幼馴染
1-9
「4組の井上さん…だよね?」
振り返ると、違うクラスの女の子が立っていた。
染めているのか地毛なのか、明るい茶髪をトップで一つに結んでいる。
睫毛がぱっちり上を向いていて、先生が分からないぐらいにアイラインを引いている。
肌、綺麗。
「…そうだけど」
顔は見たことがあるけれど、違うクラスのというだけで、あまり関わり合いのない子から話しかけられたことが新鮮だった。
「あたし、水泳部のマネやっている畠山っていうんだけどさー」
水泳部。嫌な予感しかしない。
大和か。大和連とのことか。
体の中のあらゆる筋肉が収縮する感じがした。
大和連関連のフラグが立ち、彼女に近い脚が少し後ろに下がる。
「朝、3組の大和連と一緒に登校していたらしいね?」
迅速なフラグ回収に、心の中で静かに目を閉じる。
「電車から2人が降りてくるところを見たって話を聞いたんだけど、それって本当なの?」
「う、うん…」
“見たっていう話”
ということは、この畠山さんが直接見たわけではなくて、誰かが「私と大和がいるところを見た」と他の誰かから聞いたということか。
なにそれ、怖すぎ…。
もう噂が広まっているんだ。
「付き合ってんの?」
ツキアッテンノ?
一文字ずつ頭の中で繰り返す。
ああ、またこのパターンですか。
忌々しい記憶がまるで昨日のことのようにフラッシュバックする。
目の前にいる畠山さんの姿が、あの子と重なった。そして、今立っている私は、あの頃の私だった。
「いやいや、付き合ってなんかないよ。駅が一緒で、今日はたまたま一緒になっただけで」
だとしたら、何だというのだろう。
付き合っていたとしたところで、この人に関係なくないだろうか。
まあ、付き合ってはいないのだけど。
「ふーん、じゃあファンクラブの子でもないの?」
学校でまだ聞き慣れないそのフレーズに、大和のファンクラブが存在することを思い出した。
この子も大和のファンクラブの子なのだろうか。
「え、うん。第一、昨日初めて話したばかりだし」
私を大和のファンクラブの一人だと勘違いしているのかもしれない。
「なるほどねー、ファンクラブのやつじゃないだけマシだけどさー」
やつ…。
言い方からして、彼女はファンクラブの子ではないのかもしれない。
「恋愛とかは、人それぞれだから別にするのは構わないんだけどさー。大和もそうだけど、男子の水泳部はこれから県大会があるわけ、この時期が今メチャメチャ大事な時期なんだわ。うちらインターハイ行くからさ。だから、部員のモチベが下がるようなことだけはしないで欲しいんだよね」
気怠げな口調とは対照的に、真っ直ぐに私を見つめる
「え、あ、はい…」
「うん。それだけが言いたかった。じゃ」
敬礼したようにびしっと伸ばした手を上げて、茶色のポニーテールをゆらゆら揺らしながら、畠山さんは反対側の下駄箱へ歩いて行ってしまった。
彼女が玄関を出て、下駄箱を後にしていく後ろ姿を確認してから、一気に肩の力が抜けた。
同級生なのに、自然と敬語になっていた自分に気づく。
それが過去の岡田志穂と重なったからなのか、彼女の堂々としている姿勢に気圧されたからなのかは分からなかった。
「心配しなくとも何も起こらないよ」
遠ざかっていく畠山さんを見ながら、そう呟いてみた。
「何が怒るって?」
「わ!…なんだ、友里子か」
鞄を持った友里子がいつの間にか、立っていた。
「誰か怒ってんの?」
「う、ううん、何でもない。それより赤城くんにちゃんと漫画返せたの?」
「あー、うん」
少し返答に迷っているように見えた。
「なんかあった?」
心なしか少し目が張れているように見える。
「え、ううん、特になんも」
「そう?」
「うん、帰るかー」
「うん」
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