第7話

 次の日曜日の、朝10時。


 洗面所で顔を洗い、背中まであるストレートヘアを完璧に整える。


 軽くメイクをする。


 ファンデーションは出来るだけ薄く、それでも派手になり過ぎない程度のピンク色の口紅にグロスをつけて、顔がパッと華やかに見えるように。


 今日の自分が1番着たいと思う服を、いくつかベッドに並べて考える。

持っている服の数が少ないからこそ、組み合わせが最も重要になってくる。

今日の肌の色に合うかどうか分析しながら、瑠衣は試着していった。


 アクセサリーも重要だ。


 大きさや形が、服の形に最も合うものを選ぶ。


 悩んだ末に、上半身が開襟シャツの様になっている紺色の、ティアードワンピースに決めた。

 スカートの部分が柔らかく段になっていて、シンプルだが可愛らしさもある。ウエストにはビジューが入った黒いベルトを着ける。


 薄地ピンクのボレロ、コットンパールのブレスレットを合わせて完成。


 これは自分の為のお洒落。

 だが、ほぼ『仮装』に近い。


 本当は、瑠衣はあまりお洒落に興味が無い。


 出来れば違う事を考るための時間が、もっともっと欲しい。


 ところが、試しにお洒落に時間をかけてみると、面白い事がわかった。



 人が自分を見る視線が、明らかに変化したのだ。



 男の子が、いきなりナンパしてきたり。


 雑誌の読者モデルをしないかと、声をかけられたり。


 年下の女子が、羨望の眼差しで熱く見つめてきたり。



 それがとても不思議で、面白く感じる。



 瑠衣は、そんな人々の視線や反応を見てみたいだけの理由で、毎日『仮装』を楽しんでいる。




 今日は1人で動物園に来た。


 2000円くらいで年間パスポートが買える『県営テーマパーク1人巡り』は、瑠衣の個人的な趣味の1つである。


 2着のドレス作成の構想を、練らなくてはいけない。その為にも新鮮な空気や環境を取り入れながら、頭の中を色々と整理する必要があった。


 動物たちを、徹底的に観察して回る。



 ああ、これぞ至福の時。



 1番好きなのは、サル山だ。



 人間関係と似たような出来事を、サルの群れは見せてくれる。力関係、友人関係、恋愛関係。誰が誰を大切にし、誰が1人でいたいのか、などなど。



 見ていて飽きない。



「佐伯さん」



 声がした方に振り向くと、そこには私服姿の久世君が立っていた。



「久世君?!」



 びっくりした。


 こんなに広い場所で、また。



 本当?



 この間が水族館で、今日は動物園。

 こんな偶然が2回も続くなんて。




「よく会うね」




 久世君は、ほんの少し目を見開いた。





「ホント、びっくり…。こんにちは」



 まだ、午前中だから『おはよう』か。



 声かけてくれた。

 徐々に嬉しくなってくる。



「その服、似合う」



 服まで褒めてくれた!


 久世君は相変わらずの無表情。


 夢じゃないよね?




 これが現実かどうかを確かめる為、思わず久世君をじっと見てしまう。



 薄いベージュの開襟ボタンレスジャケットと、白いシャツ、ブラックのジーンズという簡単な服装だったが、彼の容姿に完璧にハマっており、最高にカッコ良かった。


「久世君も似合うね、私服…!」



 雑誌に出てくるモデルのようだ。



「どうも」



 久世君も、近くでサル山を見ていたようだ。


「観察?」


 いきなり、久世君にこう聞かれ、ギクッとする。


 やっぱり彼には、自分の中の何かを見透かされている気がした。



「うん、観察大好き。特にサル」



 瑠衣は白状した。




「俺も好き。観察」







 理解してくれた。








 久世君はそれっきり、しばらく話をしなくなった。



 どうしようかな。



 時間が経っちゃったし、何か彼に話しかけた方が、いいかな。



 でも、サルの観察をまた始めたみたいだし、そのまま一緒に見ていようかな。






 どのくらい時間が経ったのかはよくわからないが、突然、久世君は瑠衣に話しかけてきた。




「面白いね、サル」






 久世君はサルを見ながら、少しだけ笑った。




 電流のような何かが、瑠衣の全身を駆け巡った。




 初めて見た笑顔の素敵さに、魅了される。




 それだけではなく、




 無言だった時間が、

 瑠衣にとって心地良かった。


 その事への驚き。




「久世君」




 もう、グチャグチャ考えるのは、やめた。



「?何」



「私と、友達になってくれない?」





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