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 その日の夕方、友里子と遊んで帰路についた。

 オレンジ色の夕焼けが、夏の暑さを余計に際立たせて、駅のホームに差し込んで真っ赤に染めあげていた。

 セミが鳴いている声は聞こえてくるけれど、どこで鳴いているのか、姿は見えない。


 電車を待つ間、今日行った友里子との流行りのカフェでの写真を見返して嬉しくなる。

 ほどなくして、電車がホームに入ってきた。

 そのとき、電車が入ってくる方向と同じ電車待ちの列に、見知った顔が並んでいるのが視界に入る。


 あ、あの人───。


 水泳部のジャージと思われる黒のポロシャツにウィンドブレーカーのズボンを着た彼は、大和連だった。

 背中に背負ったリュックから「水泳部」の文字がちらりと見えた。


 高校一年生の頃から、実は同じ駅で乗り降りすることには気がついていた。

 けれども、中学校も同じだったわけでもなく、クラスも同じになったことがないので、話したこともなければ目があうことすらなかった。

 それほどまでに関わり合いはゼロだっただけに、今日目が合ったことには少し驚いた。


 白いイヤフォンのコードがポケットの中にあるであろうスマートフォンに伸びているのが見える。


 あ、一緒。


 私も音楽を聴くときは、ワイヤレスイヤフォンではなくて、コードつきの従来のイヤフォンを使っている。

 一度だけワイヤレスのイヤフォンに変えたことがあるのだけれど、高性能ワイヤレスイヤフォンではなかったからか。よく接続が悪くなるし、充電をし忘れていたり、充電がなくなってしまうと音楽が聴けない手間が性に合わなくて諦めた。


 私も音楽を聴いて帰ろう。

 そう思って鞄からイヤフォンを出そうとした。


 ふと視界に入った後ろに並ぶ40代くらいのサラリーマンとの間に違和感を感じた。

 なんとなく並ぶ距離が近いような気がして。

 気のせいだとは思うけれど、半歩ほど前にずれて距離を空ける。

 気にしないようにしよう。

 そう思ってイヤフォンをジャックに差し込んでプレイリストを開いた。


 プシューッと空気の抜けるような音と共に、目の前の自動ドアが開く。

 乗っていた乗客が下りるのを見計らって前に並んでいた人から順に車内に乗り込んでいく。


 私は大体入り口そばが電車に乗る時の定位置だ。手すりに掴まって、外の景色を眺めながら自分の駅に着くのを待っている。


 この日は、イヤフォンから流れるGLIM SPANKYの「夜風の街」が、窓から見える夕日と相まって心地よかった。夕日に包み込まれている街の風景が、一日の終わりを感じさせる。


 今日は行きたかったカフェにも行けたし、良い一日だったな。


 そんなことを思いながら、曲が終盤に差しかかり、次の曲を選択しようと手の中のスマートフォンに目を落とす。


 目を落としたスマートフォンの奥には自分の足が見えるのだが、今日は自分の足元に見慣れない黒の革靴が視界に入ってきた。

 私の踵すれすれの位置に男物の革靴がぴったりくっついていた。

 背筋を寒いものが駆けあがる。

 どうしよう、音楽に夢中になって外ばかり見ていたから全く気がつかなかった。

 イヤフォンは外さずに、手の中のスマートフォンを操作して音量を下げる。


 いくら夕暮れ時でもこんなにぴったりくっついてくるほど、まだ車内は混雑していない。


 後ろの男の鼻息が荒くなっていくのがイヤフォン越しにも分かった。


 ───気持ち悪い。


 無意識のうちに口元を手で押さえる。

 こんなにぴったりくっつかれたままじゃ、怖くて後ろなんか振り向けない。

 変に騒いで「勘違いだ」なんて言われて言い逃れされたら、きっとどうすることもできない。

 次の駅でいったん下りて、駅員さん呼ばなきゃ。

 でも、次の駅に着く前に今何かされたら…。



「———何してるんですか?」



 若い男の人の声が降ってきた。


 見ると、さっき見かけた大和が私の後ろにいた男の腕を掴んでいる。

 試合後の後輩に見せていた優しい顔はそこにはなく、怒ったような軽蔑するような鋭い目つきだった。



「は?なんだよお前」

「あんたこそ何だよ。その子、困ってるでしょ」



 男は掴まれた腕を振り払おうとして、訳も分からないい言い訳を始めながら切れだした。



「別に何もしてないでしょ。俺が何かしたっていう証拠でもあんのかよ」



 鼻で笑って大和の言葉を一蹴しようとしている。



「彼女の許可もなく、気持ちを不快にさせている時点で何かしたことのうちに入ってんだよ。次の駅で降りますよ。彼女涙目になっているじゃないか」


 その言葉を聞くと、男はもうだめだと思ったのか、掴まれている腕を大きく振り払ってその場から逃げ出した。


「待て!」


 男は隣の車両に走っていくと、到着したばかりの駅のホームに飛び出して、乗り込む人の列を押し倒していった。不格好に乱れたスーツもお構いなしで、ただただ走っていく。


 そのすぐ後ろを大和が走り慣れた様子で後を追っていた。早い段階で、走る男と大和の距離が縮んでいたのが分かったけれど、人混みの奥に消えて見えなくなった。

 私もすぐ電車から降りると近くにいた駅員に声をかけた。


 駅員と一緒に大和たちが走っていった方向に進んでいくと、人込みが開けている場所があった。

 その中心に向かって周りの注目を集めている。

 すると、私に痴漢を働いた男が、腹ばいになって大和とその場にいた二人のサラリーマンに取り押さえられていた。

 男はすごく暴れていて。隙あらば逃げようとしていた。


「ハァ、ハァ、この人…痴漢です」


 息を荒げた大和の額に汗が流れていた。

 周りにいた人たちは誰とも言わず拍手がちらほら聞こえてきていた。



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