#9.長内真白は誘っている
「
「行かん」
「なんでですか!」
この放課後のやり取りは職員室ではいつもの風景と化していた。
虹ヶ浜たちのクラスの副担任である
「いつになったら一緒に行ってくれるんですか? 私がこんなにも、先生いつも一人で帰ってて寂しそうだなー、定時帰りとはさては友達がいないんだなー、と思って誘っているのに」
「いらんお世話だ。てか凄い上からだな」
「もう聞いてくださいよ! 虹ヶ浜さんのご両親めちゃくちゃ怖かったんですから!」
野外活動の件で、虹ヶ浜家から学校と担任に圧をかけられたようだった。責任問題はあるが、実際のところは虹ヶ浜たちが自分たちの不注意で落ちたことを述べたためにそれ以上
それでも、こっぴどく色々言われたようだが。
「あれは俺もちびるかと思ったよ」
「ですよね? ですよね⁉︎ 私だけが怖いと思ってないですよね⁉︎ というわけで呑みに行きましょう!」
「どういうわけだ」
「灰帰先生は私と呑みに行くの嫌なんですか……?」
長内は涙を浮かべる。もっとも目薬をさしたのかとツッコミたくなるほど嘘くさい涙ではあった。
けれど本気で泣かれては困るため、灰帰はちゃんと大人の対応をすることにした。
「別に嫌とは言ってないだろ。ただ、今のご時世、男女が無闇に二人で食べに行くもんじゃねぇってことだ」
「別に二人きりとかじゃなくていいですよ! みなさんで行きましょ! そこから他の人置いて二人きりになればいいので」
ヒドッ……⁉︎ と、周りの先生方は思った。
「ああ、そう。なら駄目だな」
「うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
「唸るなよ」
「…………いつになったら答えてくれるんですか。私はもう子供じゃないんですよ!」
「TPOを弁えてないやつが何を言ってんだ。ここ職員室だぞ」
「ふん」
長内が何か合図を出すと、みんな何かしらの理由を取ってつけたように職員室から出て行った。
「マジか」
「もう、先生方は手中におさめてます」
「こわ」
「灰帰先生、私……高校生の頃からずっと、今でも好きなんですよ。けど、あの時告白しても『ガキんちょはガキンちょらしくガキンちょな恋しとけって』って言って」
「そりゃ、俺が捕まるからな」
「だから、こうして先生になったんです。大人になった私でもまだダメですか……?」
「あのな……」
「せめて! せめて二人で呑みに行くくらいはしてくださいよぉ! そこで惚れさせる自信ありますから〜!」
「なら、行かねぇよ。それにいいから話を聞け」
灰帰は長内を静止させ、煙草に火をつけた。
「俺はな──」
「灰帰先生、学内禁煙です」
「あ、はい」
目のハイライトを失った長内にすぐに消された。これも時代だ。
「この際言っておくが、俺は」
「なんですか? 先生がずっと独身なのは知ってますよ? 借金ですか? 私は気にしませんよ。一緒に返しましょう。あ、もしかして男性の方が好きなんですか? 大丈夫です。タイに行ってきます」
「おい、待て。それは待て。全然違うから」
「じゃあなんですか? 先生についてなに出されても私は気にしませんし受け止めますから」
しばし、沈黙が流れる。
何も気にしないとは言ったものの、いざ何言われるかとなると長内も緊張する。
「……とにかく今日はダメだ」
「なんでですか! 理由を教えてくださいよ」
「逆に聞くが何でだと思う。それが当てられたら飯でもなんでも行ってやるよ」
「ほんとですね⁉︎ 今言いましたね、言質取りましたよ!」
長内は自分の持つ知識をフルに使い考える。ここまで頭を働かせたのは大学受験と教職認定の時ぐらいかもしれない。糖分が欲しくなる、けど今は夢見たシュガーライフを糖分として口でボソボソ出しながら考え続ける。
「同性愛は違うけど、私に当てはまらないような性癖ということは、熟女好き? でも私だって数十年後にはそうなるからなぁ、その気になれば整形で老けさせることも出来るし……」
「おい」
「んー、借金のようには何か問題を抱えてる可能性……。はっ……! もしかして……勃たない……⁉︎」
「そんだけ考えて何でそこに辿り着くんだ」
なんだかんだでここは名門高校。教職員の学歴や偏差値も高い。が、無駄に終わった思考時間だった。
「じゃあなんなんですか! 私と呑みに行かない理由が他にありますか⁉︎」
「テスト」
「はい?」
「中間テスト作んねぇといけねぇから」
「…………はぁぁぁああ⁉︎ 勿体ぶってそんなことですか⁉︎ てか何で中間テスト作ってる理由で断られないとダメなんですか! 私よりテストなんですか! そんなの適当に作ればいいじゃないですか!」
「いや、俺テスト作るの好きなんだよ。平均点60点にどれだけ近付けられるか毎回チャレンジしてんの」
「変な趣味ですね。ちょっとそれは引きます」
「なんで今までのを受け止めれて、これは駄目なんだよ」
「だって私、今を生きる女性ですよ。今までの古い価値観私は持ち合わせてないので」
「この趣味は令和でも受け入れてくれねぇの?」
灰帰は少しガッカリした。
「それにしてもお前は作ったのか? 中間テスト」
「え、まだですよ」
「なんで呑みに誘うんだよ。まずお前の仕事片付けろよ」
「あー、だからもうすぐ定時なのに今日は帰ろうとしなかったんですねー。納得です」
「いや、だからテスト作りは?」
「えーと、私、新任でテスト作ったことないんですよ。だから作り方とか全然分かんなくて…………あ、そうだ。灰帰せーんせ? 私にテストの作り方、教えてください」
長内は上目遣いで灰帰に頼む。
適当にあしらう方法は失った。
「はぁ、分かったよ」
「やった♪」
仕方なく灰帰はテストの作り方を教えることに。
呑みに行くことは叶わなかったが、定時後も一緒にいれたことに長内は良かった。憧れの先生──それが今は大好きな教師の先輩に。全然、灰帰に想いは届いてはしないが、別に今一緒に仕事が出来るだけでも、また相手にされているだけでも嬉しかった。
ただ、生徒一人一人の学力や傾向うんたら授業の様子や小テストうんたらとテスト作りについて延々と語られるのだけはちょっと勘弁して欲しい長内であった。
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