなくなってしまった。







「…怒らないから…」






 トオヤはさらに、囁き続ける。











 夢の中で滝君とは何もしていない、と、嘘をつくことは出来る。


 あれはトオヤに言うべき内容ではない。




 でも、この人には、嘘は決して通じない。









「キスを」



 ついに、言ってしまった。



















「…そう」














 トオヤの表情は、さっきよりも険しくなっていった。








 そしてまた、耳元で囁く。








「…一度だけ…?」











 トオヤは瑠衣の髪に触れ、下から撫でるように両手で指を絡ませた。











 瑠衣は耐えられなくなり、首を横に振った。















「何度も、キス、されたんだ」














 トオヤはもう、何を考えているのか解らない表情を見せた。














「夢の中で、だよ…」


 瑠衣は、自分の声が掠れるのを感じた。


















「夢の中でも、許さない」































 トオヤは急に、瑠衣の唇にキスをした。

























 今までとは違う、狂ったような、本気のキス。
















 何度も、














 何度も、

















 何度も。


















 彼には瑠衣しか見えておらず、




















 瑠衣が彼以外を見ることを、その目は決して許さない。





















「トオヤ、誰か…来るかもしれないから…」


















 息ができないくらいの濃厚なキスの合間に、


 瑠衣はそれだけを言うことができたけれど。




















「だから、何?」





















 永久に離してくれないのではないかと思うほど、


 狂ったようなキスは、深くなっていった。



















 トオヤは急に瑠衣から顔を離し、












 潤んだ目で瑠衣を5秒ほど睨んでから、


























「…瑠衣のバカ」





















 と言って、立ち去ってしまった。





















 瑠衣はその場に崩れ落ち、しばらくは動くことも考えることもできなかった。





















 確かに、バカ。



































 その後は何も無かったかの様に、クラス展示の準備を進めた。


 トオヤは夏休みの間の登下校の際も、基本的には毎日瑠衣の送り迎えをしてくれていた。


 けれど、あの校舎裏の出来事があってからは、いつもに増して口数が少なくなってしまい、必要以外は瑠衣と話さなくなってしまった。















 そして、新学期が始まり、

 文化祭当日がやって来た。























 クラス展示は『お化け屋敷』で、泉美、雅と一緒に瑠衣は受付を担当した。


「交替したらまず始めに、一度この教室にも入ってみましょうね」


「私、お化け屋敷苦手です…」


「大丈夫、私がついてるから!」





 そこに手芸部の葵と桃花が遊びに来てくれたので、チケットを受け取った瑠衣は葵達に向かって微笑んだ。


「楽しんでいってね」


 葵が、キョロキョロしながら瑠衣に


「久世君は?」と聞くと、



「お化け」



 と瑠衣は、教室の中を指差した。




「ほら、早く行こ!!」



 と、なかなか怖がって入りたがらない葵の手を、桃花が楽しそうに引っ張って、どんどん中へと入っていく。



「桃花~…、私、怖いよ~…」




 手芸部で1番強そうな葵が、情けない声をあげ手を引っ張られながら、しぶしぶ中へと入っていった。



 楓とモッチは今、手芸部の写真館で頑張っている。

 後で、瑠衣も交替することになっていた。





「交替よ」


 仙崎さんが、受付に座る瑠衣達3人に声をかけた。


「うん。じゃ、受付よろしくね」


 瑠衣は、席を立ちながら返事をした。


「結構上手だったよ、久世君のお化け」


 飯田さんは感心した様子で、瑠衣に教えてくれた。



「本当?楽しみ」



 瑠衣はお化け姿のトオヤを想像した。

 上手なお化けって、一体どんな感じなのだろう。



 どんなに怖くても、あの校舎裏でのトオヤの迫力には及ばないと思うけど。




 もう交替の時間になるから、お化け屋敷の中では会えないかも知れない。

 …まだ、普通に彼と話せていない事を、とても悲しく感じてしまう。



 怒らせてしまった自分のせいだ。

 このままでは、いけない。



 何とかしなくちゃ…。




「ほら、行きましょうよ瑠衣」



 泉美が瑠衣に、中に入ろうと声をかけた。



 瑠衣は、怖がる雅の手を握り、



「うん、行こう」



 と覚悟を決めて、返事をした。




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