第9話

「食べないの?」



 久世君は、瑠衣の手付かずのお好み焼きを指差した。



「食べる」



 食べて、少し落ち着こう。

 涙が出そうになってきてしまう。

 自分が泣いてはいけないのに。



 無理矢理、お好み焼きを口の中に押し込んだ。


 水を、喉に流し込みながら。




「親が一度、転校させてくれた」



「いつ?」



「中学2年の夏休み前」



「…そうだったの」



「転校した途端、今度は女子にばかり、話しかけられて」



「…」



 彼がすごくカッコ良かったからだろう。


 女子が放っておくはずが無い。



「女子同士が喧嘩を始めた。その火種だったせいか男子に嫌われて、また何度も呼び出されて、たくさん殴られた」




 瑠衣はお好み焼きの残り半分を見つめていた。


 とてもそれを口に入れる気分にならない。




「誰とも仲良くなれないまま、卒業」





 言葉が出て来なくなる。





「担任の先生と両親が、何度も話を聞いてくれなかったら、死んでたかも」




 彼は焼きそばを食べ終わって、窓の外をまだ見つめていた。



「先生、元気かな…」




 彼は、独り言のように呟いた。




「高校に入ると、1年間誰からも何もされなかったけど」




 彼は瑠衣を、初めて見た。

 無表情のまま。




「1人の方が、気楽だった」





「…」



 瑠衣は、また深く、反省した。





 外見の華やかな印象だけで、久世君の過去をあれこれと想像してばかりいた、勝手な自分を。




 きっと、苦しみはこれだけじゃ無かったはずだ。



 こんなに短い会話ではとても語り尽くせないほど、小さな苦しみや悲しみは、いくつもあっただろう。




 壮絶な過去。





 自己紹介の時の人を拒絶する態度は、精一杯の、彼のバリアだったのかも知れない。




「どうして、私に話してくれたの…?」




 ダメだ。



 ダメだ。



 落ちないで。



 願いはむなしく、瑠衣の頬から、涙が零れ落ちた。





 自分が泣くのはおかしいのに。




 瑠衣は慌てて涙を拭こうと、バッグからハンカチを取り出そうとした。







 久世君は手を伸ばし、左手の親指で、瑠衣の涙をそっと拭った。




「…!!」





 熱い。



 触れられた部分が。





「俺の話、聞いてくれそうな気がしたから」







「…」






 涙が、止まらなくなってしまった。

 せっかく拭ってもらったけど。



 瑠衣は、自分のハンカチで、顔を覆った。



 久世君は、しばらくそんな瑠衣を、じっと見つめていた。




「…泣き虫なの?」





「ううん、いつもはあんまり泣かない」




「そう」




 久世君は、瑠衣に言った。





「なるよ、佐伯さんの友達」





 瑠衣は、ハンカチから顔を上げた。




「え?」





「お茶友達、募集してるんでしょ?」




 彼は、瑠衣の目を見て、微笑んだ。




「俺で良ければ」






 強い人だ。





 酷い目にあったというのに、それでも。








 瑠衣を信じて、友達になると言ってくれた。








 瑠衣は泣きながら、笑った。





「よろしく、久世君」




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