第6話
何だか、変な汗が出てきて、慌てて言葉を選んでしまう。
「偶然館内で会って、一緒に回っただけだよ。まだ友達ってほど仲がいいわけでは…」
瑠衣は急に怖くなって、こう聞いた。
「まさか写真とか…」
「撮らないですよ。盗撮は犯罪行為です」
漆戸さんは、卵焼きを美味しそうにモグモグ食べながら答えた。
しかし何故、同じ学年なのに、彼女はいつも敬語で話すのだろう。
「久世君は今や、1番注目されているネタ…いや、人なので、お2人の仲がいいなら、何かホットな情報を教えていただきたいなあと」
「無いです」
敬語が思わずうつってしまった。
提供するネタが無いというのは、嘘じゃ無い。
まだ自分は、久世君の事をよく知らない。
仮に何かを教えてもらえたとしても、彼の了承を得ずに漆戸さんに教えるわけにはいかないし。
「あの、漆戸さん…?」
「はい」
「この事、あんまり他の人に言わないでもらえると助かるんだけど」
自分はいいけれど、噂が立つ事によって久世君に迷惑がかかる可能性もある。
「わかりました」
漆戸さんは、割とアッサリ了承してくれた。
ホッとした…。
「貸し1つ、ですね」
彼女は瑠衣に向かって、にっこりと笑った。
ハア。
これで彼女に手芸部に入ってもらう希望は完全に絶たれた。
怒られるかも…。
放課後。
部室棟の一階、1番突き当たりの一室にて、瑠衣を含む手芸部のメンバー4人は、お喋りしながら活動を楽しんでいた。
「漆戸さん、手先器用だったよねえ」
葵は、ペンギンのヌイグルミの頭部をグサグサと男らしく縫いながら、ため息をついた。
「そうそう、去年の家庭科で見た時、凄かったよね!私たちより上手い!速さ、丁寧さ、完成度、パーフェクト!裁縫技術は漆戸さんがダントツ1位!」
桃花は、チャコールペンシルを高らかに掲げた。彼女は大きなパンダ制作を始めている。型を作るのに割と広い場所が必要で、窓際の大きな机を占領していた。
「まあ、漆戸さんは残念だったけど、そのうち瑠衣がちゃんと1年生を連れてきてくれるわよ」
ギク。
緑色の浴衣を縫っていた部長の楓が、おっとりとした口調でこう締めくくると、全員がため息をつく。
「1年生か…」
ユーレイ部員の望月さんを含め、2年生がたった5人で活動している手芸部は、このまま1年生が入部しなければ即、廃部である。
「何で、漆戸さんを逃したの、瑠衣!」
葵に恨めしそうに睨まれてしまう。彼女は中学時代バスケ部のエースで、元々体育会系女子である。本気で怒ると、とてつも無く迫力がある人物なのだ。
「ごめん、訳は言えないんだけど、…私の弱味を彼女に握られたから、頼めなくなっちゃったの」
「弱味って何よ」
「教えられない」
「わけわからん」
「とにかく!」
楓が葵と瑠衣のやり取りをピシャっと遮った。
「9月の文化祭に向けて、今年はドレスよ」
「…」
「…」
「…」
へ?
ドレス?
「ファッションショーやりましょう。手芸部主催で。そうすれば、1年生の目を引いて、入りたい子が出てくるかも知れないわ」
「ええー?!」
「マジか!!」
「ドレス…!」
皆それぞれに叫ぶ。
超大変そう。
ドレスなど、作った事が無い。
去年、手芸部はぬいぐるみで可愛らしさを演出した喫茶店を出店した。
あの頃は引退前の先輩達が10人ほどいたので、皆で楽しく仕事が出来たが…。
「さすがに5着でファッションショーってわけにはいかないでしょう?モッチ(望月さん)が参加したとしても5着だよ。まさか、1人でドレス2着作るとか…?」
桃花はふんわりと、あまり困っていないような表情で楓に抗議した。
「今からなら、出来るわよ。1人2着」
「出来ないよ!!あんたは作業が早いし頭もいいから余裕かも知れないけどね、楓。私は勉強とかぬいぐるみ制作とか運動とかぬいぐるみ制作とか、色々やる事あるんだからね!!」
葵がキレる。
ぬいぐるみ制作、2回言ってるし。
「ぬいぐるみは、文化祭が終わってから作ればいいじゃないの」
楓は堂々と言い放った。
「イヤダ」
2人が言い合っている中、瑠衣は決心した。
「…やる。2着作る」
覚悟を決めた。
「面白そうだし…。ファッションショー」
「偉いわ、それでこそ瑠衣よ」
楓は嬉しそうに、瑠衣を褒めた。
葵と桃花は、ポカーンと口を開けて2人を見つめる。
状況に、ついて行けない様子で。
こうなったら、ドレス2着作る!!
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