#7.神黄つくしは落ちた


 帰還出来た。


「に、虹ヶ浜さ〜ん! 無事で良かったですぅー!」

「紅さん、心配かけてしまって──」

「ひゃう!」「ぐふっ‼︎」


 紅は見事に胸からぶつかるラッキースケベを虹ヶ浜に繰り出した。後ろに倒れそうになった虹ヶ浜だが、すぐ隣にいた神黄が二人まとめて支える。

 虹ヶ浜の言っていたとおり、しばらく歩けば道路に合流でき、そこから何とか登ってきたのだ。その時に虹ヶ浜は神黄の背中から降りて肩を支えられながら歩いていた。


「虹ヶ浜さん、神黄さん! どこ行ってたんですか心配しましたよーってなんか濡れてません⁉︎」


 長内と灰帰が彼女たちを迎えてくれた。バーベキューの時間はとっくに終わっており、今はグループごとに自然公園の散策に出かけている。やること中学生か。

 虹ヶ浜はさっきまでの数十分、何があったのか事情を説明する。


「えぇ⁉︎ 崖から落ちた⁉︎ 川を泳いだぁ⁉︎ あれだけ私が注意したのに⁉︎」

「申し訳ございません……」「ごめん……」

「ほら、私の言ってたように大事おおごとだったじゃないですか! 誰ですか『あいつらはきっと二人きりになりたい気分なんだよ。そっとしておけ』って言ったの!」

「虹ヶ浜、足どうした。折れたのか」

「ちょっと聞いてます⁉︎ 灰帰先生!」


 灰帰が珍しく心配しているような言葉を送った。


「い、いえ、挫いただけだと思います」

「そうか。ま、崖から落ちたなら一応精密検査でも受けておけ。長内、救急車」

「あ、はい!」

「ま、お前らはここで野外活動終了だ。良かったな、呼ぶのが救急隊でなくて」


 灰帰はそれだけ言うと煙草に火をつけ、ふかす。


「灰帰先生、ここ禁煙です。火事になったらどうするんですかぁ!」

「えぇ、悪い」


 虹ヶ浜たちは自然公園にある施設の中で救急車が来るのを待つことに。

 男三人衆も心配しておりイベントには参加せず、施設で二人のことを待っていた。虹ヶ浜と神黄は三人に謝ると、許してくれた。むしろ、まだ心配してくれていた。

 施設にいた他の先生にも心配され、怒鳴られてしまった。無事だったから良かったものの一歩間違えば、学校の責任問題にも発展するし、当然命を落とせば心配だけでは済まされなかっただろう。

 二人は改めて反省した。



「わ、私なにか飲み物買ってきますね……!」


 しばらくして、紅が施設のどこかにある自販機の元へ向かう。いつのまにか二人きりになってしまった。


 ──気まずい……。どうしたらいいんだろ……。神黄さんもなんだかソワソワしてるし、これは私が話しかけるべきなのかな……。


「ごめん」と、虹ヶ浜が何か言おうとした途端、神黄がそう口を開いた。隙を突かれた感じがして驚いてしまう。


「へ⁉︎ あ、あぁ……怪我は平気ですよ、挫いただけでしょうし。あんなに帰り道で謝っていたのに、もう大丈夫ですよ。私を背負ってくれて歩いてくれたじゃないですか」

「そうじゃなくて、もちろん、それもなんだけどさ……。その、落ちる前。ひどいこと言ったこと謝りたくってさ……」

「え、あぁ……」


 神黄が虹ヶ浜に言ってたこと。図星であったし、怒ることでもなかったが別に神黄に対して何か腹が立ったとかそういうことはなかった。


「──ほんとはさ、あたしの方が周りのご機嫌を伺ってたんだよね。中学の時、いわゆるカーストの上のグループにいてさ、ハブられたくないから、ずっと周りに合わせてた。あの時は楽しかったし、こういう格好とかも好きだったけどさ、これって、ほんとのあたしなのかなって。楽しいのも好きなものも周りに合わせて出来たあたしなんじゃないかって、なんだか疲れちゃって。ママが勉強に厳しくて、勉強させられてこの学校に来たけどさ。みんななんかガリ勉だし、でもそれにまた合わせるのもしんどいし……。まだ、中学の友達とつるまないといけなかったから、このままになってさ、なんかしんどくて、そのせいでずっとイライラしてた」


 神黄がずっとスマホをいじっていたのは中学の友達と連絡を絶え間なく取っていたから。返事が遅ければ、それだけでハブられるかもしれない。


「でも、せっかく中学で出来た友達失うとかイヤじゃん。だから高校では別に友達とか作らなくて平気かなって思ってた。でもさ、あたしが一人なところを話しかけて、なんか森の中までしつこく追いかけたりしてる人がいてさ」

