第4話

 水族館の館内カフェの窓際、広い席に向かい合わせで座り、瑠衣はコーヒーだけ注文しようとしたが、久世君はナポリタンを食べると言い出した。


「夕飯、家で食べないの?」


「家に、誰もいないから。ここで食べて帰った方が楽」


「一人暮らしなの?久世君」


 窓の外は見学コースの一部となっており、ヨチヨチ歩いているペンギン達を見つめながら、彼は頷いた。


「今は。親は、仕事で1年の半分くらいは海外にいる」


 そうだったんだ。

 一人暮らししてるんだ、大変だろうな。


「…じゃ、私も食べようかな。少しお腹空いたし」


 ウエイターを呼び、久世君のナポリタンと、自分のミートソーススパゲティ、お互いに食後のコーヒーを注文した。



「大丈夫?ここで夕飯食べて」



「うん。母は看護師で今日は夜勤だし、父は遅くまで帰って来ないし。昨日作ったカレーがあるから、妹にはそれを食べるように連絡すれば平気」



 彼は、瑠衣に聞いた。



「妹さんがいるんだ」



 瑠衣は頷いて、手を拭いてから水を飲んだ。



「久世君は?兄弟いる?」



「ひとりっ子」



 そうなんだ。

 久世君、どんな風に育ったのかな。

 今度聞いてみたい。



 瑠衣は、妹を思い出した。


「理衣っていう双子の妹なの。私と性格は真逆だけど、顔はそっくり。親以外の人は、どっちがどっちだか見分けるの難しいんだよ」



 瑠衣は少し、理衣の事を思い出してしまった。



「かなり、変わってる子なんだけどね…」


「そう」


 妹の話はひとまず置いておいて。



「自己紹介の言葉とか私の名前、ちゃんと覚えててくれたんだね」



 嬉しかった。



 スパゲティが運ばれて来た時に、彼はスプーンとフォークを瑠衣に取ってくれた。


「ありがとう」


 緊張して味があまりわからなかったけど、普通を装って無理矢理ミートソースを口にする。


「佐伯さんの自己紹介が1番良かった」


「本当?」


「ぬいぐるみ作るのが好きで、毎日楽しそう」


 彼は続けた。


「他の人が話した内容は、あまり覚えてない」



 瑠衣は、とても驚いた。


 こんな風に感じてくれたんだ。

 何だか恐縮してしまう。



「嬉しい」





「?何が」





 久しぶりに、こんな人に出会った気がする。



「そう言ってくれて」



 しかも、ちゃんと正面から言ってくれた。


 心が、温かくなっていく。


「?うん」


 彼はあまり自分から話さない人のようだ。


 だけど会話が途切れても全然、気まずい雰囲気にはならない。



「久世君は勉強が趣味なんだよね?いつも学校の勉強をしているの?」


「違う」


 久世君は、ナポリタンを食べ終わってから、返事をした。


「違うけど内緒」


そっか。


「言いたく無い事だってあるよね、ごめん」


 無理矢理聞き出すつもりは無い。


「言いたく無い訳じゃ無い」


 彼はコーヒーを口にしてから、瑠衣の目をじっと見つめた。


 その美しい視線にいきなり射すくめられ、心臓が大きな音を立てる。


「まだ自分の中で、ちゃんとした形になって無いから」


!!!


 瑠衣は、心臓がドキドキドキドキした。


 顔が赤くなったらどうしようどうしよう。


 もう、何考えてるの、一体。



 彼の視線ヤバい、直視出来ない。



「いつか教えてもらえる日が、来るかな」



 彼はコーヒーを見て考え込んだが、こう答えた。


「状況によっては」



 もう一度彼は、瑠衣の瞳の奥を見つめた。


 まるで、心の奥まで見透かされてしまうような、人では無い何かに、じっと観察されているような。


 自分は決して彼に、嘘をつく事が出来ないような気がした。


 永遠に。



 こんな人に、初めて出会った。









食事が終わった後は、少しだけ館内の別の生き物を2人で見て回り、本日は解散となってしまった。


「じゃ、また明日学校で」


「うん。また明日ね!」


瑠衣は、彼とは反対方向の電車に乗って、家に帰った。

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