#10.虹ヶ浜彩は溶け込めない
退院した。
ゴールデンウィークはいつの間にか過ぎ去り、今日は久々の登校。いつものように車で送り届けられ、いつものように学内では尊敬の目を向けられ、そしていつものように自分の席に座った。
だが、いつもとは何か違うクラスの雰囲気に違和感を感じざるを得ない虹ヶ浜。
まずクラスメイトの関係性が良くなって雰囲気が明るくなっている気がする。それは別にいいことだ。だがクラスの、いや学内全体の個性値が上がっている。あれ、そんな髪色だっけ? そんな性格だったけ??
虹ヶ浜は自分の記憶内にいる生徒と現在の姿とを照合していく。
────そう、野外活動! ゴールデンウィーク! とイベントを越え、入学してから一ヶ月! 皆、自分の隠していた個性を曝け出してきたのだ!
出る杭は打たれる──日本人の性格の根幹にあることわざ。関西及び全国から集まった頭脳明晰な学生たち、小中と共に過ごした人がこの学内にいる確率は限りなく低い。周りにいる人間は全て未知の存在。入学して早々個性を出してしまってはハブられるかもしれないという恐怖を抱え、誰もがペルソナを被っていた。
しかし時は経ち、本来の姿が徐々に露呈し始め、虹ヶ浜が入院していた二週間の間に個性があちこちで爆発。そして、今に至る。
よくよく考えて欲しい。偏差値全国屈指の高校に入学出来る才子たちが普通の性格であろうか? 否! よく聞くだろう。頭が良いやつは頭がおかしいと……! つまりそういうことだ!
──みんな変わりすぎていて分からな過ぎる……‼︎
日本の未来を担う虹ヶ浜の頭が、突然の環境の変化に悲鳴を上げていた!
「チーッス! 彩ちゃんおはモーニン!」
「「おはモーニン!!」」
「あぁ、えっと、おはようございます」
「ちっちっちっ、今の流行はおはモーニンっすよ‼︎」
──聞いたことないよ。20世紀でも古いくらいだよ……。
「えっと、あなたは……えー」
「え〜忘れちゃったんすか⁉︎ オレっすよオレ! オレオレ詐欺〜」
「「気をつけて〜」」
「……………………」
虹ヶ浜、侮蔑の目を向ける。このような表情を見せたのは初めてだった。
「えぇ⁉︎ ホントに分かんないすか⁉︎
「……あぁ、あぁ‼︎ 班で一緒だった!」
そう、チャラチャラした茶髪男の正体は野外活動で同じ班であった三人組男子の一人だ。
「そしてボクが
「ワイが
「オレらすっとぼけ三人組っす!」
「「「よろしくぅ‼︎」」」
「…………はは」
苦笑いすることしか出来なかった。
なんだかヤバそうな連中だが、その後普通に入院生活を心配してくれるなど良い人たちではあった。虹ヶ浜と神黄が消えた後も真摯に待ち続けてくれるぐらいの人だから信用は出来るだろう。
「セーフ! 二分前! あっぶな〜遅刻するかと思ったー」
走り込んで入室してきたのは神黄つくし。見た目に変化はないが、彼女が入ってくると「ギリギリセーフだねー」「おはよー」と声をかける生徒が多数いた。
どうやら虹ヶ浜がいない間に友達は出来たようだ。
「やっほー、ってなにそれ⁉︎ めちゃくちゃネイル可愛いじゃーん!」
しかし、想像以上に打ち解けていたようだ。むしろ、こんなに明るかったけ? と思わせるような光の輝き方。ギャルだ……ちゃんとギャルしている。
クラス全体にチャラさが増したことに貢献でもしたのだろうか。
「あ! 彩ちゃん! 今日が退院日だったんだね!」
「え、えぇ、まぁ……」
──神黄さんってこんなにグイグイ来る人だったのかな。一匹狼だったはずなのに。やっぱりみんな自分の個性を隠していたんだね……。
「さすが神黄だな。虹ヶ浜さんともあんなに仲良くなれてるよ」「やっぱりK4は違うわぁ。私たちなんかじゃ、到底お近付きになれないわね」
そんな声も聞こえてきた。
皆が個性を出してきた頃、虹ヶ浜は入院でおらず、彼女だけがこの個性発表会に出遅れてしまった。つまり虹ヶ浜だけがイメージはそのままに、むしろもっと尊敬されるような人になってしまった。なぜなのか。答えは神黄が知っている。
──それにK4ってなんだろ……。
「あ、彩さん……!」
「紅さん……は特に変わってなくて安心しました」
「そ、そんな、私なんかが簡単に変わらないっていうか、変われないですよ……」
「紅さん‼︎」
「ひぃ!」
いきなり大声で名前を呼んだのは、隣クラスの男子生徒。教室にいる人間が一瞬で注目する。
「僕と、付き合って」
「ひぃぃ! ご、ごめんなさい! う、ううう運命かんじないのでおことわりします……!」
「がーん‼︎」
注目されたことで緊張して早口になった紅は、彼の自己紹介することなくフッた。
「さすがK4。これで15人斬りだぞ」
