三千世紀のカタストロフ

@alacarte1525

三千世紀のカタストロフ

「本日のニュースをお届けします。

東京都では今日も新たに3桁を超える感染者が確認されました。専門家の間では感染の原因に人と人との心の………」


呆れてテレビの電源を落とした。

毎日同じようなニュースを見せられている。さすがにこちらも飽き飽きだ。


 盆も近くなってきた夏のこの頃。暑さを凌ぐには朝夕もまだ非協力的だ。

2020年某日。そんな日本独特の風情を意に介さず東京のページには今日が綴られて

いく。


 数ヶ月前、あるウイルスによってパンデミックが起きた。

それは僕の住むこの国にも未曽有の大火として襲い掛かってきた。

このウイルスの特徴として若い人は重症化しづらいのだそうだ。それをいいことに、外を出歩き、遊びまわる馬鹿者がいたことは言うまでもないが、彼らがそうやって若さゆえのみなぎるエネルギーを爆発させ続けてくれたおかげか感染は拡大。国が非常事態宣言を出すまでに至った。

結果として、僕も仕事をしばらく休むことになった。勿論僕はまだピチピチの26歳だし、ウイルスなど無縁の健康そのものと言えるが、休業命令が出たのならば仕方ない。うちの社長も部長もテレワークなんて興味のかけらもないそうで、話題に上がることもなく自宅待機が命じられた。

なにかやることがある訳でもないし、家でただだらだらと過ごしているというのは非常に暇で退屈で無価値な時間だ。


 だから僕はタイムマシンを作った。作り始めたのは確かおとといの夜遅く。アルコールもいい感じに入り、できあがっていたその時のノリとテンションで始めた。これが意外に面白く大学の時の知識をフルに活用し、数日間没頭し続けることができた。


 完成後、早速僕は表面のタッチパネルに行きたい西暦の下2桁「21」と打ち込んだ。酒を片手に作った弊害か1~99年単位でしか飛ぶことはできない仕様なのだ。

とりあえずおためし運転という事もあり、今回は1年後の世界に行くことにした。

ちなみにマシンの全長は大体1メートルほどの卵型。中には屈まなければ入ることができない。加えて見た目以上に中は狭い。

このマシンは先刻僕が入力した数字の年代に、内部にあるものを飛ばすのだ。

決して比喩ではなく実際にその時代の空気を持ち込めるわけだ。こんなことが可能なのはこの機械と沈没船から発見された未開封ワインぐらいだろう。

中に入った状態で内側にあるボタンを押せば君もタイムトラベラーになれる。一種の生きた歴史の証人にも。という触れ込みだ。

残念ながら今回は年数的に目を見張るほどの文明の変化はないもしれないが、今後数百年後の世界で広まっている誤った認識、解釈を正すことができれば僕は英雄になれるかもしれない。

もはや僕にとってニコラ・テスラもホーキングも目じゃない。

長い自粛に飛び交う罵声、助長される犯意、減らされる給料。この人のマイナス思念とウイルス渦巻く暗黒世界から一足先に抜けさせてもらうことにしよう。

そう意気込み僕はマシンの中に入った。


 おそるおそる目を開けると僕は一人開けた場所に立っていた。周囲を見渡してすぐにここが渋谷のスクランブル交差点のど真ん中だと気付いた。

旅行先の場所設定をミスっていたのだろうか。まさかこんなところに飛ばされるなんて。

更に視界に入れた信号機を筆頭に、街がこの状況がとても異様だと教えてくれた。

信号機が示していたのは青でも赤でもなく自らがもはや無用の長物となったことだった。

他のものにしてみてもそうだ。いつも誰が見るのかも分からない商品の広告やニュースの内容を垂れ流していた巨大なモニターも沈黙を守っているし、広告塔のアイドルもどこか暗い顔に見える。

それに、人っ子一人見当たらない。

これではまるで僕が元いた2020年と相違ないじゃないか。


しかし、一番不可解なのは辺りのもの全てがどこか古く見えることだ。まるで何十年何百年メンテナンスもされず、人の手が入っていなかったかのような。

申し訳程度に植えられていたはずの街路樹も太い幹を誇る大木となっていた。

コンクリートの地面には所々ヒビが。


この時僕の頭の中にはこの状況を説明できる1つの仮説が浮かんだ。みんな地震なんかの災害で避難しているのではないだろうか。恐らく今はその災害後。

まだ酔っていた僕は自分をつまみにし始めた。

これは日々実直に業務に励んでいた僕に、神様が与えてくれたとてつもなくスペシャルなチャンスなのではないか。一年後にこの巨大都市・東京を襲うであろう災禍を予言し、未然に防いだとなればそれこそ一躍時の人だ。

