第8話

 久世君は、サル山の手すり両腕を乗せたまま、瑠衣を見つめた。



「友達?」



 ついに、

 言ってしまった。




「俺と?」





 でも、もう、


 後戻りする気は無い。





「うん」




 急に、補足したくなった。




「いずれは恋愛対象として見て欲しいとか、そういうヘンな意味じゃ無いから安心して。ただの友達になりたいだけ」



 ちょっとドキドキしちゃうけど。

 久世君、カッコ良すぎるから。



「どうして?」






 どうしてかな。

 まだ頭の中、整理中だけど。







「色々な話をしてみたいの」






 どうか、妙な意味じゃ無い事だけは、ちゃんと伝わって欲しい。





 サル山に視線を戻しながら、落ち着かないまま返事を待つ。





「友達って、話をするだけでいいの?」





「え?」






「今まで、友達いた事が無かったから」





「…」




 え?





「1人も?」






「うん」






 …何故?






「いじめられてたから」









 …。

 嘘でしょう。





「久世君が?…本当?」




「嘘じゃない」





 久世君の表情に、少しだけ暗い影が落ちたような気がした。




 信じられない。




 ただならぬ容姿の持ち主なのだから、人気者だったのだろうと、思っていた。



 また、勝手に思い込んでいた。




「どうして久世君が…」





 言葉が出て来なくなる。




「話すの、下手だし」




 久世君は、クルッと後ろを振り向き、サル山に隣接しているフードコートを指差した。




「お腹空かない?」




「あ…。そうだね」




 時計を見ると、12時を回っていた。

瑠衣は、久世君に言った。




「お昼食べようか」




 彼は、小さく頷いた。





「うん」





 すぐ近くにあるフードコートに入って注文を済ませ、2人で窓際の席に座ってから、彼は続きを話し出した。




「寂しくは無かった、と思う」





 彼は、スマートフォンで小さな頃の自分を見せてくれた。




 そこに写っていたのは、驚いたことに、コロッと太った男の子だった。足がプニプニムチムチとしていて、現実にこんな子がいたら、触りたくなってしまうだろう。


 可愛い!!



「この子、久世君?」



「うん」




 どことなく、久世君の面影はある。薄茶色の柔らかな髪、色素の薄い瞳の色。



 写真の中の彼は、6歳くらいだろうか。


 今の彼と同じ。

 無表情のままこちらを見ていた。



「体重はまわりの子の倍くらいあったから、太っていることをネタにいじめられてた」



 いきなり、手元にあるブザーが鳴り響いた。


 注文した焼きそばとお好み焼きが出来上がった合図だった。



 2人で昼食をカウンターに取りに行き、席に戻って会話を再開する。



「辛かった…?」



 久世君は、首を横に振った。



「あまり気にはしていなかった。というか、その頃はいじめられてた感覚が無かった」



 久世君は、焼きそばを食べ出した。



 何を食べても、不思議と絵になる人だ。


 姿勢がいいからだろうか。

 焼きそばが上品な食べ物に見えてくる。



「中学に入った途端背が伸び出して、今くらいになったけど」



「うん」




「今度は、目立つから気に入らないとかで、知らない先輩に呼ばれて殴られたり蹴られたりした」



「…そうだったの」




 許せない。

 瑠衣は、心の奥が苦くヒリついた。




「最初は腹が立ったけど…」




 彼は窓の外に見えるサル山を眺めながら水を飲み、こう言った。



「無駄だから、考えるのをやめた」



 わかるような気がする。

 その気持ち。



 話が通じない人間は、

 いつまでも永遠に、通じない。

 そんな人間に怒ったって、まるで意味がない。



 そういう事だってある。




 相手にしてはいけない人間は、存在する。





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