「うっ、それは私のことですね……」

「そう。でも、危ないところをあんたに助けられたりして、一人にしてくれなかったからこうして今あたしはいる。だからさ、ありがとう。その言葉が言いたかった……って、あたしなんかハズいこと言ってるなぁ……」


 一人照れてる神黄。


「あ、あの……」と、虹ヶ浜も照れ隠ししながら喋り出す。


「わ、私と友達になってくれませんか……!」

「……え?」

「私も、その対等な友達とかいなかったですし。その、私と友達になっていただけたら嬉しいなぁってずっと思ってて……」


 虹ヶ浜はボソボソっと聞こえるくらいで話し始める。


「え?」

「いや、忘れてください。何でもないです」

「なんでよ。こういうのって、もう友達になるもんじゃないの? あたしは今のでそう思ったんだけど」


 虹ヶ浜、泣きそうになる。


「なに泣きそうになってんの⁉︎」

「な、泣いてないですよ。そんな嬉し涙なんて流しません。私は高校の模範生ですから」

「関係なくね?」

「……あ、その一ついいですか?」

「ん?」

「さっき神黄さんは自分は周りに合わせてる、って話してました。でも、神黄さんはどうあろうと神黄さんに変わりないです。人の性格は遺伝と環境の半分ずつで形成されると言われています。つまり周りに合わせていたとしても、それがおかしいと感じていたとしても、全部神黄さん自身の考えや選択があってだと思うんです」


 虹ヶ浜は両手で神黄の手を包み込むように握る。


「……ちょっ⁉︎」

「何があっても神黄さんは神黄さんです。だから私はどんな神黄さんであっても好きですよ」

「…………へ、好き?」

「はい」

「え、あぁ、うん……」


 満々の笑みでさらに強く握る虹ヶ浜。

 普段の取り繕ったような笑顔ではなく、今日は有り得ないほど嬉しそうだった。犬であれば尻尾の残像が見えるくらいには喜びを表現していることだろう。


「あ……す、すみません。取り乱してしまいました」

「いや、別に……」


 ボスっ、と音がした。紅が二人の様子を見て買ってきたペットボトルを落としたのだ。


「あ、紅さん……?」

「うぅ、虹ヶ浜さん……! 私とは、と、友達じゃなかったんですかぁ……⁉︎ 遊び、だったんですね……」


 目に涙を浮かべる紅。


「そ、そんなことないですよ! そんな、私の方こそ紅さんと友達でいいんでしょうか……?」

「いいに決まってますぅぅ‼︎ 友達はわざわざ確認しないんですよ! 私も虹ヶ浜さんと友達になれて嬉しいですっ‼︎」

「紅さん……! 紅さんもありがとうございまっん‼︎」


 虹ヶ浜に飛びつき抱き付く紅。なぜなのか、虹ヶ浜の頭は紅の体操服に入り込んでいた。


「わわ……! すす、すみませぇん!」

「ちょ……!」「ひゃぁ!」


 紅が急いで離れようとするも、ラッキースケベはただでは終わらない。虹ヶ浜だけでなく神黄をも巻き込んでラッキースケベは拡大していく。


「────虹ヶ浜さーん、神黄さーん。救急車来ましたよ、って何してるんですか⁉︎」


 紅はまだ虹ヶ浜の体操服に入ったまま、お腹から背中側に移動して押し倒していた。その下敷きとなっていたのは、虹ヶ浜と神黄。この二人の唇が正面からぶっちゅうとくっ付いていた。


「「んんっ……⁉︎」」


 二人は紅が重しになってるせいで、逃げられず濃厚な口づけを強制させられていた。


「ふぇぇ! す、すみませぇん!」

「ぷはっ……! 謝罪はいいから紅さんは早く離れてください……!」

「ふぇぇ……」


 長内にも手伝ってもらいながら、くんずほぐれつとなっていた組体操は解かれた。


「神黄さん、ごめんなさい。大丈夫ですか?」

「……へぇ?」

「はい?」


 神黄の顔は紅潮していた。


「…………しゅき」

「えっと、何を言って──」


 グキッ


「ああ⁉︎ 足痛っ⁉︎」

「ちょ、早く病院に‼︎」


 立ち上がる時にまた足を捻る。悲痛な叫びと熱が出ているのかと言わんばかりに顔が真っ赤な神黄と紅。

 野外活動はこうして思ってもみなかった形で急激に幕を閉じた。

 気付いている人は気付いていると思うが、今回のイベントで虹ヶ浜は無色との会話はゼロ。この物語、これからも想い人の無色透の出番は少ない。いつになれば二人でイベントを過ごせるのか……それは私にも分からない。

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