したらば、この災害の正体と原因だけ掴んですぐに帰るとしよう。


 そう思い交差点を振り返ると、僕は口をあんぐり開けることとなった。

…僕は重大なことを失念していた。

帰る手段がないのだ。そんな設計してもいないのに何故かこちらにもマシンが転送されると思い込んでいた。

僕は冷水を浴びせられたように色を失い、固まった。これ以上にない酔い醒ましだ。

どうしたものかと体中のポケットをまさぐってみたが財布と携帯以外役に立ちそうなものはなかった。

なにかと携帯を取り出し触ってしまうのは現代人の悪い所だが、画面の左上には圏外と表示されていた。基地局が稼働していないのか分からないが、これでは情報を得ることだってままならない。


途方に暮れ僕が壁に手をつくと、通りの角から何やら灰色の物体が飛び出してきた。

それは宙に浮いていて、高さは丁度僕の頭上を掠めるぐらいだ。形は立方体で、所謂手でつくるお弁当箱ぐらいの大きさ。見たところプロペラやエンジンみたいなものはついていないが、ドローンのように、いやむしろドローンよりも自由に浮遊しているように見えた。

それは僕を視界に捉えた途端に急接近してきて、人で言う目を細めるかのように中央のカメラをぎゅっと絞った。

すっかり腰を抜かした僕はへなへなと地面に座り込んだ。

それが僕の姿を追うように少し傾くと、声が聞こえてきた。おそらく物体から発せられたものだが、それは思いの他明るくファンキーな男性像を抱かせるものだった。

「安心しな危害を加える気はねえよ。しかし、あんた。なんでこんなとこにいるんだ。ここらも一応危険区域なんだがな。」

一見無機質な物体から人の声が聞こえたことに驚いた。

とはいえ僕も馬鹿じゃない。モニターごしだろうがなんだろうが、相手が人ならば話すべきだとすぐに判断した。これを逃せば情報を得られる機会は当分訪れないかもしれないのだから。

「い、いったいここで何があったんだ?

信じられないかもしれないが僕は1年前の世界から来たんだ。たった1年でこの東京に何があったというんだ。」

「あ?お前さん何言ってるんだ。1年前?

今となんも変わんねえじゃねえか。」

「そ、そんなはずはない。2020年の東京がこんなにも閑散した時なんてなかっただろう。」

そこまで言って僕は元いた世界の状況が、というより自分がここにいる理由を思い出した。

「2020年?今は2120年だろうがよ。もしかしてどこかに頭ぶつけたのか?

まあいい、あんたほんとに知らなそうだからな。教えてやるよ。

2020年頃にパンデミックが起きたんだ。それはこの2120年に至っても解決されていない。」

「そんなことありえない。人類がウイルスに負けたっていうのか⁉

第一、治療薬だって増産体制に入ってたはずだろ。それですぐに収まったはずだ。」

「治療薬?ああ、あれはほとんど金持ちが買い占めちゃったからな。それにすぐにウイルスが変異して効かなくなっちまった。しかもウイルスも賢くてな。奴らは感染の方法と症状を丸々変えたんだ。」

「そんなことがありえるのか…?」

そもそもこの男の話が信用に足るのか。甚だ疑問に感じてきた。

男は続けた。

「実際こんな状況だからな。ともかく奴らは人間の悪意によって感染するようになった。

そして感染した人間を性格ごと変えちまうんだ。人間不信にしたり、攻撃的にしたりな。

疑心暗鬼を生ず。社会的な不和を生み出して感染を広げていった。確かに会社は倒産するは、外に気安く出れないは、他にも色々あったんだろうがそれ以前に、みんなどこか心が荒んじまっていたんだろうな。

この事実が分かったのはごく最近のことだ。やっと感染は終息に進み始めているよ。」

「この街の状況はなんでなんだ。」

「戦争があったんだよ。世界的な恐慌が起きたり、それこそ為政家達も互いを厭悪するようになって政治はがたがた。始まった時こそ騒がれたが終わるのは呆気ないもんですぐに世界中が沈黙した。幸いこの東京は戦火を免れたが、肝心の人間がほとんど残っていなくて、ここは放棄されてる。

俺はそんな感じで取り残されている人間を避難所まで回収する仕事をしている。

そんで、あんたはそろそろ理解したか?」

「ああ…。」

どうやら僕は2021年と思って「21」と入力したつもりだったがこれまた設計ミスで2120年に来てしまっていたらしい。

そしてその2120年ではウイルスによって世界が崩壊しているということか。

ならばと、僕は立ち上がり言った。

「ぼ、僕がまたタイムマシンを作って2020年に戻る。そして、ウイルスの真実を伝える。頼む手助けしてくれないか。僕らなら世界を変えられるかもしれない。」

男から返答はない。判断しかねているのか。僕は畳みかけるように、かつ雄弁に語った。

「長い戦いになるかもしれない。途中険しい道も歩むことになるだろう。でも、これは人類存続の大義の為に…。」

「あんさん、やめときな。」

物体はノイズなど一曇りもなく言い放った。

この男、僕の言っていることの重要性が分かっていないな。それとも、僕に虚言癖があるとでも思っているのか。

「信用してないんだな。しょ、証拠を見せようじゃないか。」

またか、とでも言わんばかりに男が溜息をついた。

「違うさ。だってあんた、もう感染しているからな。」

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