第2話 ステイホーム

 四月に緊急事態宣言が出て、もうすぐ二ヶ月が経つ。

 間もなく六月になろうとしている。

 政府は宣言を更に延長するとか、しないとか。


 買い置きのマスクはとうに底を尽いたので、慣れないミシンで家族三人分の布マスクを縫った。

 縫い目が少し歪んだ、ファンシーな柄の分厚い布マスク。(最近はマスク用の布も品薄で、無地のものは大体売り切れている)

 が、この季節、どうにも暑くて蒸れるし、息苦しくてたまらない。

 どうせスーパーに行くか、近所を散歩するだけだ。

 罹る時は罹る。


 私はいつしか、マスクをするのをやめた。

 

 娘のプレ幼稚園は一度も開かれないまま、ずっと休みが続いている。

 もうすぐ二歳半になるというのに、娘はほとんど喋らない。

 何を言うにも「んっ、んっ」と指差しで済ませようとする。

 朝から晩までずっと一緒にいるので、私は娘が要求していることが大体分かってしまう。


「ママが答えてしまうから、娘さんは喋らないんですよ。先回りはダメ。必要に迫られないと、言葉は出てこないんです」


 検診で保健師に叱られたのも二月だった。

 そのまま一方的に手続きを取られ、発達支援センターに通うことになったはずが、コロナで全て中止になった。

 相変わらず娘は喋らないまま、先行きは見えない。


 夫はずっと在宅勤務。

 書斎から漏れ聞こえてくるチャット会議の端々から、職場でとても頼りにされているということが分かる。

 夫は仕事の出来る人だ。

 育児にも積極的で、家事も率先して手伝ってくれる。

 私が寝落ちしてしまった夜は、残った皿を洗っておいてくれる。

 洗っておいたよ、すら言わずに。

 でも、嫌な顔一つしないのは、夫が私に本心を見せたくないからじゃないかと思ったりもする。

 私達は娘が生まれてから一度もセックスをしていない。


 私は自分に言い聞かせる。


 私は恵まれている。

 私は満たされている。

 私は幸せ。


 ……わざわざ言い聞かせるのは、本当はそうじゃないからだろうか。

 けど、私は自分が何に不満なのかが分からない。

 コロナが収束して、晴れて自粛生活から解放されたとして。

 娘が無事に喋り出して、発達の不安が解消されたとして。

 夫の性欲が戻って、また私を抱く気になったとして。

 それで、自分が満たされるとは思わない。


 でも、今はとりあえず緊急事態だから。

 生きてさえいれば大体オーケー。

 だよね? ハルくん。

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