第7話 断乳、母性、明日で六月

 私は、ハルくんのスケートを追うことが生き甲斐になった。


 秋には東日本選手権を、年明けにはインカレも見に行った。

 インカレは釧路だったから、泊まりがけだった。

 私はこの遠征のために、娘の断乳を決行した。



「まだ二歳前なのに」

 おっぱいが欲しくて連日連夜泣き叫ぶ娘を哀れむ夫に、

「もうすぐ二歳だよ」

 突き放すように私は言った。


「子供に授乳しているうちは、あなたは私を抱かないでしょ?」

 いざとなれば、私はそう言うつもりだった。


 けど本音は、もっと生々しくおぞましい

 それは、「授乳中の女」という身分のままハルくんに会いに行きたくない、という心の叫びだった。

 少女の潔癖。女の矜持。

 矛盾することなく、同時に私の中に存在していた。

 欠けていたのは、母性。

 

 私は、もしかしたら、今も娘が殆ど喋らないのは、私のせいなんじゃないかと思っている。

 


 緊急事態宣言を受けて、東京、神奈川、埼玉、千葉のスケートリンクは全て閉鎖された。

 もちろん、ハルくんのホームリンク、高田馬場シチズンも。

 他の学生スケーターは、陸トレの様子をツイートしたり、インスタライブで近況報告したりしているみたい。

 けど、東桜大学スケート部は公式サイトを持っていない。

 ハルくんのインスタの更新は止まったまま。


 明日で、六月。

 ハルくん、いよいよ夏になってしまうよ。

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