変わっていた。本人は変わっていないけど、周りが変わったことで紅がめちゃくちゃ告白されるほどにめちゃくちゃにモテていた。
「あのーK4ってなんですか?」
「ん? あー、なんかうちの学年の“可愛い四天王”のこと指すみたい。自分で言うのもなんかハズかしーけどね」
「随分、安直な由来でしたね」
「あたしと叶。1組の子と4組の子がK4なんて呼ばれてるみたいだよ」
「へー、そうですか」
「あ、彩ちゃんももちろん候補だったんだよ⁉︎」
「いえ、別に気にしないですよ。K4と呼ばれなくても」
「いや、候補だったらしいんだけど。そうじゃなくて彩ちゃんは、ぶっちぎりで可愛い最強だから四天王じゃなくてチャンピオンなんだよー」
「はぁ……ポ○モンのシロナですか私」
アデクかもしれない。
「おい、HRなんだけど」
いつの間にか来ていた担任と始業時間。フラれた男子生徒は自分のクラスに戻り、みんな各々の席につく。
「あーHRつっても特になんも連絡ねぇからな。じゃあやっとみんな揃ったってことで。終わり」
「ちょっとちょっと! 灰帰せんせー、虹ヶ浜さんが無事退院したんですよ⁉︎ 快気祝いにお祝いしましょーよ!」
「いや、いらねぇだろそれ」
「長内先生、お気遣いいただきありがとうございます。お気持ちだけ、ありがたくいただきます。そして皆さんに大変なご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」
虹ヶ浜がそう言い頭を下げると、みんな拍手喝采。何を感じたのか泣き出す人もいた。
──なんで泣いてるの⁉︎ おかしいよ、この学校おかしくなってるよ‼︎ それに言えない。捻挫で二週間も入院してたなんて口が裂けても絶対言えない!
「まぁ、捻ざ──」
「長内先生、他に連絡事項等ないでしょうか……!」
灰帰が思わず言いそうになったので、遮り長内に話を振る。
「あー、そうですねー。他にありましたっけ?」
「明日から中間テストじゃね」
「そうです! 明日から中間テストです! なので時間スケジュールが……って灰帰先生が最初からそれ言ってくれたらいいじゃないですか!」
「今思い出した」
「もう!」
明日から中間テスト。ただ、高校最初の定期テストとあって、優秀生徒が集められた紀附高校では最初で最後の超激戦の順位争いが起きるだろう。最初のテストの点で、これからの勉強意欲に大きな差が出るといっても過言ではない。
「じゃあ、みんな頑張ってね!」
「ま、適当にやんな。……今回は平均点60点だといいな」
**
その後、なんやかんやあって昼休み。
「彩ちゃん! 一緒に弁当食べよ!」
「あ、彩さん……! わ、私も同伴させてください!」
「ええ、もちろん! 皆さんで食べましょう……!」
虹ヶ浜、初めての友達との昼食。野外活動前は一人教室の自分の席で豪華な温かい弁当(重箱)を食べていた。食事の姿も美しく、誰も話しかけられずにいたが、虹ヶ浜からして見れば、友達とわいわいしながら食べるクラスメイトたちが羨ましかった。それがとうとう叶う時が来た。
その前にお手洗いへ。
スキップしてしまいそうな足取りで教室に帰ろうとトイレを出た時、見てしまった。
無色透と楽しそうに話をする女子生徒の姿が。
思わず物陰に隠れる。
──あの子は、病院にもいた真鶸ミドリ……⁉︎ なんであんな親しげに……ってそうだ! クラスの変貌ぶりについ忘れてたけど、透くんは真鶸さんのお見舞いにも行ったんだ!
すると、躓いてこけそうになった真鶸を無色が軽い身のこなしで助ける。お礼を言う真鶸に優しい笑顔で答える無色。そして二人は学校にある食堂の方向へと向かっていった。
周りの生徒は「学年一のイケメンとK4が並んで歩いてるぞ」「あの空間だけ華やかだわ……」と噂している。
────け、けーふぉー⁉︎ ま、真鶸さんが、K4……。す、進んでる……そ、そんな……でも、そうだよ。無色くんが別の子を好きになるなんて全然ありえる話だよね……。それでも私追いかけないと!
「あー彩ちゃん。遅いよー。ん、なに見てんの?」
「神黄さん、私……!」
行ってしまう無色たちを目で追いかける。今すぐに足でも追いかけたいが、行って何をするのか、それに初めての友達とお弁当を食べたい、という欲求たちが渦巻いてモジモジしてしまった。
「……え、漏らした?」
「違います!」
「冗談だってー、叶も待ってるから早く食べよー」
神黄に手を引っ張られて、虹ヶ浜は後を追えなかった。
誰もが知っているラブコメ 杜侍音 @nekousagi
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