1-7
「え、痴漢にあったの?…大丈夫だったわけ?」
心配そうな面持ちで言う友里子。
購買で買ったランチパックのビニールを手際良く割くように開けると中央から口の中へ頬張った。
その日の昼休み。
中庭の人通りの少ない連絡通路の階段に座って、お弁当を広げていた。
この場所は夏になると、連絡通路の古い塗炭屋根が日差しを遮ってくれるから気温がちょうど良く涼しい。椅子代わりにして座っている階段もコンクリートで塗り固められているため、ひんやりしている。
エアコンのない公立の高校の中で、保健室に次ぐオアシスだ。
「たまたまそこに居合わせた大和くんに助けてもらった」
今朝お弁当用のおかずとして入れてきたシャウエッセンのウィンナーを箸で摘まんで口の中へ放り込む。
歯で噛んだ瞬間にぱつぱつの皮がパンッと弾けて肉汁が飛び出す感じが堪らなく癖になる。
いつもは油を引いたフライパンにそのままいれて炒めるだけだった。
母は火が通りやすいように、炒めるウィンナーによく包丁で切り目を入れていたけれど、この肉汁が溢れ出す感覚を味わいたくて、私は切らずにそのまま放り込んでいた。
もっと言えば、母はそこに塩を振って味付けしていたけれど、シャウエッセンのウィンナーはそのままで味がしっかりしているから、私は何もかけないでそのまま火を通すといった割とどうでもいいこだわりがある。
最近は悟りを開いた域に達したのか、新しい手法でウィンナーを調理する方法に気がついてもっぱらその手法で今朝も調理をしてきた。
それは、少し水を入れた耐熱性の容器にウィンナーを入れて電子レンジでチンするだけ。
なんのことはない。ただチンするだけなのだ。
もはや調理と言えるほどでもないそれが、温度はもちろん冷めてしまうのだけれど、意外にもお昼の時間までをを食感保ってくれるのだからバカにできない。
どうしてこのやり方に気がついたかというと、お昼近くに起きた休日の昼食に前の日に食べ残したご飯があって、それをチンして食べようとしたときに、小皿に一つだけ残ったウィンナーをのせて温めていたのがきっかけだった。
ご飯の上にはラップをして、温めたので、ご飯に含まれる水分と電子レンジの熱で蒸し焼き状態になったウィンナーが私好みの外はパリッ、中ジュワァの美味しいウィンナーになったと私は予想している。
それから自分の小腹が空いた時や、こうしてお弁当のおかずとして持っていきたいときはこのやり方で美味しく食べている。
「え、あの大和連に?」
飲んでいたペットボトルのお茶を手に持ったまま意外そうに言った。
「うん」
「まじか…」
そのままキャップも閉めずに手に取りやすい位置にお茶を待機させる。
「まじ」
蝉の鳴き声の中に声が溶けていく。
穏やかな風が吹いて少し汗ばんだ首筋を撫ぜた。
「LINEで大変なことがあったっていうから、何かあったんかと思ったけど、そういうことだったのね」
「うん」
友里子は食べかけのランチパックを再度口の中へ頬張っていく。
「電車に乗る前から大和くんが、私がいることに気がついてくれてて、私の後ろに並んでいたサラリーマンが変だって思って見ていたらしい」
手の中に納まるおかずの入ったお弁当に視線を落としながら、大和のことを思い出していた。
「変て、どんな風に?」
食べ終わったランチパックのビニールを縦にくるくる回して細長くし、それを結ぶと指で小さくハートマークをつくるサイズまでコンパクトになっていた。
「距離が近かったらしい。私も鞄からイヤフォン取ろうとしたときに、なんとなくそれは感じていたんだけど、気のせいだと思って気にしていなかったんだよね」
ご飯の上にのった真っ赤な梅干しを崩して、梅の実を丁寧に広げて白いご飯を鮮やかに彩っていく。
「前向いて並んでいたら、自分じゃ分からないときもあるよなぁ」
友里子も空を仰ぎながら、空に映るホームに並ぶ自分を思い浮かべてながら、ヨーグルトの蓋を開封する。
「私が少し前に出て距離とっても、そのサラリーマンがその分近づいてきていたからそれを見てた大和くんが、電車に乗ってからも注意して見てくれていたらしい」
口の中に入れた梅肉をのせたご飯が美味しい。
口の中で程よい酸味と旨味が広がっていく。
「やば」
「でしょ」
「どこまで完璧なのあいつ。すげーな」
「最近不審者が出たって話は学校でも言われていたからって」
「あー、私も青木先生から言われてたっけな、そういえば」
青木とは、私と友里子が選択している世界史の授業を担当してくれている先生だ。
迫力ある授業が特徴的で、チョークを持つ筆圧が強すぎて、授業が終わるころには白チョークはバキバキに折れてただの屑と化している。
おろしたての新品チョークも容赦なく黒板の淵に無残な形で溜まっているのを見て、初めてチョークに同情した。かわいそうに。
さらにはチョークで線を引いたり、重要だと念を押して突いた黒板の上のチョークは全く消えない。
その日、日直の子たちは他の授業なら一回で消して綺麗になる黒板も、青木先生の授業の後は二人係で3往復ほどするがうっすら黒板に線や点が残っていることがしばしばある。
そんな青木先生は生徒の話を聞いてくれるので結構人気があり、世界史のテストの成績が悪い友里子は何かと目をつけられて世話を焼かれている。
なんだかんだ可愛がられているので、友里子のお守り役のイメージが強い。
「うん。駅が一緒なのは知っていたけど、話したことないから認識されていないと思っていたら、名前知ってて認識されていた」
友里子のスマートフォンからシュポッと軽快な通知音が鳴る。
「ふうん、赤城と仲良いのは知っていたけど、そういやあたしも話したことないな」
友里子は言いながら、ロック画面に表示されている通知だけ確認して画面を消した。
「そういえば、赤城くんから友里子の話や私のことを聞いていたから名前知っていたって大和くん言っていたよ」
「はぁ?あいつあたしのいないところで何話してんだろ。変なこと言ってなきゃいいけど」
返事でもするみたいに、また友里子のスマートフォンからシュポッと軽快な通知音が鳴る。
「いいの?返信しなくて」
スマートフォンの画面に顔を向けながら、すぐに「ああ、どうせ赤城だから大丈夫」なんて平気な顔を向ける。
シュポッシュポッシュポッ
また通知音がきた。今度は連続できている。
まるで今の話を聞いていたみたいだ。
通知越しに浮かぶ赤城くんのムキになっている顔が目に浮かんだ。
「いいから返信してあげなよ」
「うーん、どうせ昨日言ってた漫画のことだから別に今じゃなくてもいいんだよな」
面倒くさい。そう吐き捨てながらヨーグルトをかきこむ。
なんだか赤城くんが不憫でならない。
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