第38話

「オマエさ、俺の女になれば?」














「…」







 何も言い返す言葉が、見つからない。










「従順にしてれば、大事にしてやるよ。たまにこのテープ外してやってもいいし」

















「…」










 触れられた頬を、早く洗い流したい。













「また、あの兄たちを呼ぶの?」




















「いや、今やつら刑務所にいるから。あと3年は戻らない」












 別にそれについてこれ以上説明をする気は無い様子で、











「そういえば俺、誰かを拉致するのとか、久しぶりかも」







 と拓也は締めくくった。

































「そう」



















「お前、男いんの?」



















「男?」




















「彼氏とか、セフレとか」













 拓也は急に思い出した。






















「そういえばホームでさ、お前の事守ってた男いたじゃん。アレか」




















「…あの人は友達。彼氏はいない」




















 トオヤ。




















 会ったばかりなのに、友達になってもらって、





















 いきなり、こんなことに巻き込んでしまって、ゴメン。





















 心配かけて、ゴメン。





















「てっきり、アレ彼氏かと思った。じゃあ、いいよね」





















「…何が?」




















 拓也は立ち上がり、テーブルの上から大きいハサミを取った。















「息苦しいだろうから、まずは服を脱がせてやるよ」




















 拓也は、瑠衣の服を胸元からいきなりハサミで切り出した。




















「…何するのよ」













 瑠衣は、少し動揺した。



















「ガムテープ、邪魔だな…」











 拓也は、瑠衣の言葉には答えず、

 胸元のガムテープも一緒にハサミで切り出した。






 少し、呼吸が楽になったが、服がボロボロになってしまっている。



















 これ以上の屈辱を受けるのは、嫌だ。

















「拓也」










「あ?」











「人の恐怖で引きつった表情や、心が壊れる姿を観察するのは、そんなに楽しい…?」













「…なんだ急に」















「テレビドラマや映画で活躍する拓也を、私は欠かさず観てきたけど」










「恐怖で歪んだ、得意分野の表情や演技は完璧のくせに」















「日常のほっとする出来事とか、優しさとか、相手を思い遣る演技に関しては、いつも完全にサル芝居だった」














「…何だと」












 拓也がハサミを使う手が止まる。













「喜びや楽しさや、優しさや思い遣りの感情をもっと研究しようとは、思わない?アレで良く、アクデミー賞獲れたわね。…笑えるんだけど」









 拓也の顔が、殺意に歪んだ。

















 瑠衣はなおも続けた。













「教えてあげようか。いくら研究しても、あなたの演技がいつまでもサル芝居なわけ」












 拓也は、ハサミの鋭利な先端を、瑠衣に向けた。









「あなたは最初から、その感情を持っていないからよ。だから演じたくても演じる事が出来ないの。優しさという感情を想像する事が出来ないからよ」
















「黙れ」















 拓也は反対の手で瑠衣の髪の毛を掴み、思いっきり引っ張った。

















「オマエだって、俺と同じじゃねえか。人の事見てばかりいて」














 引きちぎられた髪の毛が、何本か抜けた。












「そうよ。ある意味、私とあなたは同じ」














 だから、戦う。



















「だから私は、あなたと同じ事はしない。そういう自分を、私は決して許さない」










 拓也が、瑠衣にハサミを振りかざした。













「悪魔みたいな自分に、私は支配されたりしない」















 その時。


















 ガシャン!!!!!








 という音が鳴り響き、誰かが家の中に入ってきた。
















「…!誰か来やがった」

















 拓也はハサミを取り落とし、

 あっという間に瑠衣から手を放した。

 そして逃げようとして、窓の方へ駆け寄った。















 すると、



 部屋のドアが、いきなり乱暴に開いた。

















「瑠衣!!!!」

















 トオヤが入ってきた。


 マスクをしている。





 トオヤは、こちらに駆け寄ってくる。












 後ろから、あと3人入ってきた。
















 消火器を手に持った滝君と、戌井君、最後に理衣だ。


 全員、白いマスクを着用している。

















「佐伯、目を瞑れ!!」





 マスク姿の滝君が叫ぶ。

















 トオヤが瑠衣に駆け寄り、体に巻き付いていたガムテープを、落ちていたハサミで素早く全部、ほどいてくれた。


 一緒に駆け寄った理衣は、瑠衣の口にマスクをつけてくれている。



「大丈夫?お姉」




「うん、平気。…ありがとう」




 理衣は、自分が着ていたジャケットを瑠衣に羽織らせ、手早くボタンを留めた。
























 滝君と戌井君は消火器の薬剤を、窓から逃げようとした拓也に向かって一斉に放射した。















 拓也はまともに薬剤を吸い込んだようで、窓から逃げることは叶わず、その場でうずくまり、身動きが出来なくなった。














 滝君は拓也に駆け寄り、全力で1回殴った。


 拓也はその瞬間、意識を失った。









 その後、戌井君と滝君の二人で拓也の体をガムテープで、ベッドのパイプ部分に固定した。


 拓也は先ほど瑠衣がされていたのと、同じ状態になったのである。














 トオヤは瑠衣に、こう言った。


「心配いらない。警察ももうすぐ来る」



 瑠衣は、急に安心して気が緩んだ。



「良かった。…ありがとう、助けに来てくれて」




 トオヤは微笑んだ。



「うん」





 瑠衣は、そんな彼の笑顔を見ると、安心して意識がふっと遠のいた。







 再び瑠衣は、気を失ってしまったのだ。




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